ひとは無意識のうちに行動の意思決定をしている

医師 「○○さん、血糖値が最近上がってきましたね。」
患者 「お土産のお菓子をたくさんもらって、美味しそうだし、残すともったいないのでついつい食べてしまいました。」
医師 「それはいけませんね。気を付けて間食は控えましょうね。」
患者 「はい、ちゃんと意識して頑張ります」……

病院の外来で、こんな会話をすることがあります。美味しいものが目の前にあるのに耐えてもらう辛さを思うと、私は患者さんに何てことを言っているのだろうと思います。食べることは楽しみでもあります。「意識して頑張る」とは、どういうことなのでしょう? まったく医者らしくない発想から、この研究を始めました。

一般に、生活習慣の改善を目的として、認知行動療法をはじめ種々の方法が考えられていますが、長期的に成功することはなかなか難しそうです。これらは、意識的に食事制限や運動を行うことで目的が達成されるものであり、意識に上るレベルでの矯正といえます。一方、私たちは実生活のさまざまな場面で、度々自覚なく、無意識で行動の意思決定を行っていると言われており、それが生活習慣の形成に関わる可能性があります。ところが、現在までのところ、生活習慣の形成において無意識での脳神経活動が果たす役割やその仕組みに関しては十分解明されていません。

そこで、我々は、日頃意識している食べることへの意欲や我慢といったものが、(意識に上らないような)食品の視覚的刺激によって誘発される無意識の脳神経活動の強さに左右される可能性を検討してきました。

日頃の食べる意欲や我慢は無意識に働く脳神経活動と関係するのか

ひとを対象とした脳磁図実験

私たちは、脳磁図計と呼ばれる測定機器を用いて、ひとがさまざまな状況におかれたときの脳の高次機能を観察してきました。大脳皮質の神経細胞が活動する(電流が発生する)と、その周囲に微弱な磁場が出現します(中学生の頃に右ねじの法則と習った方もおられると思います)。そこで、頭の表面で磁場を測定することで、逆に、脳内で生じた神経電気活動(部位、時間、強さ)を推測するのが脳磁図計です。1/1,000秒単位の精度で細かく脳神経活動を記録できます。

脳磁図計が捉える磁場信号は大脳皮質の神経細胞の電気活動

今回ご紹介する実験では、本人が自覚しないうちに食品の写真を提示したときに生じる脳神経や自律神経の活動と日常の食行動との関係について、健康な成人男性20名を対象に、脳磁図計などを用いて解析しました。

5分間閉眼で過ごした後に、いろんな食品写真を10分間繰り返し見せて、その後再び5分間、閉眼で過ごしてもらいます。10分間の食品写真の提示では、各写真を瞬時(0.0167秒)で提示した直後に同じ色彩や明るさのマスク画像(風景写真)を2秒間と長めに見せることで、被験者に食品写真が出たことを気づかせないように工夫しました。

一方、脳磁図測定と並行して、自律神経活動の変化を調べるために、食品写真の提示前後の閉眼各5分間に心電図を記録し、心拍間隔の周期的変動(心拍変動)を解析し、そのデータを食品写真の提示前後で比較しました。

食品写真による無意識の視覚刺激とその前後の閉眼

実験の結果

心拍変動の解析の結果、交感神経活動を表すと目されているLF/HF比という指標が食品写真提示後に有意に増加していることから、自覚に上らない食品画像提示でも交感神経が活発に興奮することがわかりました。さらに、実験後に質問紙をもとに調べた日常生活における各人の摂食に対する認知的自制(我慢)の程度と食品写真提示の前後に観察された交感神経活動の変化の関係性から、食品画像提示後に交感神経が興奮する人ほど、普段の生活で食べたいときに我慢できない傾向があることが示されました。

瞬時の食刺激で交感神経が興奮する人ほど普段の食生活で我慢できない

一方、脳磁図測定による解析では、食品写真が本人に気づかれない瞬時で提示されるたびに、その提示直後に右大脳半球の島皮質などに神経活動の変化が見つかりました。過去の報告から、島皮質は行動への橋渡し(つまり食べようという方向)に関与することが知られています。興味深いことに、この島皮質の活動は食品を見たという自覚がない状況で(無意識で)生じたにもかかわらず、「食べないぞ」と(意識してやっているはずの)日頃の<我慢>ができない傾向と関連することがわかりました。

食品を見た自覚(意識)がない状況でも生じる島皮質の神経活動がうまく抑えられないと「食べないぞ」と意識しているはずの日頃の<我慢>もできにくい

じゃあ、我慢するってなんでしょうか?

本研究の結果は、ひとの食習慣において行われている『食べよう、いや、やめよう』という意志決定は、自らの自覚とは関係ないところで勝手に働く脳や自律神経の習性に左右されている可能性があることを示唆しています。

実験で見たように自覚のない(無意識の)形で食品の視覚刺激が与えられたときに島皮質の神経活動に抑制がかからない人は、その影響で、普段の食生活でも我慢ができなくなるのか、
あるいは、逆に、普段から意識して我慢できていない(心がけていない)から、そのせいで、実験で見たように自覚のない形で食品の視覚刺激が与えられた時にも島皮質の活動に抑制がかからないのか。そのどちらかは本実験だけではわかりません。

しかし、少なくとも、実験で見たように自覚のない(無意識の)形で食品の視覚刺激が与えられたときに島皮質の神経活動に抑制がかからない事象と、普段の食生活でも我慢できない傾向が何らかの関連はしているようです。

食事制限が上手くいかないのは、すべてではないにしても、少なくとも一部は、単なる患者さんの意識不足のせいではないとも言えます。では、どうすればよいのか? それはこれから模索していきます。

こういった実験をするうちに、なんだか患者さんに共感する心が生まれ、ただ言葉のうえで「意識して頑張りましょう」とは言わないようにしようと思います。

また、今回の研究結果は日頃の食の我慢という視点でしたが、食事はただ抑えて減らすだけでなく、適切なものを適度な量だけしっかり摂ることが(特に若年女性やアスリート、高齢者にとって)大切です。よって、今後の研究は、食意欲の促進と抑制のバランスを視野に入れた研究を進めていく方針です。

今回の試みのように、無意識下の認知過程の仕組みを解明することは、偏った食行動などの現代人にみられる生活習慣の歪みを改善し、現代人の抱える健康問題を解決するうえで重要であると思われます。

参考文献
Takada K, et al. Neural activity induced by visual food stimuli presented out of awareness: a preliminary magnetoencephalography study. Sci. Rep. 8, 3119. doi: 10.1038/s41598-018-21383-0 (2018)

この記事を書いた人

吉川貴仁, 高田勝子, 石井聡
吉川貴仁, 高田勝子, 石井聡
吉川貴仁プロフィール
大阪市立大学大学院医学研究科 運動生体医学 教授。医学博士。内科専門医。大阪市立大学医学部卒、同大学院医学研究科(内科系専攻)で学位を取得後、英国サザンプトン大学留学。帰国後、運動生体医学助教、講師、准教授を経て、2014年より現職。「運動をしたらお腹は本当に空くのか?」をテーマとして、消化管ホルモンが運動後の食欲やエネルギー摂取に果たす役割に関して研究を進めてきた。最近では、身体運動そのものに限らず、随伴する身体的・精神的なストレスや疲労が食欲、食行動に与える影響についてもテーマを広げ、脳科学的なアプローチにより健康維持・増進に資することを目指した研究に取り組んでいる。なかでも、日常生活を送る中での行動・心理を決定している、無意識的、情動的側面に注目している。 (似顔絵:大阪市立大学美術部青桃会)