微生物の生命活動を「金ナノ粒子」を使ってリアルタイムで評価する!
微生物の活性評価
お酒やヨーグルトなどに欠かせない微生物。一方、食中毒や感染症の要因となる微生物。私たちはさまざまな微生物に囲まれて生活しています。私たちの研究グループでは、微生物を検出する研究を行ってきました。その結果、迅速で高選択的な検出が可能となりました。しかし、微生物の数や種類がわかったところでそれらが死んでいては、お酒は単なる不味い液体であり(注:ワインはおいしいジュースになるかも)、大腸菌O157は人体に危害を与えることはありません。つまり、有益性や有害性の観点から、微生物が生きているか死んでいるか、あるいはその活性について評価することはとても重要です。
金ナノ粒子の可能性
水中において分散した金ナノ粒子は特定波長(約520nm)の可視光と相互作用することで特徴的な赤色を呈します。この分散液に食塩などを添加すると金ナノ粒子が凝集し、分散液は赤色から青色に変化します。さらに凝集が進行すると黒い沈殿を生じます。この沈殿を取り出して乾燥すると可視光のほとんどを反射して、いわゆる黄金色を示します。金ナノ粒子は金のイオンをレモンに含まれるクエン酸などで還元するだけで簡単に作製できますが、その際、金ナノ粒子の表面には還元剤として用いた分子が吸着して保護層を形成します。この保護層を改質することで金ナノ粒子はさまざまな用途に用いられています。たとえば、市販の妊娠検査薬の標識として利用されています。これは、テストストリップの判定ラインが金ナノ粒子により赤色を呈する場合は陽性、呈色が見られない場合は陰性と判定されるものです。また、金ナノ粒子を何らかの物体に選択的に凝集させることができれば、金ナノ粒子によるめっきが可能となります。
分子認識のチカラ
2つ以上の分子が水素結合やファンデルワールス力、静電気力などの相互作用の組み合わせにより特異的に結合することを分子認識と言います。たとえば、抗原-抗体間の結合や酵素のもつ反応特異性はその代表例です。ある物質の表面に相互作用する分子を金ナノ粒子の表面に組み込めば、両者は自然と結合します。このことを利用して、ゴルフボールを金めっきすることができます。
菩提樹の葉もこの通り。金ナノ粒子は”ナノ(10-9)”ですから、自身より大きなサイズの物質であれば何でもめっきできます。たとえば小さな微生物でも。「微」は、10-6(マイクロ)を示す漢字ですから、マイクロメートルサイズの生物という意味です(ちなみに、ナノは「塵」)。ですから、金ナノ粒子で微生物をめっきすることが可能です。
微生物と金ナノ粒子を混ぜてみることに
保護層の改質により正電荷をもつ金ナノ粒子を作製し、サルモネラ菌の懸濁液に少量添加すると、すべての金ナノ粒子が細胞表面に結合します。つまり、微生物は金ナノ粒子でめっきされます。さらに金ナノ粒子の色がはっきり確認できるほどの量を懸濁液に添加すると、サルモネラ菌が生きていれば懸濁液は赤色になります。これは、細胞表面に結合した金ナノ粒子があるものの、ほとんどの金ナノ粒子は水中において安定に分散しているためです。しかし、サルモネラ菌の生存度の低下に伴い溶液は直ちに赤色から紫色、そして青色に変化します。これは、死菌細胞から溶出した核酸(DNAやRNA)により金ナノ粒子の凝集が誘発されるためです。核酸は骨格中にホスホジエステル(負電荷)をもつことから、金ナノ粒子と静電的に作用することによって凝集するものと考えられます。このような変化は、大腸菌や黄色ブドウ球菌、枯草菌でも同様に見られました。これらの細菌の混合懸濁液についても生存度に基づいた色変化が観察され、肉眼で識別することが可能でした。
それでは、負電荷をもつ金ナノ粒子を用いるとどのようになるでしょうか。クエン酸で保護した金ナノ粒子は負電荷を示します。この金ナノ粒子をサルモネラ菌懸濁液中に添加すると、正電荷金ナノ粒子とは逆の挙動を示しました。生存度0%のサルモネラ菌懸濁液に添加すると、分散した金ナノ粒子に特徴的な赤色を呈しました。これは、負電荷金ナノ粒子が死菌から溶出した核酸の存在下で互いに反発し、懸濁液中において安定に分散するためです。さらに、サルモネラ菌の生存度が増大するにつれ、懸濁液の色は赤色から次第に紫色に変化しました。このことは、金ナノ粒子の凝集が生菌によって誘発されることを示しています。
そこで、生存度100%懸濁液中における金ナノ粒子の凝集過程を電子顕微鏡により追跡しました。一般に、生菌は接着性の細胞外高分子物質を分泌することにより、バイオフィルムとして知られる自己組織体を形成します。サルモネラ菌から分泌された細胞外高分子物質によって金ナノ粒子の凝集が誘発されることが明らかになりました。大腸菌、黄色ブドウ球菌、および枯草菌についても同様に生菌による金ナノ粒子の凝集が見られました。しかし、菌種によって色変化に要する時間に違いが生じました。これは、細胞外高分子物質の分泌速度に依存するものと考えられます。このようにして、金ナノ粒子と微生物を混ぜるだけでグラム陽性、グラム陰性、菌種にかかわらず、さまざまな微生物の生死判別だけでなく、生物機能を目視により評価することが可能になりました。
分子認識が創る未来
物質の検出や分析の基本は”分ける”ことですが、”混ぜる”ことで初めてわかることもあります。このコラムではそうした常識とは少し違った観点からのアプローチを紹介しました。分子認識の利用によって、最先端の技術や装置では作り出せない、新しい未来技術の開発が可能であるひとつの例でもあります。
参考文献
- T. Kinoshita, K. Ishiki, D. Q. Nguyen, H. Shiigi, T. Nagaoka, ”Real-Time Evaluation of Bacterial Viability Using Gold Nanoparticles,” Anal. Chem., 90(6), 4098-4103 (2018).
- T. Kinoshita, D. Q. Nguyen, D. Q. Le, K. Ishiki, H. Shiigi, T. Nagaoka, ”Shape Memory Characteristics of O157-Antigenic Cavities Generated on Nanocomposites Consisting of Copolymer-Encapsulated Gold Nanoparticles,” Anal. Chem., 89(8), 4680-4684 (2017).
- H. Shiigi, M. Fukuda, T. Tono, K. Takada, T. Okada, D. Q. Le, Y. Hatsuoka, T. Kinoshita, M. Takai, S. Tokonami, H. Nakao, T. Nishino, Y. Yamamoto, T. Nagaoka, ”Construction of nanoantennas on the bacterial outer membrane,” Chem. Commun., 50, 6252-6255 (2014).
この記事を書いた人
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大阪府立大学 大学院工学研究科 物質・化学系専攻 准教授。
2000年3月山口大学大学院理工学研究科修了 博士(工学)取得。山口大学工学部助手、大阪府立大学先端科学研究所助手(助教)、先端科学イノベーションセンター准教授などを経て、2010年4月より現職。専門分野は電気化学、分析化学。金属ナノ粒子の配列や分子インプリンティングなどによるナノバイオ造形や機能的空間の形成に関する研究に従事。自然界における分子認識機構の解明とともに、バイオセンサ、リビングマテリアルへの応用を目指している。
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