トライポフォビアとは

カエルの卵や蜂の巣、蓮の花托など、丸い物体が集まっていてぶつぶつしているものって気持ち悪いですよね。この気持ち悪さは、集合体恐怖(トライポフォビア)と呼ばれています。下にトライポフォビアを引き起こす代表例(ここでは、トライポフォビック対象と呼びます)の蓮の花托の写真を載せていますが、人によっては強烈な気持ち悪さを感じると思うのでモザイクをかけています。モザイク無しの写真に興味のある方は「蓮の花托」で検索してみてください。

モザイク加工した蓮の花托

トライポフォビアは、まずインターネットを中心に話題になりました。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、Facebookのページもあります。また、蓮の花托を人の肌にコラージュした「蓮コラ」も一時期流行し、そのような画像がこぞってネット上にアップロードされていました。このように、トライポフォビアについては、人々は気持ち悪さを感じつつも一種の娯楽的な楽しみ方もしています。さて、ぶつぶつしたものはどうしてこんなにも気持ち悪いのでしょうか。

トライポフォビアに関係する視覚的な特徴

トライポフォビアが初めて学術的に取り上げられたのは、2013年のことでした。エセックス大学の研究チームが、トライポフォビックな対象には独特な視覚的特徴があることを示しました。まずはこの研究について紹介します。

我々の視覚体験は、さまざまなきめの細かさに関する情報(空間周波数)が集まって成り立っています。低い帯域の空間周波数情報はぼんやりとしたきめの粗い特徴を含んでいて、高い帯域の空間周波数情報は輪郭線などのきめの細かい特徴を含んでいます。エセックス大学の研究チームは、中程度の帯域の空間周波数情報がトライポフォビアを引き起こしやすいことを示しました。さらに彼らは、トライポフォビック対象の空間周波数情報が、毒ヘビなどの有害生物のそれと類似していることまで明らかにしました。

本当に中域の空間周波数情報だけがトライポフォビアに関わっているのでしょうか。我々はトライポフォビック対象から中域の空間周波数情報だけを取り除いた写真(中域除去画像)を作成し、その写真が引き起こす不快感を測定しました。しかしながら、この中域除去画像は元々のトライポフォビック対象の写真と同じくらい不快であることがわかりました。したがって、中域の空間周波数情報だけがトライポフォビアに関わっているわけではないことがわかりました。

さらに、我々はトライポフォビック対象の低域の空間周波数情報だけを残した写真(低域保存画像)、中域の空間周波数情報だけを残した写真(中域保存画像)、高域の空間周波数情報だけを残した写真(高域保存画像)を作成し、それぞれの写真が喚起する不快感を測定しました。その結果、低域保存画像と中域保存画像が、元々のトライポフォビック対象の写真と同じくらい不快であることがわかりました。さらに、トライポフォビアを感じやすい人ほど、これらの写真から強い不快感を感じることが明らかになりました。つまり、トライポフォビアにはきめの粗い特徴ときめの細かさが中程度の特徴が関与していることが判明しました。

トライポフォビック対象ときめの細かさ(空間周波数)の関係

トライポフォビアは恐怖ではなく嫌悪

さて、ここまでトライポフォビアがどのような視覚的な特徴と関係しているかを調べた研究を紹介してきました。しかしながら、このような視覚的な特徴だけがトライポフォビアに関係しているわけではありません。そもそもトライポフォビアは、フォビア(つまり恐怖)なのでしょうか。この点について、東京大学と千葉大学の研究チームが、トライポフォビアが恐怖ではなく嫌悪感である可能性を示しました。彼らは、トライポフォビアを感じやすい人にどんな特徴があるかを調べました。その結果、トライポフォビアの感じやすさと排泄物などに対する嫌悪感の感じやすさの間に関係があることがわかりました。この研究以降にも、トライポフォビアが嫌悪感である可能性を示す研究が発表されました。

トライポフォビアが嫌悪感であることはわかりましたが、円形物体の集合がどうして嫌悪感を喚起するのでしょうか。そもそも嫌悪とは、外界から自身が汚染されることを回避するために生じる感情と言われています。上述の研究でトライポフォビアと関係することがわかった嫌悪は、そのなかでも「中核的嫌悪」というもので、これは対象から毒物を摂取したり病原体が感染するのを防いだりするための反応です。

そこで我々は、ヒトがトライポフォビック対象から皮膚病を連想し、その感染を避けようとする回避反応として嫌悪感が生じているという仮説(不随意的皮膚病予防 [IPAD] 仮説)を提唱しました。とびひやヘルペスなどの皮膚病は、円形の湿疹が集合して発生する(つまり見かけがトライポフォビック対象と似ている)うえに、ヒトからヒトへ感染すると言われています。IPAD仮説は、たとえ皮膚病とは関係しないトライポフォビック対象を見た場合であっても、この種の認知機能が(誤って)働いてしまうのではないかという考えです。この仮説と一致する知見として、皮膚病に感染したことがある人の方がトライポフォビック対象を不快に感じることを示しました。このことは、皮膚病に感染したことがある人はより鮮明に皮膚病を連想し、感染への強い回避反応を示したことを示唆しています。

皮膚病経験者と皮膚病非経験者のトライポフォビック対象への不快感の強さ

さいごに

以上から、トライポフォビアにはきめの細かさに関する視覚的な特徴と皮膚病感染を避けようとして生じる嫌悪感が関わっていることがわかりました。先ほども述べた通り、トライポフォビア研究は2013年に始まったばかりで、まだまだ謎が多いです。さらに多くの研究がなされていくことで、いろいろなことがわかっていくことでしょう。

また、2018年1月現在、米国精神医学会には疾患として認められていませんが、最近になって症例報告に関する論文が世界で初めて報告されました。基礎研究の知見だけではなく、今後は臨床現場からもたくさんの知見が提供されるかもしれません。トライポフォビア研究から目が離せません!

参考文献
佐々木恭志郎・山田祐樹 (印刷中). トライポフォビア―過去から未来へ― 認知科学, 25(1). [認知科学誌の許可を得てプレプリントを先行公開中]
Sasaki, K.*, Yamada, Y.*, Kuroki, D., & Miura, K. (2017). Trypophobic discomfort is spatial-frequency dependent. Advances in Cognitive Psychology, 13, 224-231. (*同等貢献著者) [こちらで読めます]
Yamada, Y., & Sasaki, K. (2017). Involuntary protection against dermatosis: A preliminary observation on trypophobia. BMC Research Notes, 10:658. [こちらで読めます]

この記事を書いた人

佐々木恭志郎, 山田祐樹
佐々木恭志郎, 山田祐樹
佐々木恭志郎(写真左)
日本学術振興会特別研究員SPD。早稲田大学理工学術院および九州大学基幹教育院で研究をしています。主に、人間の感情がどのようにして生じているのかについて実験心理学的な手法を用いて検討しています。最近では、モノへ抱く所有感が形成される仕組みについても調べています。詳しい研究成果などについては、こちらを御覧ください。トライポフォビアに関してはここでもまとめています

山田祐樹(写真右)
九州大学基幹教育院准教授。基礎実験、応用実験、動物実験を駆使して、人間を含むあらゆる生物の認知メカニズムの解明を目指しています。最近は、心理学実験の再現性問題やサイエンスコミュニケーションにも取り組んでいます。個人ページはこちらです。犬が好きです。