歳をとると面の皮が厚くなる? – 17型コラーゲンと表皮のお話
皮膚はレンガ造りの家
「あの人は面の皮が厚い」というのは、その人をずうずうしいとか厚かましいと評する言葉ですが、皮膚の厚さがどうやって決まるのかなんて考える人はそうそういないでしょう。でも、「お前は面の皮が厚い」と万が一disられたときに「私の面の皮は厚くない!」とその場でやや斜め上方向に反論するには、皮膚の厚さがどんなものかわかっていなければいけません。そこで皮膚の構造を理解するために、レンガ造りの家を思い浮かべてみてください。まずは家を建てるための土地、すなわち地面があります。ここに土台をたてて、その上にレンガを積み重ねていくと家が完成します。この場合、地面にあたるのが真皮と呼ばれる構造、積み重ねられたレンガが表皮と呼ばれる構造です。家と地面の間に位置する土台は、表皮基底膜領域がこれに当たり、ここにあるさまざまなタンパク群が表皮の縁の下の力持ちをしてくれています。少しイメージできましたか?
土台が不安定な皮膚ってどうなるの?
家を建てるときに、土台が不安定だとうまくレンガを積むことができませんよね? では、生きものでは、土台として働いている表皮基底膜領域タンパク群がイマイチだと、積み重ねられたレンガに当たる表皮はうまくできないのでしょうか? これを調べるために私たちは、17型コラーゲンという表皮基底膜領域タンパク(土台)がダメになっているマウスの皮膚を調べました。予想に反して、17型コラーゲンがダメな皮膚では、表皮(レンガ造りの家)は普通の家と比べてむしろ分厚く(背が高く)形成されることがわかりました。生きものとレンガ造りの家はとても違うものですね!
17型コラーゲンのダメな皮膚の表皮は、発生段階(家造りの途中)で分厚くなりますが、その後は徐々に普通の表皮と同じくらいの厚さになります。この理由は、土台が不安定なまま家造りを始めてしまって、土台がダメなのをカバーしようとしたレンガ積み職人が必要以上にがんばって(細胞が過増殖して)当初背の高い家(分厚い表皮)ができてしまいますが、その後は職人が燃え尽き症候群に陥って、結局まわりの他の家と同じ高さに仕上がるということのようです。レンガ積み職人も燃え尽き症候群にならないように、ちゃんとペースを守って仕事をしてほしいものです。でも、レンガ積み職人も悪気があるわけではなくて、職人たちの仕事の労働基準監督をしているWntシグナルというものが、17型コラーゲンがダメな皮膚では何故かお休みしてしまっているため、労働管理がうまくいかなくて職人が過重労働してしまったようなのです。家造りにもドラマがありますね。
老化したら皮膚ってどうなるの?
17型コラーゲンがダメな皮膚は、表皮(レンガ造りの家)と真皮(地面)の間がうまくつながっていないわけですから、両者の間が剥がれやすくなって水ぶくれがよくできます。これは、土台が不安定な家が地震で崩れやすいのと同じです。水ぶくれができやすいだけではなく、17型コラーゲンがダメな皮膚では、若いうちから白髪や抜け毛が起きやすいと知られていました。ご存知のとおり、白髪や抜け毛は老化現象ですから、土台の不安定な家(17型コラーゲンがダメな皮膚)は老朽化(老化)しやすいといえます。
では逆に、皮膚が老化(家が老朽化)したら、表皮(レンガ造りの家)ってどうなりますかね? 普通は薄く(背が低く)なりそうな気がしますよね。これが、豈図らんや、皮膚が老化すると表皮は分厚くなるのです。レンガ造りの家の例えからは、想像がつきませんよね。少しだけ複雑な話をすると、紫外線に曝されている皮膚は、紫外線の影響によって表皮が薄くなるのですが、手のひら・足の裏やお尻などは紫外線の影響を受けません。私たちは、紫外線が当たらない部分の皮膚が老化すると、表皮が分厚くなるということに気づきました。
でも、なんでそんなことが起こりますかね? 家造りが開始されてからだいぶ時間が経っても(歳をとっても)、実はレンガ積み職人は手を休めることなくレンガを積み続けます。レンガを積むというのは、細胞でいうと分裂するということです。レンガをどうやって積むと家が安定するかというと、ある程度水平方向にレンガを並べてその上に垂直方向へ順序よくレンガを積むのが良いわけですが、歳を取ってくるとレンガ職人は横着をして、あまり水平方向のレンガを並べずに割りと早いうちから垂直方向のレンガを積んでしまうようなのです(細胞では極性の乱れと呼ばれます)。このため、歳をとると分厚い表皮(背の高い家)ができます。これはもしかすると、歳をとったときに皮膚癌が生じやすいというのと関連があるのかもしれません。
皮膚の老化って止められるの?
では、どのようにすれば家(皮膚)の老朽化(老化)を止められるでしょうか? 先ほどお話したとおり、土台(表皮基底膜領域タンパク)がダメな家(皮膚)は老朽化が早いので、逆に土台をしっかりさせれば家(皮膚)が新しい(若い)まま保てるのでは? と思われます。そこで、土台である17型コラーゲンを2割程度増やした皮膚を造ってみると、家造りしてから時間が経っても表皮は分厚くならずに、若い皮膚(新しい家)でいられることがわかりました。土台ってやっぱり重要なんですね!
じゃあ今何をすればいいの?
ここまでのお話を読まれた方は、やっぱりコラーゲンってサイコー、明日からコラーゲンたっぷりのモツ鍋を食べたり、サプリメントを飲んで若さを保とう! と皮算用されたかもしれません。でも、コラーゲンを食べたり飲んだりしても、皮膚へコラーゲンが移行することはまったくありません。それと、コラーゲンにもたくさんの種類があって、今回の研究で注目した17型コラーゲンは、細胞の外に分泌されずに細胞膜に留まっている特殊なタイプのコラーゲンなので、注射で皮膚に打っても意味がありません。地道に17型コラーゲンがたくさん出るようになるような薬を見つけるのが、若返りへの近道でしょうか。
あと、今日のお話では真皮(地面)の老化(老朽化)についてはまったく度外視していました。みなさんが最も気にしている皮膚の老化現象である“シワ”は、真皮の老化なんです。これも老化だから仕方ありません。でも、皆さんも顔に“シワ”ができても気にしないようなメンタリティを持つために、面の皮は厚いほうが意外といいのかもしれませんよ。不老不死への道のりはまだまだ長いものですね。
参考文献
Type XVII collagen coordinates proliferation in the interfollicular epidermis.
Watanabe M, Natsuga K, Nishie W, Kobayashi Y, Donati G, Suzuki S, Fujimura Y, Tsukiyama T, Ujiie H, Shinkuma S, Nakamura H, Murakami M, Ozaki M, Nagayama M, Watt FM, Shimizu H.
Elife. 2017 Jul 11;6. pii: e26635. doi: 10.7554/eLife.26635.
この記事を書いた人
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夏賀 健
北海道大学病院皮膚科講師。表皮水疱症や先天性爪肥厚症等の先天性皮膚疾患の病態解明・治療法の開発や、皮膚の分化・増殖の研究をしています。
渡邉美佳
北海道大学病院皮膚科医員。表皮幹細胞の動態やそれを司るシグナリング、表皮の細胞極性、表皮基底膜の微細構造と蛋白間の相互作用の研究をしています。
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