外来生物はなぜ定着できるのか?

外来種や外来生物という言葉を耳にする機会が増えています。外来生物とは、人間活動によって、本来生息していなかった地域に他の地域から導入された生物のことです。アニメの影響でペットとして輸入されたアライグマや、ハブの天敵として導入されたマングースが日本における外来種の代表例として挙げられます。外来生物は、在来生物を捕食したり、餌や住み場所をめぐって在来生物と競争したりすることで、在来生物の存続を脅かします。それだけでなく、農作物を荒らしたりすることで人間の経済活動にも影響を及ぼします。

では、なぜ外来生物は導入された地域に定着し、繁栄できるのでしょうか? すべての生物は自然選択と呼ばれる進化プロセスの結果、生息場所の気候や環境に適応できたものが生き残っています。新しい場所に導入された外来生物は、ほとんどの場合、本来の生息場所とは異なる環境に対応できずに定着に失敗しますが、一部の外来生物は導入先で個体数や分布を拡大し、時に在来生物を打ち負かしてしまうのです。外来生物の定着を可能にしている仕組みを明らかにすることは、外来生物の侵入や拡大を予測したり、抑制したりするうえで重要な取り組みです。

私たちは、外来生物の定着メカニズムとして、生物の環境改変による自己促進効果に着目しました。一部の外来生物は物理的な環境を改変することで、自分や他者にとっての餌や住み場所の量や質を変えてしまいます。環境改変の結果、外来生物自身に有利な環境が生まれれば、導入先に定着することが容易になると考えられます。つまり、新たな環境に適応するのではなく、環境自体を自分の都合のいいように変えてしまおうという発想です。このような効果を「自己促進効果」と呼びます。これまでの研究では、植物や二枚貝といった固着性の生物でしか自己促進効果は実証されていなかったのですが、私たちは捕食性の動物であるアメリカザリガニにおける自己促進効果を示すことに成功しました。

アメリカザリガニの自己促進効果仮説

北アメリカを原産とするアメリカザリガニは1920年代に食用のウシガエルの餌として日本に持ち込まれました。それ以降、野生化した個体が分布を広げ、現在では全国各地の湖沼や水田、水路などに生息しています。アメリカザリガニをよく観察すると、水草を切断するという不思議な行為をすることに気づきます。ザリガニは雑食性ですので、水草を食べることもあるのですが、切るだけで食べずに、切断された水草が水面に浮いていることが多々あります。一見すると無意味なこの行動が自己促進効果をもつことを明らかにしたのが今回の研究です。

湖沼において水草は水生昆虫や魚類にとって重要な隠れ場所を提供しています。したがって、ザリガニによって水草が切断されると、隠れ場所が無くなり、水生昆虫や魚類にとっては捕食される危険性が高まります。水草を利用する水生動物には、ヤゴ(トンボ幼虫)やアカムシ(ユスリカ幼虫)など、ザリガニの餌動物も含まれます。したがって、水生動物は隠れ場所の喪失と捕食という2種類の影響をザリガニから被ることになります。一方で、ザリガニにとっては、水草という隠れ場所を除去することで、餌である水生動物が探しやすくなるというメリットが生まれる可能性があります。ここから、ザリガニが多くなると水草が大きく減少し、餌動物への捕食効率が高まることで、ザリガニの成長率が高まると予想しました。

水槽実験による検証

この自己促進効果を検証するために、底面積が0.75cm2の大型水槽を用いた実験を2種類行いました。まず、導入するザリガニの数を1、2、4匹と変え、水草を入れた水槽と入れていない水槽に分けました。また、ザリガニの餌としてヤゴとアカムシを各水槽に同じ量だけ導入しました。その結果、ザリガニの数が増加するほど、ヤゴやアカムシ、水草が大きく減少しました。そして、水草がない水槽ではザリガニの個体数が増加するほど、ザリガニの成長率(実験期間中の体重の増加率)が減少する傾向を示したのに対し、水草がある水槽では、ザリガニの個体数が増加すると成長率も増加するという反対のパターンを示したのです。通常、生物は個体数が増加するほど各個体の餌の取り分が少なくなるので、成長率は低下します。しかし、今回の実験結果では、水草がある状況では、ザリガニの個体数が多いほど成長が高まるという逆の現象が観察されたのです。

次に、この逆転現象のメカニズムを明らかにするために、人工水草を用いた実験を行いました。この人工水草はザリガニに切断されないプラスチックでできており、水草の隠れ場所としての機能を評価することが可能です。今度は導入するザリガニの数は一定にし、人工水草の密度を変えてヤゴやアカムシの生存率やザリガニの成長率を調べました。その結果、人工水草の密度が上昇するにつれて、ヤゴやアカムシが多く生残するようになり、さらにはザリガニの成長率が低く抑えられることがわかったのです。つまり、水草の隠れ場所としての機能がザリガニの捕食効率と成長率を規定することが示されました。2つの実験から、ザリガニ密度の増加→水草の減少→ザリガニの捕食効率の上昇→ザリガニの成長率の上昇という自己促進効果のプロセスが実証されたことになります。

(左)実験の風景と(右)使用した人工水草
(左)ザリガニの個体数と成長率の関係(灰色:水草あり、白:水草なし)と(右)人工水草の密度とザリガニの成長率の関係。Nishijima et al. (2017)を元に改変。

ザリガニによるレジームシフト!?

実は私の専門は実験や観察を行うことではなく、数理モデルを使って生態系のダイナミクスを理解したり、予測したりすることです。今回の実験で実証されたプロセスをモデル化するとザリガニが低密度の状態から高密度の状態へと突発的に推移するという興味深い現象が生じます。これは、ザリガニが少し増加すると水草が減少し、それによって捕食効率が上がり、成長が良くなることでさらにザリガニが増加するという「正のフィードバック」が起こるためです。

今回の実験では、ザリガニの成長率の上昇がザリガニの高密度化につながるかどうかまでは検証できていません。しかし、野外ではザリガニが突発的に大発生することが確認されており、環境改変による自己促進効果がザリガニの大発生を誘発していると考えられます。このように、少しの変化がきっかけとなって生態系の劇的な変化が生じることを「レジームシフト」と言います。レジームシフトについては『生態系崩壊を告げる「預言者」を探せ?! – レジームシフト研究の最前線』で詳しく扱われていますので、ぜひこちらの記事もご覧ください。

アメリカザリガニを適切に管理するために

高密度で定着した外来生物を根絶させるのはとても困難です。このような場合、外来種を低密度に抑制し、その影響を抑える管理が現実的な対策となります。しかし、アメリカザリガニに対してはカニカゴ等を用いた駆除が行われている湖沼もありますが、多くの場合でそれほど効果的ではありません。駆除以外の対策として考えられるのは、生息地管理です。今回の自己促進効果を逆手に取って、ザリガニに切断されにくい水草を導入すれば、ザリガニの成長が抑えられると同時に、ヤゴなどの水生動物にとっての隠れ場所を提供できます。ザリガニが侵入した湖沼の生物多様性を守るためには、駆除と生息地管理の組み合わせによって、ザリガニの低密度化と生態系の再生に根気強く取り組む必要があります。

(左)千葉県の印旛沼で捕獲されたアメリカザリガニ。後ろに映るのはザリガニの排除柵であり、柵内に水草を導入して復活させようとする試みが実施されている。(右)静岡県桶ヶ谷沼におけるザリガニや水生動物のモニタリング調査。この沼にはベッコウトンボをはじめとする希少なトンボ類が数多く生息するが、ザリガニの大発生によりその存続が脅かされている。

参考文献
Nishijima S., Nishikawa C., and Miyashita T. (2017) Habitat modification by invasive crayfish can facilitate its growth through enhanced food accessibility. BMC Ecology 17: 37. 

この記事を書いた人

西嶋翔太
西嶋翔太
水産研究・教育機構 中央水産研究所 資源管理研究センター 任期付研究員。東京大学農学部卒、東京大学大学院農学生命科学研究科で学位を取得後、横浜国立大学・産学連携研究員、中央水産研究所・研究等支援職員を経て2017年より現職。専門は生態学および水産資源学。
数理モデル・シミュレーション・統計解析を駆使して、生態系の予測困難なダイナミクスを解き明かし、生物多様性の保全や管理に役立てることを目指しています。職場ではほぼ毎日、昼休みに趣味のフットサルに励んでおり、熾烈な得点王争いを繰り広げています。