バイオ物質のホモキラリティー

天然に最も良く見られる19種のL-アミノ酸とアキラルなグリシンからなるタンパク質やデオキシ-D-リボースが組み込まれたデオキシリボ核酸(DNA)など、自然界のD体、L体の存在比には偏りがあります。これをホモキラリティーと呼びます。これは、はじめは小さい偏りが生じたのち、増幅されたと考えられています。この初めの偏りの起源には偶然説や必然説などの諸説あります。一方で、人工的な系ではD体、L体は等しく(ラセミ体)作られる場合が多く見受けられます。

このようなD体とL体の関係は鏡像関係であり、キラルであるといいます。そして我々の世界には偏りがあって、キラルな物質に囲まれているのです。私たちは、このホモキラリティーから生命を考えられずにはいられないのです。事実、生体はホモキラリティーに制御されて生命活動を維持していると言っても過言ではありません。

金ナノ粒子とは?

金属のナノ粒子はナノメートルサイズの微粒子を指し、バルクとは異なった物性を示すようになります。特に、金のナノ粒子は可視光領域の光と相互作用する局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)と呼ばれる電子の共鳴振動現象が知られていて、金ナノ粒子のコロイド分散溶液は赤色や紫色、青色等を呈します。実際に、金貨などは黄金色ですが、金ナノ粒子がガラスに散りばめられたステンドグラスは赤・青や紫色など色彩豊かとなります。

教会のステンドグラス

この局在表面プラズモン共鳴特性は金ナノ粒子の形状やサイズに大きく依存します。たとえば、球状金ナノ粒子は局在表面プラズモン共鳴に由来する可視光領域の吸収帯をひとつ、棒状金ナノ粒子(金ナノロッド)は可視光から近赤外光領域の吸収帯を2つ有しています。特に金ナノロッドの吸収帯は粒子のアスペクト比(長軸長と短軸長の比)に大きく依存するため、このコロイド分散溶液の色は紫、青、緑、茶色などさまざまです。

このような魅力的な電子・光学的特性はエレクトロニクス、フォトニクス、光線力学療法、ドラックデリバリーシステム、バイオイメージングなど広範囲な分野でさまざまな実用的応用が期待されます。最近では金ナノ粒子の合成研究が急速に発展して、これまでに球、棒、正六面体などのさまざまな形状制御が可能となってきました。

現在までに報告されているさまざまな形状の金ナノ粒子の例

棒状の金ナノ粒子を並べて新たな光学特性を出現させる

金ナノ粒子は凝集、配列・配向すると局在表面プラズモン共鳴に由来する光特性が大きく変化し、新たな集団的光物性を示します。このような金ナノ粒子の自己組織化研究は、この特異な光学特性によりバイオセンサや光学デバイスへの応用が期待されます。特に、異方性の金ナノロッドの配列はパターンの多様性が期待でき、長軸同士を重ね合わせたside-by-side型や、単軸同士を付き合わせたend-to-end型などとして知られます。我々は、この配列パターンの多様化により、単一分散状態では認識不可能な高次元での変化を識別できるようになると考えています。

金ナノロッドの配列パターン

特にキラルな金ナノ粒子集合体には注目が集まっていて、不斉ポリマーのテンプレート、DNA折り紙、アミノ酸、ペプチドなどを使って報告がされています。一方で、大きなタンパク質を用いたキラル金ナノロッド集合体の報告は殆どありませんでした。バイオ技術とナノテク技術の融合は、最近新たなナノバイオテクノロジーというものづくり技術として注目されています。

キラルな棒状金ナノ粒子集合体を創る

私たちは、棒状金ナノ粒子である金ナノロッドとキラルな生体高分子であるタンパク質の相互作用によるねじれた棒状金ナノ粒子集合体を創ることに成功しました。金ナノロッドはCTAB(臭化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム)と呼ばれる界面活性剤の二重膜によって覆われていて、溶液中ではその界面はプラスに帯電し、静電反発によって分散しています。ここに、等電点が弱酸性であるタンパク質(今回は血清アルブミン)を添加すると、水溶液中でマイナスに帯電したタンパク質が金ナノロッドと静電的な相互作用によって集合化が引き起こされることが明らかとなりました。

この集合体は金ナノロッドの長軸同士を重ね合わせた‟side-by-side型”と呼ばれる配列の揃ったものであることが電子顕微鏡観察によって証明できました。この集合体の円二色性(CD)スペクトル測定の結果、金ナノロッド自体の可視光から近赤外光領域の吸収帯にキラル性を表す巨大なコットン効果が確認され、集合体のねじれ方向には偏りがあることが明らかとなりました。このねじれの偏りを評価するものにg-ファクターと呼ばれる異方性因子という指標がありますが、このキラル金ナノロッド集合体のg-ファクターは1.6×10-2という数値に達し、これは記録的な値でした。さらに、分散溶媒の組成に依存したねじれ方向の逆転現象やタンパク質の種類を変えることによるキラルシグナルの制御が可能となるという非常に興味深い結果も得られました。現在は、これらの外部環境応答性に関する詳細な検討を行っています。

キラルにねじれた棒状金ナノ粒子の集合体

超高感度なセンサへの期待

このねじれた棒状金ナノ粒子の集合体は、金ナノロッドに由来する可視光から近赤外光領域に巨大なプラズモン円二色性シグナルを有しています。このプラズモン円二色性シグナルを利用することによって、3次元構造の微細な変化(揺らぎなど)にも応答可能となるため、さらに高感度なセンサ技術への応用が期待されます。

また今後は、金ナノ粒子が示す特徴的な局在表面プラズモン共鳴を利用した光電場増強効果や非線形光学現象を最大限に利用したナノマテリアルへの展開を考えています。

参考文献
Hideyuki Shinmori, Chihiro Mochizuki, “Strong Chiroptical Activity from Achiral Gold Nanorods Assembled with proteins” Chem. Commun. 2017 53, 6569-6572.

この記事を書いた人

新森英之
新森英之
山梨大学大学院総合研究部生命環境学域・准教授
1998年 九州大学工学研究科修了 博士(工学)。日本学術振興会・特別研究員、京都大学大学院理学研究科・助手、山梨大学大学院医学工学総合研究部・講師、神戸大学大学院工学研究科・准教授を経て、2007年より現職。超分子化学をベースとした機能性金属微粒子に関する研究を行っています。