博物館の資料は年月を超える

博物館は標本を収集・保存し、さらに研究し、その成果を展示等で公開しています。標本が保存される限り、時代を超えて研究は行われ、新しい知見が生まれます。ここでは博物館における、年月を超えたクジラの研究をご紹介します。

本研究で扱った大阪の地下から出てきたカツオクジラの化石(頭骨)(本研究を発表した論文Tanaka and Taruno, 2017より改変)

事の始まりは、大阪の地下鉄工事が、1970年の大阪万博にさきがけて行われたことにあります。1966年、大阪市東成区の地下鉄今里駅周辺の工事中に、地下14メートルの深さから、クジラの骨が発見されました。およそ8800年〜4000年前の太古のクジラです。そのころは縄文時代で、気候が暖かく、海水面が上昇し、大阪平野の奥まで海が広がっていました。当時の新聞は「骨がでてきた」「人骨か」「すわ!一大事」「警察官がかけつけて・・・」「ひやっとした」などと書き立てました。クジラの骨は大阪市立自然科学博物館(当時)に収蔵され、 10年後の1976年に鯨類研究所の大村秀雄博士(故人)によって、「ミンククジラである」と論文で発表されました。

化石産地の地図。水色で示されているのは完新世に平野に入り込んでいた海(本研究で発表した論文Tanaka and Taruno, 2017より改変)

先達の知見を活用して再研究する

それから40年経って、鯨類化石を専門とする田中が大阪市立自然史博物館に着任しました。新しい職場でどのような研究ができるか、博物館内をいろいろみて回りました。目に止まったのが大阪の今里駅から見つかったクジラでした。どの分野もそうなのかもしれませんが、化石の研究は、研究者と標本の幸せな出会いがあるかどうかで研究が進むか進まないか変わってきます。研究者の守備範囲は限りがあって、何でもできるという研究者は希にしかいません。田中はクジラやイルカなどの水生哺乳類の化石を専門にしています。そのため、今回研究したクジラを見たとき、面白いことになりそう、と感じました。幸せな出会いでした。

田中の共同研究者であり、前任の学芸員である樽野(ゾウやシカの化石が専門)と共に、2000年代に大きく進歩したヒゲクジラ類の骨の形についての知識にもとづいて、再検討しました。再検討できたのは、博物館にそのクジラ化石が保存されていたこと、それから世界中の先達が1世紀にわたって蓄積した研究成果のおかげです。再検討の結果、幅広いクチバシ(吻部)や頭にある翼蝶形骨という骨の形が四角く大きいことから、ミンククジラではなく、カツオクジラであることが明らかになりました。

カツオクジラは暖かい海にすむクジラで、ミンククジラと比べると大型で珍しい種類です。カツオを食べることから、名付けられました。瀬戸内海での記録は3件、日本近海の記録はあわせて13件ある限りで、骨格標本として展示されているのは和歌山県立自然博物館など3つの施設のみです。変異(大人子ども、オスメス、地域ごとの違いなど)を考える際、ひとつでも多くの標本が必要です。カツオクジラは標本数が少ないのですから、大阪のカツオクジラは貴重な標本なのです。

また、興味深いことに、地層から見つかったカツオクジラ、つまりカツオクジラの化石はこれまで知られておらず、大阪から見つかったクジラが世界で初めての記録です。過去の生物の分布は謎に満ちています。地道に同定し、記録を蓄積していくことで、クジラを含め、多くの生きものが、過去にどのように分布をしていたのか明らかになってくるでしょう。

このような研究の成果が、「大阪市の完新統(第四紀)から発見されたカツオクジラ」と題し、米英の古生物学の学術誌「Palaeontologia Electronica(パレオントロジア・エレクトロニカ)」(2017年10月17日出版)に掲載されました。

今回の研究で明らかになったカツオクジラ。翼蝶形骨の形が特徴的(本研究で発表した論文Tanaka and Taruno, 2017より改変)

研究成果が展示を活かす

博物館が目指すのは、収集・保管した資料の研究を行い、その成果を展示などで市民に発信していくことです。今回の研究に使用した標本も、研究成果は一旦まとまったので、大阪市立自然史博物館の常設展・第2展示室に追加展示しています。もちろん、この標本が長く博物館で保管されれば、将来新しい研究が同じ標本でなされ、さらなる新知見が得られるかもしれません。

いずれにしても、博物館における研究は重要で、展示更新を含めて一石数鳥の利点があります。まず、論文や書籍など知的資産を生み出すことができ、知的資産は展示や普及活動で活用できる他所にはないオリジナルの情報になります。また、研究に使われた収蔵標本は学術的価値が高まり、コレクションの価値、ひいては博物館の価値を高めることにつながります。当館は「オリジナルな情報発信のために」「研究の促進、研究成果の公開を進めます」と中期目標に掲げています。

大阪が、かつてはクジラが泳ぐ海であった証拠を広く皆さんに見ていただき、太古の世界に思いを馳せていただきたいと考えています。大阪平野の地下からは、他にもいくつかのクジラ化石が見つかっています。私たちは地下に眠っているクジラの種類を明らかにし、太古の大阪湾にどのようなクジラが泳いでいたのかを明らかにしたいと考えています。

大阪市立自然史博物館の展示風景。中央の赤いボードに乗っている標本がカツオクジラ

参考文献
Omura, H., 1976: A skull of the minke whale dug out from Osaka. Scientific Reports of the   Whales Research Institute, vol. 28, p. 69-72
Tanaka, Y., and Taruno, H., 2017: Balaenoptera edeni skull from the Holocene (Quaternary)    of Osaka City, Japan. Palaeontologia Electronica, vol. 20.3.50A, p. 1-13.

展示がある大阪市立自然史博物館
〒546-0034  大阪市東住吉区長居公園1-23
TEL 06-6697-6221  FAX 06-6697-6225
地下鉄御堂筋線「長居」駅下車3号出口・東へ800m
JR阪和線「長居」駅下車東出口・東へ1000m
常設展示入館料:大人300円、高大生200円
※中学生以下、障がい者手帳などをお持ちの方、市内在住の65歳以上の方(要証明)
は無料。
ホームページ http://www.mus-nh.city.osaka.jp/

この記事を書いた人

田中嘉寛, 樽野博幸
田中嘉寛, 樽野博幸
田中嘉寛(写真右)
クジラ、イルカなど水生哺乳類の進化を研究しています。ニュージーランドのオタゴ大学でPhD取得。2017年4月より大阪市立自然史博物館の古脊椎動物担当学芸員。

樽野博幸(写真左)
ゾウ、シカなど大型陸生哺乳類の日本での変遷について研究しています。2013年3月まで,大阪市立自然史博物館の古脊椎動物担当学芸員。