受動喫煙の社会格差 – 知識があるだけでは職場の受動喫煙は減らない
健康被害をおよぼす受動喫煙を防ぐための海外での取り組み
レストランやカフェでおいしいご飯を食べているときに、タバコの煙が流れてきて、せっかくの食事が台無し……という経験はありませんか? 子ども連れで禁煙のお店に入りたいのに、なかなか見つからず苦労した人も多いと思います。このような、他の人のタバコの煙にさらされることを「受動喫煙」といい、健康にさまざまな悪影響があることが数々の研究から明らかになっています。
そのため、レストランや学校や職場などで「子どもやタバコを吸わない人が受動喫煙の危害を受けない権利」が「タバコを吸う権利」よりも優先され、海外では受動喫煙を規制する法整備が進められています。欧米のバーで、店内でタバコを吸えないというのを目にされた方もいらっしゃるかと思います(室内での喫煙はPM2.5などの濃度が極めて高くなります)。しかし海外にくらべて日本のタバコ対策は大きく遅れており、厚生労働省は、東京五輪・パラリンピックのある2020年までに受動喫煙のない社会を目指すとの目標を掲げています(が、政治的に施策が後退する方向にあり、目標達成が危惧されています)。
このように、日本でも注目が高まりつつある受動喫煙ですが、海外では、社会経済状態(収入や教育年数など、その人がおかれた社会環境を示す指標)が低い人は、非喫煙者であっても受動喫煙の被害を受けやすいことが報告されています。しかしながら、日本にも受動喫煙の健康格差は存在するのか調べた研究はほとんどありませんでした。
受動喫煙の健康格差は日本にも存在する
そこで、宮城県が2014年に実施した県民健康調査のデータを分析しました。喫煙者のデータを除外後、家庭での受動喫煙について有効回答が得られた 1,738名および職場・学校での受動喫煙について有効回答が得られた1,003名のデータを分析しました。受動喫煙は「ほぼ毎日」、「週に数回」、「週に1回未満」、「なし」の 4段階とし、教育年数との関係を分析しました。その他の要因の影響を取り除くため、年齢、性別、世帯人数、過去の喫煙歴、タバコの健康被害の知識を統計モデルで考慮しました。
その結果、タバコを吸わない回答者においても、家庭での受動喫煙は19%にみられ、職場・学校での受動喫煙は39%にみられました。さらに、教育年数が短い人は、非喫煙者であっても受動喫煙にさらされやすいという健康格差が確認されました。教育年数13年以上の人にくらべ、10〜12年の人は家庭での受動喫煙が1.9倍多く、9年以下の人は3倍多いという差がみられました。職場・学校の受動喫煙については、教育年数13年以上の人にくらべ、10〜12年の人は家庭での受動喫煙が1.8倍多く、9年以下の人は3.8倍多いという差がみられました。統計モデルでタバコの知識を考慮しているため、この結果は、「仮にすべての人が同程度のタバコの知識をもっていたとしても、教育年数の短い人ほど受動喫煙にさらされやすい」ことを示しています。
個人の知識で防ぐには限界がある
さらに、個人の努力で受動喫煙を防ぐことは可能なのかを調べるための分析を行いました。仮に個人の努力で受動喫煙を減らすことができるのなら、タバコの害について知識を持っている人ほど受動喫煙が少ないことが予想されます。
その結果、タバコの健康被害についての知識が多いことは、家庭での受動喫煙が少ないことと統計的有意に関連した一方、職場・学校での受動喫煙とは有意な関連はみられませんでした。つまり、個人がタバコの害に関する知識をつけることは、家庭での受動喫煙をわずかに減少させるものの、職場での受動喫煙を防ぐことはできないことが示されました。
社会全体での取り組みが必要
日本のタバコ対策は世界の最低ランクに位置づけられています。今回私たちが行った研究から、1)日本でも受動喫煙に社会格差があることが確認され、2)個人が知識を持っているだけでは職場での受動喫煙を防げないことが示されました。罰則付きの法整備も含め、職場・家庭・飲食店での受動喫煙対策が必要でしょう。そのような環境を変えるアプローチにより、この研究で確認された健康格差の縮小にもつながると考えられます。
参考文献
Matsuyama Y, Aida J, Tsuboya T, Koyama S, Sato Y, Hozawa A, and Osaka K. Social inequalities in secondhand smoke among Japanese non-smokers: a cross sectional study. J. Epidemiol. 2017. [in press]
この記事を書いた人
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松山祐輔(写真左)
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科(国際健康推進医学分野)・日本学術振興会特別研究員(PD)
口腔や歯の健康を中心に、社会的要因と健康の関連を研究しています。過去におこなわれた施策の“みせかけや偶然ではない本当の効果量”を明らかにし、どのような施策が健康格差の縮小につながるかを統計モデルを使って検証しています。幼少期の要因の生涯にわたる健康影響や、公正で効率のよい資源の配分にも興味があります。
相田潤(写真右)
東北大学大学院歯学研究科国際歯科保健学分野・准教授
個人要因を超えて行動や健康に影響を及ぼす、健康の社会的決定要因について調べる「社会疫学」の研究に取り組んでいます。経済要因と健康の「健康格差」の研究や、人々のつながりの健康への影響、東日本大震災による自然・社会環境の変化と健康の研究、国という環境の異なる日本人とイギリス人の健康の差の研究などを行っています。
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