クチバシってどんな動物が持っているどんな器官?

クチバシとは、固い角質の鞘(さや)で口の骨を覆っている器官です。現生動物ではトリとカメがクチバシを持っており、摂食に使用しているほか、人間の手のように物を掴んだり毛繕いしたりすることに使っています。また、クチバシにはさまざまな形態があり、それに応じて機能も多岐に渡っているため、クチバシを持つ動物の食性や行動生態を考察する際に、クチバシの形態や機能に注目することは非常に重要です。

そしてこのクチバシ、実は現生動物だけではなく、トリケラトプス(恐竜)やプテラノドン(翼竜)など一部の絶滅動物も持っていたと考えられています。絶滅動物にとってもクチバシは非常に重要な器官であったことが予想されるため、彼らの生活の様子を復元するためには、彼らのクチバシの形態と機能を正しく把握することが必要です。

しかし、化石になる過程で角質は分解されてなくなってしまうことが多く、ほとんどの場合、化石として残るのはクチバシの骨部分のみです。また、著者らのチームの研究によって、現生のトリとカメでは、クチバシの角質部分と骨部分の形態は異なっていることが明らかにされています。そのため、クチバシの骨部分からいかに正確に角質部分を復元するかが重要になってくるのですが、明確な根拠がないまま、骨部分の輪郭に合わせるだけの復元がなされているのが現状です。つまり、多くの絶滅動物のクチバシの形態は未だにわかっておらず、根拠に乏しい不確かなクチバシの形態を元に食性等の議論が行われてしまっているのです。

著者はこの現状に警鐘を鳴らし、根拠のある絶滅動物のクチバシの復元法を提唱することで、より信頼性の高い絶滅動物の生態の復元を行いたいと考え、研究を進めました。

ニワトリとアオウミガメの上顎の立体構築モデル

絶滅動物のクチバシが知りたいからこそ現生動物のクチバシを見る

絶滅動物のクチバシの復元が非常に曖昧なまま放置されてきた原因のひとつは、現生動物のクチバシですら詳細な構造や成長様式が判明していないことにあると著者は考えました。骨部分も角質部分も揃っている現生動物ですらよくわかっていないことを骨部分しかない絶滅動物でわかれというのは、なかなか難しいことです。

そこで、まずは現生動物のクチバシの研究をするところから始めました。今回ご紹介するのは、そのうちのひとつです。この研究では、ニワトリのクチバシの構造観察を行い、明らかになった構造からクチバシの角質部分の成長様式を推定することで、骨部分と角質部分の形態の違いを生む要因を考察しました。

偏光顕微鏡でのニワトリのクチバシの観察写真
正中断面を見ると、クチバシの先端部には、暗くなる角度(消光位)が異なる3層(外層・中間層・内層)の構造があることがわかる。クチバシの横断面は、この3層が存在する先端部にて作製。横断面の観察では、正中断面のときのような、明瞭な消光位の違いは見られなかった。これはつまり、この3層は側面から見たときには構造が異なっているが、正面から見たときには似たような構造をしている可能性を示している。

分野にまたがる3つの手法を用いたクチバシの構造調査

構造観察は、1.偏光顕微鏡による薄片観察、2.走査型電子顕微鏡による観察、3.X線小角散乱法による観察という地球科学、生物学、物理学にまたがる3つの手法を組み合わせることで、nm(10-9 m)スケールからmm(10-3 m)スケールまで、倍率を広く行き来して行いました。

1.偏光顕微鏡による薄片観察は、岩石学の分野で用いられる観察手法です。1 mm以下の厚みになるまで研磨した岩石を偏光顕微鏡で観察し、その様子から岩石内の鉱物や構造を推定することができます。偏光顕微鏡は光学顕微鏡の一種なので、分解能の限界は0.2 μm程度です。本研究では、クチバシを切断・研磨して作った薄片を観察しました。

2.走査型電子顕微鏡による観察は、生物学の分野でよく使われる観察手法です。試料や機器の性能にもよりますが、μmからnmスケールの観察が可能です。本研究では、クチバシの角質部分の破断面を観察しました。

3.X線小角散乱法による観察は、物理学や化学の分野で用いられる手法です。DNAの二重らせん構造を発見する際にも使われた手法で、nmからÅ(10-10 m)スケールの構造推定が可能です。本研究では、クチバシの角質部分に照射した散乱X線の強度分布の変化から、角質部分にある微細な構造の並びを検出しました。

明らかになったクチバシのサンドイッチ構造と意義

1.偏光顕微鏡による薄片観察の結果、クチバシの角質部分は消光する角度、すなわち、細かい構造が異なる3層の構造(外層・中間層・内層)から成ることが明らかになりました。また、内層に微細層の剥離と思われる構造も発見できました。2.走査型電子顕微鏡による観察では、外層内にさらに微細な層が存在することが明らかになり、その微細層は1.偏光顕微鏡による薄片観察で観察された消光現象と対応していることが明らかになりました。さらに3.X線小角散乱法による観察では、上記の2つの手法では明らかにできなかった中間層の微細構造について、前後方向の規則的な配列があることを明らかにしました。

消光現象と微細構造の関係
角質層のなかにはさらに細かい微細層が存在し、その微細層が、水平線に対して平行になったとき、もしくは垂直になったときに、消光現象が起きる。

そして、以上の3つの結果を統合して考えると、ニワトリのクチバシの角質部分は部位によって成長方向が異なっている可能性が高いことが明らかになりました。全体を覆う外層は、根本では上方向(背側)に成長し、クチバシの先端領域に存在する中間層は、前方に向かって成長し、中間層よりもさらに先端の方で現れる内層は、やや上方向(背側)に成長する、という複雑な成長様式が予想されました。このとき、外層は中間層の成長に引き摺られることで、先端方向へと滑って移動しているものと考えられます。

よって、クチバシの角質部分の形態が骨部分の形態とまったく同じ形態にはならない要因のひとつは、クチバシの部位によって角質の成長方向が異なることにある可能性が示されました。また、ニワトリのクチバシの先端は最も使用頻度が高く、摩耗しやすい部分であるため、角質部分を先端方向に伸ばす役割を担っていると予想される中間層がクチバシの先端にあることは、その摩耗に対抗して伸長する効果をもたらしている可能性が高いです。同様の理由で、先端のみが微細構造の異なるサンドイッチ構造になっているのも、使用頻度が高い部位の強度を増す効果があるのではないかと考えています。

予想されるクチバシの角質部の微細構造と成長様式
角質の層は、骨表面の軟組織から作られ、軟組織に近いものほど新しく、新しい層が古い層を押し上げるようにして成長すると考えられる。それを踏まえて考察すると、まず外層は、根本では骨に対してほぼ水平に成長する。だが、先端部にて前方方向へ成長する中間層に引き摺られることで、徐々に微細層が傾いていき、その結果、今回明らかになった構造を取るものと考えられる。つまり、クチバシを前方方向へ伸ばす役割を強く担っているのは中間層であり、クチバシにとって中間層の存在が非常に重要である可能性が示された。

得られた成果の意義と今後の展望

現生のトリですら知られていなかった構造を明らかにしたこの成果は、これまでのクチバシの研究に一石を投じるものであり、絶滅動物のクチバシの復元に必要な基礎情報を提供しました。また、この研究成果により、絶滅動物のクチバシを復元する際、クチバシの骨を単純にトレースして角質部分の形態を復元することは誤りである可能性が示されました。

今後、本研究で明らかになったクチバシの角質部分のサンドイッチ構造と骨部分の形態や構造との関連性を探ることで、絶滅動物のクチバシの形態をより正確に復元できるようになると期待されます。

参考文献

  • Urano, Y., Sugimoto, Y., Tanoue, K., Matsumoto, R., Kawabe, S., Ohashi, T. Fujiwara, S. The sandwich structure of keratinous layers controls the form and growth orientation of chicken rhinotheca. J Anat, DOI:10.1111/joa.12998 (2019)
  • Grant, P. R. & Grant, B.R. Adaptive radiation of Darwin’s finches. Am Sci 90, 130–139 (2002)
  • Urano, Y., Tanoue, K., Matsumoto, R., Kawabe, S., Ohashi, T. Fujiwara, S. How does the curvature of the upper beak bone reflect the overlying rhinotheca morphology? J Morph 279, 636–647 (2018)

この記事を書いた人

浦野雪峰, 杉本泰伸
浦野雪峰, 杉本泰伸
浦野雪峰(写真)
東京学芸大学教育学部自然科学系 個人研究員
2016年に名古屋大学大学院環境学研究科博士前期課程修了。2019年に同大学院にて博士(理学)の学位を取得。絶滅動物のクチバシの復元を目指し、現生のトリ・カメのクチバシの研究を行っています。研究手法は、広い倍率での実物の観察からCTスキャンによる立体データの形態比較まで多岐に渡り、分野を越えたさまざまな方面からのアプローチを試みています。

杉本泰伸
名古屋大学シンクロトロン光研究センター 准教授
1997年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了、博士(理学)を取得。2012年より現職。シンクロトロン放射光を利用したX線小角散乱法を利用して、生体高分子、特にエネルギー変換や情報伝達に関連したタンパク質の構造解析についての研究を行っています。また、放射光X線散乱に関する解析法についても興味を持っています。