人工光合成とは?

太陽光エネルギーをうまく使う方法はないのか? これは、環境問題やエネルギー問題を抱える現代において地球規模の最重要テーマです。解決のヒントとして、植物の光合成が注目されています。すでに使われている太陽電池はその一例で、最近では「人工光合成」という概念の研究が進んでいます。

今回我々の研究グループでは、実際の光合成に倣った光エネルギー変換システムを構築し、高分子の相転移挙動を利用して水から水素を高効率に生成させることに成功しました。

人工光合成ポリマーシステムの概念図

「人工光合成」とは、おおまかな定義として光エネルギーを化学エネルギーに変換する人工的な物質システムとされています。自然界の光合成プロセスの完璧な再現である必要はなく、基本的コンセプトを再現したものが一般的には人工光合成と呼ばれています。

具体的には、次のような研究が世界中で行われています。

・光エネルギーを利用し、水から酸素をつくる

2H2O → O2 + 4H+ + 4e

・光エネルギーを利用し、水中の水素イオンから水素をつくる

2H+ + 2e → H2

・光エネルギーを利用し、二酸化炭素を固定化させてギ酸をつくる

2H2O + 2CO2 + 4 → 2HCOOH + O2

太陽光エネルギーを用いた水の光分解に関する研究は、Honda-Fujishima効果(1972)を皮切りに、さまざまな触媒システムが開発されています。今回我々が行った研究は、実際の葉緑体がもつような、金属錯体を用いたシステムにカテゴライズされます。

近年ではとくに、紫外光ではなく可視光を利用して、光エネルギーから物質を変換する効率の向上が課題とされてきました。太陽光によって無尽蔵にある水から水素と酸素をつくる技術が成熟すれば、水素エネルギー社会への移行が見えてきます。

得られた水素と酸素を燃料電池によって水に戻し電気エネルギーを取り出すことや、水素を石油の代替物質とした水素自動車、H-IIロケットなどの開発が期待されています。環境エネルギー問題を背景に、持続可能社会の実現に向けて人工光合成が脚光を浴びており、人工光合成は21世紀の重要なテーマとなっています。

葉緑体の光合成と電子伝達

実際の光合成では、光エネルギーによって水と二酸化炭素から酸素と糖(炭水化物)をつくります。全体の反応は以下のように表せます。

6CO2 + 6H2O → C6H12O6 + 6O2

さらに、光エネルギーによって励起された電子の移動に着目すると、以下の2式で表せます。

12H2O → 6O2 + 24H+ + 24e

6CO2 + 24H+ + 24e → C6H12O6 + 6H2O

光合成を行う葉緑体の中では、ひとつのC6H12O6(糖)をつくるために24個の電子を移動させます。化学反応式では簡単にまとめられてしまいますが、実際には10種以上のタンパク質や機能分子を介して電子が伝達され、光合成が達成されます。これらの分子の位置や距離間は、葉緑体中のチラコイドと呼ばれる厚さ8 nmの2分子膜に組織化されています。光捕集するクロロフィル、キノン、PSII、PSIなどの機能分子が2分子膜中で電子を伝達するのに対し、この2分子膜自体は電子伝達場・反応場として働いています。

さて、思考実験としてこの葉緑体組織をナノメートルスケールですり潰したバラバラの状態に光をあてると、光合成できるでしょうか? 2分子膜に配列されていたはずの10種以上の機能分子は無秩序状態で電子伝達も無秩序になりますから、バラバラにする前と同じように電子伝達が機能することは期待できません。

高分子の”伸張/収縮”によって電子伝達を加速する

これまでに、分子論的観点、およびシステム論的観点から、さまざまな人工光合成システムが考案されています。しかし、実際の葉緑体が持つ光合成システムにあるような、水分子との連動的な電子伝達組織の構築が未だ提案されていません。

一方、これまでに我々の研究グループでは、高分子の網目構造(ゲル)を工夫することで、「可視光エネルギーによって酸素を発生するゲルシステム」と「可視光エネルギーによって水素を発生するゲルシステム」を構築しています。

さらに今回は、機能分子間の電子伝達に駆動力が生じるよう、高分子の相転移を利用したシステムを提案しました。高分子が”伸張/収縮する挙動”を使うことで、新しいコンセプトの人工光合成システムを構築することに成功しました。

まず我々は、温度応答性高分子としてよく使用されているイソプロピルアクリルアミドと電子伝達分子のビオロゲンからなる共重合体(PNV)を合成しました。この高分子は、ビオロゲンが酸化状態(2+)で親水的となり伸張状態であるのに対し、還元状態(1+)では疎水的となり収縮状態をとります。さらに、一定温度下でビオロゲンを酸化/還元状態とすると、可逆的な高分子相転移挙動(コイル-グロビュール転移)を示します。

新たに合成した電子伝達分子ビオロゲンを持つ高分子poly(NIPAAm-co-Viologen)
電子伝達分子が酸化状態の2価のとき、高分子は親水的で伸張している。これに対し、還元状態の1価のとき高分子は疎水的で収縮している。

この高分子PNVに、光捕集分子のRu(bpy)3錯体と触媒の白金ナノ粒子の存在下で光を照射したところ、10%を超える光エネルギー変換効率で水素を生成し、高い量子効率を達成することができました。

このときの電子伝達メカニズムは次のとおりです。光照射によって生じた光励起電子をビオロゲン分子が受けると、その周辺の高分子は還元状態の1価となるため疎水的になります。これが、界面活性剤で分散された白金ナノ粒子(水素発生触媒)近傍の疎水的な空間に潜り込むことで、高分子から水素イオンに加速的に電子を伝達して水素を生成します。

高分子の相転移を駆動力とした電子伝達メカニズム

従来の溶液システムによる人工光合成では、液相中で機能性分子や触媒ナノ粒子が乱雑な分散状態にあるため電子伝達も乱雑となり、反応が進むにつれて分子が凝集して機能が低下することが問題でした。

今回我々が構築したシステムはこれとは大きく異なり、粒子間に高分子が介在することで粒子の凝集を抑制すると同時に、高分子の相転移によって電子伝達が加速します。結果として、高分子を用いない従来システムよりも3~4倍高い効率で水素を生成することに成功しました。

今後の展開

ノーベル賞受賞者でもあるRudolph A. Marcusの理論によれば、電子移動は2 nm以内で著しく効果的になると報告されています。今回の高分子が示す挙動を精密に制御できれば、さらなる高効率化も期待できます。究極的には、可視光エネルギーによる高効率な水の完全分解(2H2O + → 2H2 + O2)を可能とする反応場として、高分子システムを構築することが課題です。

一方で、高分子の相転移現象はバイオミメティック(生体模倣)の観点から、筋肉のように運動するソフトアクチュエータや、ウィルスのように物質を運ぶドラッグデリバリーシステムの開発に広く利用されてきましたが、今回の光エネルギー変換システムへの利用は画期的です。本成果により、新たな生体模倣材料として「人工葉緑体」の構築が期待されます。

参考文献
Okeyoshi K, Yoshida R: “Polymeric design for electron transfer in photoinduced hydrogen generation through coil-globule transition” Angewandte Chemie International Edition 58, 7304-7307 (2019)
Okeyoshi K, Yoshida R: “Oxygen-generating gel systems induced by visible light” Advanced Functional Materials 20, 708-714 (2010) 
Okeyoshi K, Yoshida R “Hydrogen generating gel systems induced by visible light” Soft Matter 5, 4118-4123 (2009)

この記事を書いた人

桶葭 興資, 吉田 亮
桶葭 興資(OKEYOSHI, Kosuke)
北陸先端科学技術大学院大学講師。東京大学大学院にて博士(工学)取得後、日本学術振興会特別研究員DC1 (東京大学)、PD (理化学研究所/ハーバード大学)、海外(ハーバード大学)等を経て、2017年より現職。高分子科学や光化学をベースとして生体組織に習った環境適応材料やエネルギー変換材料の研究を行っている。さらに最近では、多糖と水との関係に着目した自己組織化現象・材料化を探求している。

吉田 亮(YOSHIDA, Ryo)
東京大学大学院教授。温度やpHなどの外部環境変化に応答して体積変化する高分子材料の機能を分子設計により制御し、生体機能を模倣したスマートマテリアルとして生医学分野へ応用を試みている。近年では、心臓の拍動のように自発的にリズム運動する新しい生体模倣ゲルを開発し、自律機能材料への展開と共に、その挙動解析を通して種々の生命現象の原理を探求している。