北極圏の恐竜たち

1961年。石油会社の調査中に、米国アラスカ州最北部からひとつの骨化石が見つかりました。これが世界で最初に見つかった北極圏の恐竜類、ハドロサウルス類の化石です。以降の調査により、白亜紀後期の地層(約6,900万年前)、特に米国アラスカ州からは多種多様な恐竜類の骨格化石および足跡化石が見つかっています。

これらにより、大型の肉食恐竜ティラノサウルス類のナヌークサウルスや、群れで狩りをしていたとされるドロマエオサウルス類などの小型恐竜類、大型植物食恐竜パキリノサウルス類やテリジノサウルス類、そして最初に見つかった恐竜であるハドロサウルス類などが、独自の生態系を作っていたことがわかりつつあります。

白亜紀後期の地球は非常に温暖な環境にありましたが、当時のアラスカ州北部は年間平均気温が5℃程度、年間平均雨量が1,000mm程度と、現代の北海道よりも寒かったことがわかっています。加えて、冬期には一切の太陽光が届かない“極夜”という状態が続く暗闇の世界でした。恐竜たちは、そのような極限環境にどのように適応し、生き抜いてきたのでしょうか?

アラスカ州北部での調査風景。発見した足跡を記録するフィオリロ博士(共同研究者)。毎年アラスカの大地で調査を行い、北極圏の恐竜類の生態系を明らかにしてきた第一人者である。

アラスカ州のハドロサウルス類の歴史

今回、我々が研究対象としたのはハドロサウルス類です。ハドロサウルス類は白亜紀後期に世界中で大繁栄した植物食性恐竜類で、前述したように北極圏で見つかった最初の恐竜類でもあります。しかし、米国アラスカ州で見つかったハドロサウルス類化石の分類は混乱に見舞われてきました。

ハドロサウルス類は、ハドロサウルス亜科とランベオサウルス亜科という2つのグループで構成されます。発見当初、アラスカ州のハドロサウルス類はランベオサウルス亜科に分類されると考えられましたが、1989年の研究によりハドロサウルス亜科の一員、エドモントサウルス属に再分類されました。

しかし2016年の再研究により、このハドロサウルス類は独立した属・種であるとして、ウグルナーラク属クックピケンシス種と命名されました。しかし、多くの研究者がこの分類群の有効性を疑問視してきました。

なぜこのような混乱が起きるのでしょうか? 原因は2つあります。ひとつは、見つかっているアラスカ州のハドロサウルス類化石のほぼすべてが子供の物である点です。動物は成長に伴い骨格形状が変わるため、大人になりきらないと分類を定義する特徴が現れないケースも多いのです。

もうひとつは、アラスカ州のハドロサウルス類化石が「ボーンベッド」と呼ばれる、大量のバラバラになった骨が密集した地層から見つかっている点です。ボーンベッドには複数の動物の骨が混在するケースがあり、実際に我々の研究グループが昨年発表した論文によって、このボーンベッドにはランベオサウルス亜科の骨が混在していることがわかりました。つまり、ウグルナーラク属はハドロサウルス亜科の骨とランベオサウルス亜科の骨が混じった“キメラ”に付けられた名前である可能性があったのです。

アラスカ州のハドロサウルス類の全身復元骨格(左)と、発掘時の産状(右)。複数の骨がバラバラに埋まっていることが見て取れる。

正体はエドモントサウルス属

この問題を解決するため、我々はアラスカ州のハドロサウルス類の頭の骨を徹底的に見直しました。頭の骨に注目したのは、体よりも頭の骨の方がハドロサウルス亜科とランベオサウルス亜科の違いがわかりやすいからです。

その結果、我々はアラスカのハドロサウルス類がエドモントサウルス属に固有な特徴を持つことを発見しました。それは、脳幹の周りの骨(側蝶形骨)が目の周りの骨(後眼窩骨)と関節するための突起が短い、という特徴です。おそらく、エドモントサウルス属に特有な眼窩周縁部の拡大に伴う変化でしょう。

エドモントサウルス属に固有の特徴である、即蝶形骨の短い突起(左)と、その原因と思われる眼窩後方の発達(右上)。エドモントサウルス属以外では発達が見られない(左下)。

エドモントサウルス属は、北米に広く生息していたハドロサウルス類で、エドモントサウルス・アネクテンスとエドモントサウルス・レガリスの2種が存在します。我々の研究では、アラスカ州のエドモントサウルス属はエドモントサウルス・アネクテンスとは大きく異なり、エドモントサウルス・レガリスと共通する特徴を複数持つことがわかりました。

アラスカ州のハドロサウルス類がエドモントサウルス・レガリスなのか、それとも北極圏に固有な種なのかは現時点ではわかっていません。今後発掘調査が進展し、成体の化石が見つかった際にこの疑問は解き明かされるでしょう。いずれにせよ、エドモントサウルス属が北から南まで非常に広い緯度分布を持ち、それに伴う生息環境の違いに適応したグループだったことは間違いありません。

北極圏を横断した恐竜たち

白亜紀後期当時、現在のシベリアとアラスカ州は陸橋で繋がっており、陸上動物が自由に行き来することが可能でした。しかし、すべての恐竜類が北極圏を横断できたわけではありません。ハドロサウルス類と同じく北極圏に生息していたパキリノサウルス類の仲間はアジアに存在しません。このような違いはなぜ生じたのでしょうか?

ハドロサウルス類の形態多様性を解析した結果、非常に広い緯度分布を持つにも関わらず、エドモントサウルス属の形態的多様性は低いことがわかりました。これはつまり、エドモントサウルス属は環境適応のために大幅な骨格形状の変化を必要としなかったことを意味します。加えて、他のハドロサウルス類(サウロロフス属、グリポサウルス属)でも同様の傾向が見られたことから、ハドロサウルス類は幅広い環境に適応するポテンシャルを持ったグループだった可能性が示唆されました。

白亜紀後期の恐竜類の移動経路概略。ハドロサウルス類は北極圏を何度も横断しているが、角竜類はそれほどの自由度を持たなかったと思われる。ここに、環境適応能力の差があるのかもしれない。

高い環境適応能力によってアジアに定着したハドロサウルス類のひとつが、昨年我々の研究グループによって命名されたカムイサウルス属です。カムイサウルス属は北海道で見つかったエドモントサウルス属の近縁種で、海の地層から見つかった珍しい恐竜です。このことから、カムイサウルス属は海岸環境に適応、生息していたと考えられ、さらには、海岸環境への適応こそが、ハドロサウルス類の初期進化に重要な影響を与えた可能性を、我々は指摘しています。

このように幅広い緯度分布、および海岸環境への適応といった高い環境適応ポテンシャルこそが、アジアと北米を行き来し、世界中でハドロサウルス類が大繁栄した秘訣だったのかもしれません。

参考文献
Takasaki R, Fiorillo AR, Tykoski RS, Kobayashi Y “Re-examination of the cranial osteology of the Arctic Alaskan hadrosaurine with implications for its taxonomic status” PLoS ONE 15(5): e0232410 (2020) https://doi.org/10.1371/journal.pone.0232410

この記事を書いた人

高崎 竜司
岡山理科大学 生物地球学部 研究員
北海道大学理学院博士課程を修了。ハドロサウルス類の記載分類を行いつつ、食が恐竜類の進化に与えた影響を研究しています。