超流動ヘリウムのゆらぎをランダウの2流体モデルで描像する – 量子流体力学の最新理論
超流動ヘリウムとは?
絶対温度2.17 K以下の極低温の液体ヘリウム4(4He)は、リニアモーターカーや加速器などで利用される超伝導磁石の冷却や、極低温での観測機器などへ応用されており、その流動現象の解明は非常に重要です。極低温のヘリウムは、粘性のない超流体と、粘性を有する常流体との混合状態にあるとする「2流体モデル」で理解できます。この2流体モデルは、1941年にランダウが理論的に提案したもので、液体ヘリウムのみならず超伝導でも用いられる標準モデルです。
極低温の液体ヘリウムは、0 Kでは超流体が100%、温度が上昇するにつれて常流体の混合割合が増加し、2.17 K以上では常流体が100%となります。常流体は、水や空気など身の回りの流体と同様、粘性を持った流体です。一方、超流体は、量子力学効果により現れ、粘性を持たない流体です。
超流体は超流動と呼ばれる、身の回りの流体では考えられない現象を引き起こします。たとえば、非常に小さな穴が空いたチョークなどの多孔体では、粘性を持つ常流体は通過できませんが、粘性のない超流体は通過することができます(スーパーリーク現象)。また、極低温の液体ヘリウムは、ヘリウム同士が引き合う力(ファンデルワールス力)が非常に弱い状態になっています。そのため、極低温の液体ヘリウムをコップに入れておくと、コップの壁面とヘリウムのあいだの引力の方が、ヘリウム間の引力より大きくなるので、コップの壁面近くにできたヘリウムの薄い膜のなかをヘリウムが伝って、コップの外へ溢れていきます(フィルムフロー現象)。
量子乱流と熱対向流実験
液体ヘリウムで満たされた矩形ダクトの一端を熱すると、常流体は高温側から低温端へ移動します。その際、質量を保存するように超流体は低温端から高温端へ逆向きに移動します。この状況は古くから実験で用いられる典型的な流動状況で、熱対向流と呼びます。
超流体中の渦は、渦の強さ(循環)がとびとびの値しか持たない量子渦となります。この量子渦は、対向流の流れが速くなるとスパゲッティあるいは毛玉のような状態になり、これを「量子乱流」と呼びます。
米国フロリダ州立大学Wei Guoらのグループは、極低温の液体ヘリウムを用いて量子乱流の熱対向流実験を行いました。その結果、通常は速度ゆらぎが小さいはずの穏やかな流れである常流体の層流に、大きな速度ゆらぎが観測されました。さらに、流れと垂直方向に比べて流れ方向の速度ゆらぎが大きくなることも観測しました。通常の粘性流体力学の知識では、このような速度ゆらぎを説明できません。このような異常な常流体の速度ゆらぎの原因は何か、実験観測からは明らかになりませんでした。
異常ゆらぎをシミュレーションで解明
通常の粘性流体の水面に垂直に枝を刺して動かすと、枝と水のあいだの粘性により、枝に引きずられた水がゆらぎます。1 K以上の比較的高温の量子乱流では、超流体と常流体が互いに影響を及ぼしあっているため、量子渦が常流体中で運動すると、渦と常流体のあいだに働く相互作用によって常流体が引きずられてゆらぎが起こると予想されます。
我々は、Wei Guoらの実験を再現すべく、量子渦と常流体が局所的に結合した、高解像度2流体連立数値シミュレーションに挑戦しました。すなわち、量子渦の間隔よりも細かい計算格子を常流体に用いることで、量子渦が作り出す常流体のゆらぎを詳細に解析しました。超流体と常流体は相互摩擦力と呼ばれる力で、互いに影響を及ぼしあっています。また、量子渦は、他の全量子渦がつくりだす誘導速度に影響されて運動します。そこで、量子渦を短い線素に分割し、他の線素からの影響を計算することで、移動していく線素位置を時々刻々と計算していきました。
一方で、常流体は通常の流体の解法と同様に、計算領域を格子状に分割して、各格子点での速度を時々刻々と計算をしていきました。流動状況は実験と同じ熱対向流です。量子渦は、複雑にねじれて絡み合いますが、常流体の速度が平均より速い領域と遅い領域は、流れ方向に長い構造を形成します。結果として、流れ方向の速度ゆらぎが垂直方向よりも大きくなり、速度のゆらぎが方向によって変化することがわかりました。すなわち、我々はフロリダでの実験を数値計算によって再現することに成功しました。その結果を見たとき、我々は非常にエキサイトしたことを、今でも思い出します。
2019年8月、カナダのエドモントンで行われた量子流体固体シンポジウム(Quantum Fluids and Solids)において、我々は、熱対向流における異常な速度ゆらぎについて発表を行いました。その結果をWei Guoに見せると、彼は非常に高く評価をしてくれて、共同研究に発展しました。
量子流体力学の発展へ向けて
この研究成果は、ランダウやファインマンといった著名な物理学者が理論的に提案した2流体モデルの描像を明らかにし、2流体の運動を分離したものです。この2流体連立数値シミュレーションは、コヒーレント物質波系(超流動ヘリウム、原子気体ボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)、ダークマターBECなど)や多成分流体系(液晶、プラズマ・電磁流体、混相流など)へ大きな影響を与えることが期待できます。本研究の方法を応用することで、「超流体の2段階乱流遷移(T1-T2遷移)」や「超流体と常流体の同時乱流の統計的性質」など、量子流体力学における半世紀にわたる謎の解決が期待できます。
参考文献
Yui S., Kobayashi H., Tsubota M., Guo W., Fully Coupled Two-Fluid Dynamics in Superfluid 4He: Anomalous Anisotropic Velocity Fluctuations in Counterflow, Physical Review Letters, 124, 155301 (2020)
この記事を書いた人
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小林 宏充(写真左)
慶應義塾大学法学部日吉物理学教室 教授、工学博士。
東京工業大学理学部応用物理学科卒業、同大学大学院創造エネルギー専攻博士課程修了、科学技術振興事業団研究員、慶應義塾大学法学部専任講師、助教教授を経て、現職。
湯井 悟志
日本学術振興会特別研究員(PD)、慶應義塾大学自然科学研究教育センター訪問研究員、博士(理学)。大阪市立大学大学院理学研究科後期博士課程修了。
坪田 誠(写真右)
大阪市立大学大学院理学研究科教授、理学博士。
京都大学理学部卒業、高知大学農学部助手、東北大学流体科学研究所助教授、大阪市立大学理学部助教授を経て、現職。