これだけ科学が発達している世の中ですが、私たちが普段口にする魚の個体数の長期的な振る舞いについては実はほとんどわかっていません。漁獲量記録でさかのぼれるのは今から110年くらい前からですが、数百年前、数千年前にどのような種がどれだけの数がいたか、科学的な知見は乏しいと言わざるをえません。ここでは、千年を超える連続的な魚の個体数変動記録としては世界で3例目となる大分県別府湾の海底堆積物中の魚鱗の数から復元されたイワシ類の個体数変動記録について紹介します。

世界の食料を支えるイワシ類資源

イワシ類は、世界で最も漁獲される魚で、世界の漁獲の6分の1を占め、ペルー・チリ沖、カリフォルニア沖、日本沖、アフリカ西岸沖に有数漁場があります。なかでもペルー沖のカタクチイワシは、多いときで年間1200万トンを超える漁獲があり、そのフィッシュミールや冷凍ものが世界中に輸出され、マグロ・ブリ・ハマチなどの養殖魚の餌としてだけでなく、農業肥料や鶏や豚の餌にも使われます。イワシ類は世界の食糧を支える魚と言っても過言ではありません。

20世紀に見られたマイワシ・カタクチイワシ間の魚種交替

近年、その需要は益々増大していますが、そのイワシ類資源の供給は決して安定しているものではありません。有数漁場におけるイワシ類の個体数は約25~30年間隔でマイワシとカタクチイワシのあいだで魚種交替が起こっています。こうした魚種交替は、太平洋十年規模振動(PDO)指数という太平洋の気候変動が関連しており、指数が正の値が続く時代に日本やペルー沖でマイワシが爆発的に増加し、負の値が続く時代にカタクチイワシが激増します。

日本およびペルー沿岸のイワシ類の漁獲量と太平洋の気候変動指数

なぜPDO指数とイワシ類が連動しているかについては、PDO指数に対応する水温や餌密度の変化がマイワシ・カタクチイワシの仔魚・稚魚期の成長速度に影響することで生じるという説が有力です。PDOの周期性は50~60年ということが指摘されており、その半分の25年から30年間隔で正と負が入れ替わるという前提が今後も成り立つとすれば、PDOに敏感に応答するイワシ類の次の20~30年の資源変動の予測ができることになります。

現在、ペルー沖でカタクチイワシの漁獲量が著しく減っていますが、先程の前提に基づけば、次の20年はマイワシが各有数漁場で爆発的に増えることが期待されます。最も資源量が多くなると期待されるのは、かつて500万トンという世界一の漁獲資源を誇った日本でのマイワシ資源です。世界の食料事情を左右するイワシ類資源が今後安定して得られるかどうかを考えるうえで、日本のマイワシがペルー沖のカタクチイワシに変わって激増するかどうかは重要です。2015年以降、PDOは正の値が続き、日本ではマイワシ資源が増加する兆しが見えてきましたが、1980年代のように、400万トンを超える漁獲がこの20年のあいだに本当に期待できるのでしょうか。

魚種交替は長期間にわたって常に起こってきたかという問い

その答えを海底堆積物の魚鱗化石記録に見られる過去数千年間のイワシ類の動態が教えてくれるかもしれません。実は、ペルー沖などの現存する堆積物記録からは、いずれもマイワシ・カタクチイワシの魚種交替が定常的に起こってきたという証拠は見つかっていませんでした。しかし、従来の記録は時代ごとに鱗の保存性の良し悪しがあるという問題や、群れが経年的に移動するので、ある1地点の魚鱗データではイワシ類の分布域全体の個体数を捉えらきれていないなどの理由で、海底堆積物から認められた長期的な魚種交替の不安定性については疑問視される傾向にありました。したがって、過去の長期的な魚種交替の不安定性を検証するためには、有機物の分解を抑制する貧酸素な海底環境が長い期間維持されて鱗の保存性が良く、かつイワシ類の分布の移動の影響も無視できる海域の堆積物記録が必要です。

別府湾海底堆積物に記録された過去2800年間のマイワシとカタクチイワシの年間魚鱗堆積量

別府湾の魚鱗堆積物記録が示す事実

別府湾は、貧酸素な海底環境を長年保ちイワシ類の鱗が良好に保存され、主産卵場に近いために分布の移動の影響が少ないという前述の条件を満たす、世界有数漁場で唯一の海域だと考えられます。我々の研究チームは、別府湾から得られた長さ9mの海底堆積物柱状試料を用いて、過去2800年間のマイワシとカタクチイワシの鱗の年間堆積量を復元しました。連続的な魚の記録としては、世界最長記録となります。この記録を見ると、マイワシとカタクチイワシの魚種交替が起こる時期はわずかで、全体の9割以上の期間で魚種交替は不明瞭であることがわかります。この結果により、イワシ類のどの有数漁場でも、魚種交替が定常的に起こっているという証拠はないということがわかりました。

過去千年間の日本マイワシの個体数、PDO指標(東アジア積雪異常、北米冬季降水量)

長い記録から見ると、イワシ類の長期変動パターンは実に多様です。たとえば、マイワシ個体数の十年規模で起こる爆発的増加が100年以上も消失する時代が何度も繰り返し起こってきたという驚くべき現象も見えてきました。興味深いことに、こうした100年スケールのマイワシ個体数の変動は、東アジアの積雪や北米年輪幅から復元されたPDO指数の約300年周期変動と連動しており、マイワシの爆発的増加の百年規模の消失が、気候変動によって生じることを強く示唆しています。

現在はマイワシの爆発的増加が70年間隔で繰り返される時代で、約200年ほどそうした時代が続いていますが、気候の約300年周期性が続いているとすれば、近い将来このタイプの気候変動によって、マイワシの爆発的な増加が100年以上消失する時代に突入するというシナリオも考えられます。すなわち、世界の次の20年の食料供給を支えるはずの日本のマイワシ資源が大幅に増加しない可能性もあるというわけです。

今後の展望

このように、堆積物から得られた過去の情報は、ペルー沖のカタクチイワシ資源の崩壊後、日本のマイワシが爆発的に増加するかどうかについて今後も引き続き注視する必要があることを教えてくれます。魚種交替の不安定性の原因は現段階ではわかっていませんが、イワシ類の過去の気候変動や海洋環境変動に対する応答の理解が進めば、水産資源の将来予測にとって有益な情報が得られるかもしれません。また、過去に起こった現象を計算機を使った数値モデルで再現することができれば、そうした数値モデルにより、より確かな個体数変動の将来予測につながることが期待されます。

参考文献

Kuwae, M. et al. (2017) Multidecadal, centennial, and millennial variability in sardine and anchovy abundances in the western North Pacific and climate–fish linkages during the late Holocene. Progress in Oceanography 156: 86-98.

この記事を書いた人

加三千宣
加三千宣
大阪市立大学卒、2009年愛媛大学上級研究員センター講師を経て、2013年に愛媛大学沿岸環境科学研究センター准教授。古生物学、古環境学、古海洋学をベースに気候変動と生態系変動とのリンクや、海洋環境や越境汚染物質の長期動態に関する研究を行ってきた。第四紀の気候変動に応答した琵琶湖過去43万年間の珪藻群集変化に関する研究で日本第四紀学会論文賞を受賞、瀬戸内海の珪藻群集と太平洋の十年規模の気候変動とのリンクに関する研究で日本海洋学会日高論文賞を受賞。