物質の状態:気体、液体、固体、そしてガラス

物質の三態として、気体、液体、固体がよく知られています。気体は空間中を無限に広がります。液体は無限に広がることはありませんが、形を変えて流れます。そして、固体は形が変わることなく固まっています。

物質は無数の分子から成っており、三態の違いを分子レベルで考えることができます。気体では分子は互いに遠く離れており、乱雑に飛び回ります。液体では分子は密に集積しており、互いに衝突しながら運動します。そして、固体では分子は規則的に整列して固まっています。

しかし実は、固体の「分子が整列して固まっている」という記述は十分に正確ではありません。なぜなら、分子が整列していないにも関わらず固まっている物質が存在するためです。満員電車を考えると、乗客は整列していませんがギュウギュウな状態で動けないです。分子スケールで満員電車の状態にある物質が存在するのです。たとえば、ガラスの窓、セラミックスの食器、プラスチックのペットボトル、アスファルトの道路など、私たちの生活に数え切れないくらいあります。

そこで、分子が整列している規則的な固体を「結晶」、整列していない不規則な固体を「ガラス」と区別して呼びます。ガラスというと窓ガラスを思い浮かべる人が多いと思いますが、一般には不規則な固体の総称を指します。結晶との対比で、ガラスを非晶質、アモルファスとも呼びます。

私たちの身の回りのガラス 左図:ガラスの窓。中図:セラミックスのコップ、プラスチックのペットボトル。右図:アスファルトの道路

2つの固体:「通常の固体=結晶=規則的な固体」と「ガラス=不規則な固体」

固体には規則的な結晶以外にも、不規則なガラスが存在することを説明しました。しかし実は、ガラスが固体であるかは学問的に未だに確立されていません。そのため、固体といったとき通常は結晶を指します。

たとえば、ガラスはもの凄く粘度が高い液体という議論があります。つまり、もの凄くドロドロしているために固まっているように見えるだけであり、もの凄く長い時間スケールでは流れているというのです。この議論は究極的には、無限の時間を待っても流れないガラスはあるか、という問いに集約されますが、これはとても難しい問題です。少しずつ知見は増していますが、それでも、研究の最前線で喧々諤々の議論が今なお続いています。

そこで、ここでは、無限の時間ではなく、私たちが生活する時間スケールを考えましょう。私たちの時間スケールでは、ガラスは間違いなく固まっています。固いという意味では、「ガラス=不規則な固体」は、「通常の固体=結晶=規則的な固体」と見分けがつきません。つまり、2つの固体が存在すると考えてもよいでしょう。こう考えたとき自然に出る疑問は「結晶とガラスの2つの固体は本質的に同じか?」です。これについて、以下で考えましょう。

固体の分子振動:固有なパターンを理解しよう

結晶であれガラスであれ、分子は固まっていますが、まったく止まっているわけではなく、ブルブルと振動をしています。この分子振動には実は、固有なパターンがあります。分子振動が固体の性質、たとえば、暖まり難い・易いといった熱的性質を決めているため、そのパターンの理解は固体物性を理解するうえで極めて大切になります。

結晶の分子振動を考えましょう。結晶では、分子は規則的に整列して振動します。このことから、振動のパターンが「音波」であることを数学的に示すことができます。音波とは、固体全体に広がった、三角関数のような形をした振動のパターンです。結晶を叩くと音がでますが、これは分子を強制的に音波のパターンで振動させたためです。このように私たちに身近な振動である音波が、結晶に固有な分子振動のパターンなのです。

さらに、音波は「デバイ則」と呼ばれる物理法則に従うことがわかっています。音波と一言でいっても、さまざまな周波数をもったパターンが無数に存在します。デバイ則は、周波数ごとに音波のパターンがいくつあるかを教えてくれます。これは振動状態密度と呼ばれる量ですが、これから結晶の熱的性質を理解できます。

結晶と音波の概念図。左図:結晶における規則正しい分子の配置。図では塩化ナトリウム(NaCl)型の配置を示す。右図:音波の振動パターン。文献より引用。

分子シミュレーションでガラスの分子振動を探ろう

一方で、ガラスはどうでしょうか。実験研究によると、熱的性質はガラスと結晶では大きく違います。これは、ガラスの分子振動が、結晶のもの、つまり音波とは異なることを示唆しています。したがって、デバイ則をガラスには適用できないでしょう。実際に、デバイ則ではガラスの熱的性質を説明できません。

実験データからみるガラスと結晶の違い。実験で計測した熱的性質をガラスと結晶で比較して示す。左図:比熱の温度依存性、右図:熱伝導率の温度依存性。文献より引用。

デバイ則は、アインシュタイン、デバイらの貢献によって1900年代前半に完成された理論です。結晶の熱的性質を説明する理論として、物理学を学んだ人であれば誰もが知る理論です。それから約1世紀もの年月が経ちますが、ガラスを説明する理論は残念ながら完成していません。その理由として、分子が不規則に並んでおり数学的に扱うことが困難であることが挙げられます。

では、どうすればよいでしょうか。ひとつの有効な方法は、コンピュータシミュレーションです。現在では、さまざまな分野で「分子シミュレーション」が利用されています。この手法は、物質における多数の分子をひとつひとつ扱い、それらの運動を計算することによって、物質全体としての性質を評価できます。分子シミュレーションによって、ガラス中で分子がどのように振動しているかを詳細に観測できます。

分子シミュレーションで計算したガラス。ガラスでは、分子は整列せずに不規則な状態で固まっている。

分子振動がみせるガラスと結晶の本質的な違い

我々は、実際に分子シミュレーションによってガラスの分子振動を観測しました。今から、その結果のエッセンスを説明します。まずガラスにも、結晶と同じように音波が分子振動のパターンとして存在することがわかりました。また、結晶の音波と同様に、ガラスの音波もデバイ則に従います。ガラスも叩くと音がでますが、これはガラスの音波が励起されたためと理解できます。

しかしながら、ガラスには音波に加えて、「局在振動」のパターンが存在することがわかりました。局在振動とは、空間中のある一部の分子が大きく振動する一方で、他の分子はほとんど振動しない振動のパターンです。音波は空間的に広がった振動のパターンなので、局在振動は音波とは全く異なる別の振動のパターンです。

さらに重要なことは、局在振動はデバイ則ではなく、まったく別の新しい法則に従うことがわかりました。したがって、ガラスにはデバイ則に従う音波とそれとは別の法則に従う局在振動が混在し、これらがガラスの性質を決めています。この成果によって、分子振動の観点から「ガラス=不規則な固体」と「通常の固体=結晶=規則的な固体」の本質的な違いが確立されました。

分子シミュレーションによって明らかとなった、ガラスに固有な分子振動のパターン。左図:音波の振動パターン。右図:局在振動のパターン。局在化している分子の振動を黒い矢印で強調して示す。

これからのガラス研究の展開と期待

これまでの研究によって、ガラスの分子振動の理解が確立されました。結晶でいうところの分子振動が音波として確立されたところまで、ようやく到達したのです。現在は、ガラスの分子振動(音波と局在振動の混在)から、結晶のデバイ則に対応する理論を構築する段階です。構築される理論は、ガラスの熱的性質を見事に説明するものでしょう。

さらに、ガラスはその熱的性質に留まらず、弾性や塑性といった力学的性質にも、結晶とは違う性質を示します。こうした固体物性も、局在振動と直接的に関係することが最新の研究によって報告されています。局在振動、およびそれが従う新しい法則を基盤にして、ガラスの固体物性理論の新たな展開がそこまできています。

最後に、私たちの身の回りには数え切れないくらいのガラスが存在します。これだけガラスが浸透しているのにも関わらず、そのガラスを説明する理論が確立されていないのは、驚くべきことです。それだけ、ガラスは難しく奥深いということでしょう。今回紹介した研究以外にも、近年のガラス理論の発展は目覚しいものがあります。こうした理論側の研究が工学研究、産業界へとアクセスし、これまでにない新しいガラスが開発される日もそう遠い未来ではないのかもしれません。

参考文献
H. Mizuno, H. Shiba, and A. Ikeda, Continuum limit of the vibrational properties of amorphous solids, PNAS 114, E9767–E9774 (2017).
C. Kittel, Introduction to Solid State Physics, 7th edition (John Wiley and Sons, New York, 1996).
R.C. Zeller and R.O. Pohl, Thermal conductivity and specific heat of noncrystalline solids, Phys. Rev. B 4, 2029-2041 (1971).

この記事を書いた人

水野英如, 池田昌司
水野英如, 池田昌司
水野英如(写真左)
東京大学大学院総合文化研究科・助教
2012年、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。グルノーブル大学(フランス)物理学研究所・博士研究員、ドイツ航空宇宙センター材料物理学研究所・博士研究員、京都大学福井謙一記念センター・特定助教を経て、2016年から現職。連続体力学、統計力学をベースとして、コンピュータシミュレーションを用いた、ソフトマターの液体的・固体的な性質の研究に関心を持つ。現在は、液体と固体の中間ともいえるガラスの振動特性・熱物性の研究を行っている。

池田昌司(写真右)
東京大学大学院総合文化研究科・准教授
2008年、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。筑波大学数理物質科学研究科・学振特別研究員、モンペリエ大学(フランス)シャルルクーロン研究所・博士研究員、京都大学福井謙一記念センター・准教授を経て、2016年から現職。ガラス転移の本質を明らかにすること、多種多様な乱れた固体状態を正しく理解して分類することを目標として、主に化学物理・統計力学の視点から乱れた物質の研究をしている。