脱水しても生き延びるネムリユスリカ

ネムリユスリカは、アフリカの半乾燥地帯の水たまりに生息する昆虫です。乾季に、乾いた水たまりの土の中で、幼虫の体水分が脱水し、代謝や呼吸を停止させて休眠状態となります。降雨時に吸水して再び生育が開始します。この休眠状態は、アンヒドロビオシスと呼ばれ、ワムシや線虫、クマムシなど一部の生物がもつ能力です。ネムリユスリカのアンヒドロビオシスの状態では、17年間の乾燥を経た後に水をかけると復活したという記録があります。他にも、100℃近い高温や絶対零度、放射線、有機溶媒、真空中、宇宙空間でも耐えることができます。ネムリユスリカの研究は、農研機構の黄川田研究グループが中心となって推進しています。

ネムリユスリカ由来培養細胞

昆虫の培養細胞の多くは、ばらばらにした胚子を栄養豊富な培地で馴化することで作製されます。この方法で樹立されたネムリユスリカ由来培養細胞(Pv11細胞)を高濃度のトレハロース溶液に浸し、25℃条件下で脱水させます。脱水条件下において、トレハロースは水分子と置き換わる性質があり、生体成分を保護する働きがあります。また、ゆっくりとした脱水は、トレハロースをガラス状態にし、細胞の過度な縮小を抑制します。このとき、Pv11細胞の中では、干からびても死ななくなるための複数の遺伝子が発現していると考えられています。トレハロース処理をしたPv11細胞をシリカゲルを入れた箱に入れて乾燥状態を維持し、培地を加えると、細胞が蘇生しました。これまで昆虫生体でしかできなかった現象を、培養細胞で再現できるようになりました。再吸水したPv11細胞が、再び細胞分裂を開始するという事象は、乾燥後の蘇生に関わる生体物質を、カラカラに乾いた状態でも活性を保護していることを裏付けています。しかし、この細胞に人為的に導入した酵素の活性を、常温で乾燥させた条件下でも保護できるかどうかは不明でした。

ネムリユスリカの脱水と吸水行程(左)
ネムリユスリカ由来培養細胞(Pv11細胞)。赤色はミトコンドリアを表す(右)

乾燥すると壊れてしまう酵素でも、活性を保護できるか?

ホタルの発光で知られるルシフェラーゼは、ATPとマグネシウムイオン存在下でルシフェリン(基質)の化学反応を触媒する酵素です。ルシフェラーゼは、乾燥で変性し、活性を失うことが知られています。私たちはルシフェラーゼを発現するPv11細胞を樹立しました。細胞を乾燥状態で1週間維持し、復活させるとおよそ30%程度の酵素活性を示しました。このとき細胞の生存率はおよそ25%程度でした。統計的な解析と生化学的な解析から、Pv11細胞内のルシフェラーゼの活性は、生存細胞数に依存することがわかりました。これは、Pv11細胞が生き延びていれば、ルシフェラーゼをほぼ完全に保護できると考えられます。また、Pv11細胞を乾燥状態で372日間、25℃で維持した後に、培地を添加すると、ルシフェラーゼによる酵素活性を検出することができました。この結果は、少なくとも1年間は、酵素活性を保護できることを示しています。

Pv11細胞の乾燥耐性
A. Pv11の生存率。乾燥後とは、1週間の乾燥保存を経た後、培地を加えた後の細胞生存率を示す
B. ルシフェラーゼ活性測定。Aの生存評価と同時に行った。エラーバーは標準誤差

乾燥状態で、Pv11細胞が酵素を保護していない可能性

乾燥保存を経て、再吸水後にPv11細胞の代謝が再開されるということは、細胞のゲノムに組み込まれたルシフェラーゼも代謝再開に伴って再生産されます。言い換えれば、再吸水後のルシフェラーゼの活性は、乾燥で保護されていた酵素の活性を検出したものではない可能性が考えられました。そこで翻訳阻害剤(タンパク質の合成を妨げる薬品)を用いて、再吸水後の代謝を停止させた上で、ルシフェラーゼの活性を測定したところ、阻害剤の有無に関わらず、同レベルの酵素活性が検出されました。これは、代謝再開時に新しく生産されたルシフェラーゼの活性を検出したのではないと言えます。したがってPv11細胞は、乾燥条件下でもルシフェラーゼの活性を保護できることになります。

今後の展開

本研究の成果は、ネムリユスリカの乾燥耐性機能とトレハロースを組み合わせることで電力消費を極限まで抑えた生体物質の保存技術に展開されます。電力供給が乏しい地域や災害時にも安定的に、貯蔵と運搬を可能にする技術への第一歩となります。今回の研究では、ルシフェラーゼの常温乾燥保存を示した一例に過ぎません。今後は、医療用診断酵素や抗体など、冷蔵・冷凍保存が望まれる生体資料の保存への適用が期待されます。ネムリユスリカの細胞がもつ乾燥耐性能力の仕組みを詳しく研究することで、乾燥耐性に必要な因子が明らかになります。これらの因子を、乾燥に対して感受性であるヒトの細胞や組織などに応用することで、水を必要としない新たな保存技術ができると期待しています。

将来的な酵素の常温乾燥保存イメージ。任意の酵素を導入したPv11細胞を、トレハロース溶液内に浸し、脱水させてガラス状態にする

 

参考文献
Watanabe, K., Imanishi, S., Akiduki, G., Cornette, R. & Okuda, T. Air-dried cells from the anhydrobiotic insect, Polypedilum vanderplanki, can survive long term preservation at room temperature and retain proliferation potential after rehydration. Cryobiology 73, 93–98 (2016).
Kikuta, S., Watanabe, J.S., Sato, R., Gusev, O., Nesmelov, A., Sogame, Y., Cornette, R. & Kikawada, T. Towards water-free biobanks: long-term dry-preservation at room temperature ofdesiccation-sensitive enzyme luciferase in air-dried insect cells. Scientific Reports, 7. 6540 (2017) DOI: 10.1038/s41598-017-06945-y
黄川田 隆洋『ネムリユスリカの不思議な世界』ウェッジ選書

この記事を書いた人

菊田真吾, 黄川田隆洋
菊田真吾, 黄川田隆洋
菊田 真吾(写真左)
2013年6月より東京農工大学農学研究院 生物システム科学部門助教。2011年1月よりネムリユスリカの研究プロジェクト(農研機構、黄川田 隆洋 上級研究員)に参画。農工大赴任後は共同研究として乾燥耐性の研究に従事する。東京大学大学院 新領域創成科学研究科修了。博士(生命科学)。昆虫のもつ能力を活かした機能利用や害虫防除の研究開発を行う。

黄川田 隆洋(写真右)
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 生物機能利用研究部門 上級研究員。2015年4月より東京大学大学院 新領域科学研究科 客員准教授。東京工業大学 博士(工学)。2000年からネムリユスリカを用いて無代謝休眠状態(アンヒドロビオシス)の分子機構に関する研究を行う。