カーボンの中に金属が規則配列した触媒 – 貴金属に替わる安価な触媒開発を目指して
奥ゆかしい材料、カーボン
まず、今回の発見の鍵である「カーボン(炭素)」について説明します。みなさんがよくご存じの炭素同素体は、ダイヤモンドと黒鉛でしょう。最近は、フラーレン類、カーボンナノチューブ類も仲間に加わっています。これらの物質では基本的に構造の同定が可能です。つまり、原子1個1個の位置を決めることができます。化学者にとって、これは非常に重要なことです。化学的手法により、構造の制御がやりやすいからです。
一方で、炭素同素体の別な仲間に「無定形炭素」と呼ばれる物質群が存在します。無定形、すなわち定まった形の無い炭素のことを指します。広義には、カーボンブラック、カーボンファイバー、活性炭、木炭、ガラス状炭素、ダイヤモンドライクカーボンなどが含まれます。世の中で「カーボン」として使われている材料の多くは、実はこの無定形炭素に属します。これらの材料では原子1個1個の位置を決めることができず、そのため構造の制御がとても困難になります。多くの場合は、秘伝の料理を作るがごとく、経験的に磨き上げた原料と製造方法に頼ることになります。同じアップルパイでもパン屋さんによって激しく味が違うように、同じカーボンブラックでも非常に多くの異なる種類が販売されており、目的によって使い分けがされています。このように、カーボンは一筋縄ではいかない奥ゆかしい材料なのです。
カーボンと金属で、錬金術が可能!?
錬金術、すなわち元素変換を人間の手で大量に行うことはほぼ不可能ですが、貴金属と同じ機能をもつ代替材料を安価な原料から合成することは可能です。事実上の錬金術というわけです。さて、本稿の主役であるカーボンも、金属と混ざることで白金などの貴金属に似た触媒活性を示し、代替触媒として期待されています。ところが、主成分が無定形のカーボンであるため、活性中心となる構造部位のみを大量に配置するようなことができません。この錬金術を成功させるには、カーボンと金属をより緻密に組み上げる必要があります。カーボンとしては、奥ゆかしい材料から一皮むけて、結晶や分子のように構造の同定と制御が可能な形に進化することが重要です。
カーボンの中に金属が規則配列した新触媒
下の図の上段に、金属とカーボンからなる従来の触媒の調製方法を示します。有機金属錯体のように有機物と金属が混ざったものを単に熱分解させて炭素化する方法が取られていました。しかし、熱分解により元の構造はほぼ完全に消失し、乱雑な炭素骨格の中に金属種が埋め込まれたような混合物しか作ることができません。原料や焼成方法をさまざまに変えることで触媒の性能向上が検討されてきましたが、そういった方法には限界があります。
そこで今回、私たちの研究グループが開発した新しい合成方法が、下の図の下段に示すものです。原料(前駆体)の化学的構造に工夫を凝らしてあり、熱に強い機能性ブロック(ここに金属原子が含まれます)と、激しい構造変化をせずに炭素骨格に転換される部位から成る分子結晶を用いています。これを炭素化すると、前駆体の規則構造と機能性ブロックが炭素化後にも保たれ、カーボンの中に金属原子が規則配列した構造体が得られることを発見しました。このようにして得られる材料を、私たちは「規則性炭素化物構造体; Ordered Carbonaceous Framework(OCF)」と名付けました。
下図にOCFの具体的な調製方法を示します。前駆体は、環状ポルフィリン2量体分子からなる錯体結晶です。ポルフィリン環の中心には、熱に強い機能性のNi-N4ブロックが存在しており、2つのポルフィリン環はジアセチレン鎖で連結されています。この結晶を加熱していくと、ジアセチレン鎖が重合し、308℃で結晶性高分子が生成します。Ni原子は規則正しく配列しており、この結晶の(020)面(d値が14.6 Å)を形成しています。さらに加熱を続けると、Ni-N4ブロック以外の部位がカーボンに変化し、OCFが生成します。その際、Ni原子の位置はほとんど変化しないため、その電子顕微鏡写真は炭素化前と殆ど同じ像になります。全体の操作としては、前駆体の錯体結晶を単に600~700℃で炭素化するだけという極めて簡便なものです。
錯体結晶は緻密な構造制御が容易であり、高い触媒活性を実現できますが、耐熱性や耐薬品性が低く、また導電性が無いため電極触媒には利用できないといった欠点がありました。OCFは錯体結晶のように緻密な構造制御が可能であり、なおかつカーボンの利点である耐熱性、耐薬品性、導電性を併せ持ちます。実際、OCFは電極触媒として作用し、CO2を選択的にCOに還元することを確認しています。今回の発見で重要なのは、カーボンと金属を緻密に組み上げる方法、すなわち合成ルートを見出した点です。原理的には今回の前駆体だけでなく、他の有機結晶や錯体結晶からでも様々に異なるOCFが合成できるため、貴金属代替触媒の実現に大いに役立つと期待できます。
まとめ
一般的に、有機物を酸素が無い状態で焼成するとカーボンに転換できますが、熱分解の過程は非常に多くの複雑な分解反応や重縮合反応が同時に起こるため、「有機系結晶を焼成しても乱雑なカーボンしか得られない」というのがこれまでの常識でした。今回の発見はこれを覆すものであり、有機結晶のように規則正しい構造をもつカーボン系の触媒を合成するルートを提案しています。今後、前駆体の構造を変化させることで、カーボン材料の3次元的な構造を「化学的に」制御し、様々な新触媒・新材料の開発に繋げたいと考えています。
参考文献
H. Nishihara, T. Hirota, K. Matsuura, M. Ohwada, N. Hoshino, T. Akutagawa, T. Higuchi, H. Jinnai, Y. Koseki, H. Kasai, Y. Matsuo, J. Maruyama, Y. Hayasaka, H. Konaka, Y. Yamada, S. Yamaguchi, K. Kamiya, T. Kamimura, H. Nobukuni, F. Tani, “Synthesis of ordered carbonaceous frameworks from organic crystals”, Nature Communications, 8, 109 (2017).
この記事を書いた人
- 東北大学多元物質科学研究所・准教授。カーボン材料、多孔体、吸着、電池や水素貯蔵の研究をしています。2017年4月~2018年3月はカナダのカルガリー大学に客員教授として滞在しています。カーボンの奥ゆかしさを楽しみつつも、化学的な構造制御に取り組んでいます。