富士山頂の大気中二酸化炭素濃度を7年間測定して明らかになったこと
大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の長期的な変動を理解するためには、人為的に排出されるCO2(工場や自動車から排出されるCO2)や、植生の呼吸によるCO2排出・光合成によるCO2吸収の影響をほとんど受けない地点(たとえば太平洋・インド洋・大西洋の中央に位置する小さな島や南極など)での大気中CO2濃度観測が必須です。他方、大気中CO2濃度の増加あるいは低下に寄与する要因(たとえば大都市が集合する地域あるいは森林が広範囲に分布する地域など)の近くでの大気中CO2濃度観測は、それらの要因の変動を検証できるため、今後の大気中CO2濃度の予測に重要です。
日本や中国を含む東アジア中緯度は、人為的に排出されるCO2量が世界で最も多い地域のひとつで、かつ夏期における植生によるCO2吸収が盛んな地域です。そのため、この地域のCO2の排出および吸収は、全球の炭素循環に強い影響を与えていると考えられています。
したがって、この地域のCO2の排出および吸収を解明するために大気中のCO2濃度を観測することが必要ですが、この地域の地上は人為的および植生によるCO2の放出と吸収の影響が強いため、大気中CO2濃度の観測がほとんど行われていません。
東北大学と気象研究所が、その地域に位置する富士山頂でそれぞれ1980〜1981年と2002〜2004年に大気中CO2濃度の観測を行いました。それらの観測結果から富士山頂の大気は、年間を通して富士山周辺の都市や植生の呼吸からのCO2放出および植生の光合成によるCO2吸収の影響を受けていない大気であり、その大気中CO2濃度は東アジア中緯度の広範囲の平均的なCO2濃度であることが示唆されました。しかしながら2004年に観測で使用された富士山頂にある旧富士山測候所は無人化され、電力の供給が停止されたのに伴い富士山頂での大気中CO2濃度の観測は中断されました。
そこで私たちは東アジアの平均的なCO2濃度を把握すると共に、当地域が全球の炭素循環に与える影響を検証するために富士山頂での大気中CO2濃度の観測を2009年から実施しました。
富士山頂での大気中CO2濃度の観測
現在の旧富士山測候所は、管理者が常駐する7〜8月のみ電気が供給されます。そして測候所自体もその期間のみ開所されます。さらに測候所は空調設備が稼働しないため冬期の室温は、-30℃程度まで低下します。
したがって、富士山頂における大気中CO2濃度の観測は10か月間電気の供給が為されない、またメンテナンスが行えない、かつ室温が-30℃程度まで低下する環境下で安定的に精度良くCO2濃度の測定が行える手法が求められます。また観測を長期間継続させるためには観測の維持管理にかかる作業量を最小限にする必要があります。そこで私たちは特別なCO2濃度測定システムの製作と長期運用体制の構築を行いました。
具体的には、100個の鉛蓄電池を測候所に運び入れ、測候所に電力が供給される7〜8月の期間にそれらをすべて満充電し、その蓄電された電気で1年間CO2濃度測定システムを稼働させました。また、システムのCO2濃度計測部で発生した熱を逃がさないように計測部を断熱材で3重に覆いました。さらに、測候所滞在時に高山病特有の頭痛と吐き気を発症する身体的条件下での作業によるミスを回避するため、測候所でのメンテナンス作業時間の短縮に努めました。たとえば、あらかじめポンプ・電磁弁・CO2検出部などが内蔵されたCO2濃度計測部を2台用意し、1台を測候所に設置し、もう1台を研究所に保管する体制をとりました。
夏期のメンテナンス期間に、研究所に保管され計測部内の各部材の動作確認が行われたCO2濃度計測部を測候所に運び、測候所に設置され1年間稼働したCO2濃度計測部と交換しました。これにより計測部に内蔵された各部材の動作確認を測候所で行うことを省き、測候所の滞在時間を約24時間に短縮しました。
富士山頂の大気中CO2濃度
下図に2009年7月〜2017年4月の富士山頂のCO2濃度と北半球中緯度の平均的な値を示すハワイのマウナロア観測所(標高:3396m)のCO2濃度およびその年平均濃度とCO2濃度の増加率(1年間に増加するCO2濃度)を示しました。
富士山頂のCO2濃度はマウナロアより夏期では2〜10ppm低く、冬期では2〜12ppm高かったです。これは富士山頂の大気中CO2濃度が、夏期ではシベリヤや中国大陸に分布する植生の光合成によるCO2吸収、冬期は中国大陸での植生および都市からのCO2放出の影響を強く受けているためです。富士山頂のCO2濃度の増加率の変動はマウナロアの変動と同じでした。これは富士山頂の大気が、マウナロアの大気と同様に観測点の周辺地域のCO2の吸収と放出の影響を受けないバックグラウンドの大気であるためです。また富士山頂の増加率の変動幅がマウナロアより大きい要因は前述したCO2の吸収源と放出源が富士山に対して地理的に近いためです。富士山の年平均CO2濃度は、マウナロアより1〜2ppm高く推移していました。これは富士山頂の大気中CO2が、マウナロアに比べて東アジアから排出されるCO2をより含んでいるためだと考えられます。
私たちが観測している富士山頂の大気中CO2濃度は、年間を通して山体周辺のCO2吸収および放出の影響をほとんど受けていないこと、東アジア域の広範囲のCO2の吸収と放出を反映していること、さらに北半球中緯度の平均CO2濃度を示すマウナロアのデータとの長期的な比較から、東アジア域の炭素循環の変移が検証できることを明らかにしました。
今年度から、富士山頂での観測強化を目的にCO2以外の温室効果ガスの濃度を調べるべく、現在、山頂に設置しているCO2濃度測定システムに毎月1度の山頂大気の採取を自動で行うシステムを加え、そのシステムにより採取された大気中のメタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)の濃度を調査する予定でいます。そして価値あるデータを取得できる富士山頂での観測を長期間継続できる仕組みをさらに構築していきたいと考えています。
参考文献
Nomura, S., Mukai, H., Terao, Y., Machida, T. and Nojiri, Y. Six years of atmospheric CO2 observations at Mt. Fuji recorded with a battery-powered measurement system. Atmos. Meas. Tech. 10, 667-680, doi:10.5194/amt-10-667-2017 (2017).
この記事を書いた人
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国立環境研究所 地球環境研究センター 高度技能専門員
大学院時代は、研究の対象地であった沖縄県宮古島に移住し、地下水の水質と地下水が湧き出る地点の大気中の二酸化炭素濃度のモニタリングをする。学位取得後、国立環境研究所の特別研究員に就く。現在、富士山頂での大気中二酸化炭素濃度の観測をするとともに、温室効果ガスの観測空白域であるアジア(たとえばインド・バングラデシュ・マレーシアなど)で新たな観測などを行っている。
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