メダカを絶滅の危機から救え! – 「東京めだか」を超低温保存細胞から復活
メダカが絶滅危惧種!?
「めだかの学校は川の中 そうっと覗いてみてごらん」という童謡を知らない人はいないでしょう。メダカは田んぼ、小川や池などで普通に見られ、日本人に最も親しまれている魚のひとつです。しかしながら、そのようなメダカが絶滅の危機に瀕していることは、あまり認識されていません。
メダカ飼育の歴史は古く、江戸時代後期に出版された画譜に、野生のクロメダカとともに劣性変異体であるヒメダカやシロメダカが記されており、江戸時代のころから親しまれていたことがわかります。日本の各河川にはその河川特有の遺伝子を持ったメダカ野生地域集団が生息しています。
また、小さな水槽で簡単に飼育でき、次世代を得ることができるため、研究者には実験動物として用いられてきました。メダカ研究の利点のひとつに、兄妹交配を繰り返すことで遺伝情報が同一になっている近交系メダカを得られることが挙げられます。
しかし、近交系メダカは兄妹交配により生殖能力が低下しているため、飼育継代が困難になりつつあります。また、野生メダカは、1999年には環境省レッドデータブックで絶滅危惧種2類に指定されています。その原因は、都市開発による生息地の破壊、外来魚類の持ち込みなどが挙げられます。また、誤った形の保全活動として、地域のメダカを復活させようと他の地域で採集した個体や商業的に繁殖した個体を放流したことによる、遺伝子汚染も要因のひとつかもしれません。実際に、東京動物園協会が東京24か所に生息する野生地域集団のDNAを調べたところ、ほとんどの場所で東京以外の地域のメダカの遺伝子が混じっていることが判明しており、「東京めだか」はまさに絶滅寸前という状況です。
哺乳類よりも難しい魚類の保全
絶滅危惧種を保全するための方法のひとつとして、精子・卵子・受精卵の凍結保存が挙げられます。卵子・受精卵には核内DNA以外にもミトコンドリアDNAが含まれているため、精子だけではなく卵子・受精卵の凍結保存が必要です。しかし、魚類の卵子・受精卵は巨大であるため凍結保存は極めて困難であるのが現状です。目に見えないほど小さい哺乳類の卵子と比較して、イクラやタラコなどを思い浮かべればわかるように魚類の卵子はサイズが大きいため(メダカは直径約1mm、ヒトは0.1mm)、冷却・融解スピードが遅くなることが主な原因です。その結果、細胞の内部で氷の結晶が大きく成長し、細胞が破壊されるのです。
精子・卵子の先祖である生殖幹細胞(精原細胞)を超低温保存する
受精には精子と卵子の両方が必要なため、卵子の凍結保存ができなければ、メダカの保全は達成されません。そこで、我々の研究グループが着目したのが、精巣中にある「生殖幹細胞(具体的には精原細胞)」です。この細胞は0.01mmと十分凍結可能な大きさです。そして、移植すると代理親オスの体内では精子になります。また、環境によって性転換する魚類ならではの特徴と思われますが、驚くべきことに代理親メスの体内に精原細胞を移植すれば、卵子になります。
研究を実施させていただいた東京海洋大学 吉崎悟朗教授の研究室が最初に着目した細胞は「始原生殖細胞」でした。この細胞は精子にも卵子にもなる細胞ですが、この細胞は稚魚にしか存在しないために、適正な日齢の稚魚を見つけ、採取する必要があります。先行研究はニジマスが研究対象でしたが、その1.5cmほどしかないニジマスの稚魚から始原生殖細胞を見つけ出すことも容易ではありませんでした。一方、今回着目した「生殖幹細胞(精原細胞)」は、どの日齢の魚からも採取可能なため、比較的簡単に利用できるメリットがあります。
細胞を壊さない超低温保存法「ガラス化」
メダカの精巣を超低温保存する手法として、細胞の生存率を高めるために「ガラス化」という方法を用いました。細胞内に氷の結晶ができないよう、急速冷却・急速融解することにより、ガラスのような非結晶の構造で保存するという方法です。結晶は原子や分子が規則正しく配列された構造体ですが、非結晶は不規則な構造体です。冷却と融解が急速であれば結晶は形成されません。
そこでまず、メダカの精巣を熱伝導の良い銅メッシュに載せ、0℃の凍結保護溶液に浸してから、-196℃の液体窒素で冷却します。融解する際は、温度の異なるスクロース水溶液に浸すことで、生存している生殖幹細胞を数年後(理論的には数千年後)でも用意することが可能です。
超低温保存の操作は、電気の届かないフィールドでも行えるように、できるだけ簡単・シンプルで、効率の良いことが求められるため、我々の論文を読んだ研究者が、いつでもうまく実施できるような手法を目指しました。精巣を丸ごと超低温保存するためのガラス化の手法開発に向けて、保護溶液の温度や融解の方法で最も効果的な条件を探すといったことは苦労した点です。
代理親への超低温保存精巣細胞の移植により、精子・卵子の生産は可能か?
オスとメスの稚魚(代理親)の腹腔に、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子で発光させた精原細胞を移植して観察してみると、数日後には精原細胞が自動的に生殖腺に移動し、その後オスの体内では精子が、メスの体内では卵子が作られていることが確認されました。また、この精子と卵子は、次世代を産み出すのに十分に機能的であることもわかりました。
さらに、代理親を三倍体にしておけば、代理親自身の精子卵子を生産することはなく、移植した精原細胞由来の精子卵子のみを生産させることが可能です。
絶滅危惧種である東京めだかを超低温保存細胞から復活!
この技術は、絶滅危惧種である各河川のメダカや研究上有用な近交系を救済するために開発したものです。実際にそれを達成できるかどうかを試みたところ、超低温保存しておいた精原細胞から東京めだかや近交系(Kaga)を復元させることに成功しました。
また、交尾が上手ではないために大量生産が不可能なダルマメダカについても、本手法によって大量生産することに成功しており、不妊系統であっても生殖幹細胞さえ正常であれば、大量生産することが可能だと思われます。
環境保全活動に積極的な人たちのなかには、このようなアプローチに抵抗を感じる人もいるかもしれません。しかし、種が一旦絶滅してしまうと取り返しがつきません。絶滅してしまう前にとりあえずそれぞれの種の精巣を超低温保存しておこう、というのが我々研究グループの提案です。たとえ絶滅したとしても、精原細胞を超低温保存しておくことで、代理親に移植を施せば、絶滅したメダカを復元することが可能です。
参考文献
Shinsuke Seki, Kazunari Kusano, Seungki Lee, Yoshiko Iwasaki, Masaru Yagisawa, Mariko Ishida, Tadashi Hiratsuka, Takao Sasado, Kiyoshi Naruse & Goro Yoshizaki, “Production of the medaka derived from vitrified whole testes by germ cell transplantation”, Scientific Reports 7, 43185 (2017) doi:10.1038/srep43185
この記事を書いた人
- 秋田大学 バイオサイエンス教育・研究サポートセンターで助教として勤務しています。1972年に世界で初めて哺乳類受精卵を凍結保存することに成功したPeter Mazur教授(アメリカ・テネシー大学)と数年間基本的に二人で研究をしていたこともあり、低温生物学をテーマに研究をつづけています。メダカの研究は、東京海洋大学 吉崎悟朗教授の研究室にて実施させて頂きました。これからも低温生物学をテーマに新しい凍結保存法の開発を目指しています。実験動物、絶滅危惧種、臓器、凍結保存が必要であればなんでも凍結保存してやろうと考えています。
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