クワガタムシの発達した大顎を形作る遺伝子とは?
形態の多様性≒体サイズと部位サイズ比率の多様性
動物の形態は非常に多様です。ところが一口に「多様」とは言っているものの、動物の多くの分類群を見てみるとグループ内で共通のボディプラン(基本的な体の設計)を持っています。昆虫を例に挙げてみましょう。トンボ、チョウ、ハチ、カブトムシ、セミ、ハエ、バッタ、カマキリ、ゴキブリ……と思い浮かぶ昆虫の姿はさまざまですが、どの昆虫も頭・胸・腹・3対の脚・2対の翅・1対の触角といった同じ基本パーツを持っています。つまり昆虫の多様性の多くは、「各パーツ(部位)のサイズと形状の変化」により説明が可能であり、「形態の多様性」とは「体サイズと部位サイズの比率の多様性」と言い換えても過言ではありません。
クワガタムシは「口」の一部を武器にしている
「各パーツのサイズと形状の変化」が多様性をもたらしている好例として昆虫の「口器」が挙げられます。昆虫の口は「大顎(おおあご)」「小顎(こあご)」「下唇(かしん)」という複数の異なるパーツから成り立ち、その基本的な構成要素は昆虫全体で共通しています。しかしながら、バッタのようにすべてのパーツが原始的な基本形態を留めている種類も数多く存在している一方で、異なる食物やその他の用途に適応してそれぞれのパーツが特殊な形態へと進化した例もさまざまな種類で見られます。
たとえば花の蜜を吸うことに適応し、ストロー状に変化したチョウの口は私たちにはなじみ深いですし、吸汁に適応した口はアブラムシやカでも見られます。少しマニアックなものだと、ヤゴが獲物を捕らえるための把握器も口の一部が変形したものです。このように昆虫では口器の形態・機能的改変により、さまざまな食物の利用が可能になったことのみならず、さまざまな用途への転用も可能としてきました。このことは現在の昆虫の繁栄と放散の一因と考えられており、古くから生物学者に注目されてきました。
私が主な研究材料としているクワガタムシ(以下クワガタ)では、口のパーツのなかでも「大顎」と呼ばれる部分が極端に発達しています。この大顎の発達はオスだけで見られるもので、メスや餌場を巡ったオス同士の闘争に用いられることが広く知られています。つまり、クワガタは大顎のサイズを改変することで、本来食物を食べる「口」の一部を闘争用の「武器」へと転用していると言えます。大顎の発達とそれに伴う武器への転用はクワガタ以外でも多くの昆虫で見られる現象で、進化の過程で何度も独立に進化しています。
クワガタムシの発達した大顎を形作る遺伝子とは?
私たちの研究グループではこれまでに、クワガタの大顎に関して、大顎発達を引き起こす内分泌メカニズムや、オスとメスの大顎のサイズ差を生み出す性決定遺伝子の機能等を研究してきました。しかし一方で、大顎形成やその発達に関わる遺伝子に関しては、依然として謎のままでした。そこで今回我々のグループは、昆虫に見られる「口器形態の改変機構」の一端を明らかにするため、大顎の形成とそのサイズ増大に関与する遺伝子群の同定を目指しました。
研究材料に用いているメタリフェルホソアカクワガタ(Cyclommatus metallifer)はインドネシア原産のクワガタで、世界で最も長い大顎を持つ昆虫でもあります。この種類は、私が10年以上研究材料に使っているクワガタで、研究室での飼育が容易で世代時間も短いなど、他のクワガタ種に比べて実験材料としてのアドバンテージを有しています。
昆虫の大顎は解剖学的には肢が変化した器官と考えられています。そのため、大顎の形態形成と発達には、肢形成に関わる遺伝子群が関与している可能性が考えられました。そこで私たちは、昆虫一般で肢形成に関わることが知られる遺伝子群をリストアップし、これらの遺伝子群についてRNA干渉(RNAi)という遺伝子の機能を一時的に失わせることができる手法を用いて解析を行いました。
実験の結果、dachshund遺伝子の機能を失わせたオス個体では、本来大きく発達するはずの大顎が小さく歪な形態となりました。これはdachshund遺伝子が正常な大顎の形成と発達に必要であることを示唆しています。また大型のオスでは大顎の中央に「内歯(ないし)」と呼ばれる構造を有しますが、この構造もdachshund遺伝子の機能を失わせた個体では消失しました。
この大型オスに特徴的な構造である内歯は、dachshund遺伝子のほかにも、aristalessまたはhomothoraxという遺伝子の機能を失わせると消失してしまうことがわかりました。一方でこれらの遺伝子の機能を阻害しても大顎の長さや全体の形に大きな影響は見られませんでした。つまりこれら2つの遺伝子は大顎の中でも内歯特異的にその形成に関わっていると考えられます。
今回の研究で、大顎形成への関与が明らかとなった3つの遺伝子は、いずれも昆虫で一般的に肢の形成に関わることが明らかになっており、aristalessは肢の先端部、dachshundは中間部、homothoraxは基部の形成に必要です。実際肢におけるこれらの遺伝子の働きは、クワガタにおいても保存されており、他の昆虫とほぼ同じでした。つまりクワガタではこれらの遺伝子の肢における機能は変えないまま、発達した大顎の形成や、内歯の形成にも「使い回している」可能性が考えられます。
今後への期待
クワガタの大顎は種類ごとにさまざまな形態をしており、ごく近縁な種間でも大きな違いがあることも稀ではありません。また、同種内でも大型個体と小型個体でまったく異なる形の大顎を持つ種も見られます。そのような種間・種内の多様な大顎形態を形作るメカニズムはわかっていませんでしたが、今回見つかった遺伝子に着目することで解明の糸口にすることができるかもしれません。
引用文献
- Gotoh H, Zinna RA, Ishikawa Y, Miyakawa H, Ishikawa A, Sugime Y, Emlen DJ, Lavine LC, Miura T. (2017) The function of appendage patterning genes in mandible development of the sexually dimorphic stag beetle. Developmental Biology, 422: 24-32
- Gotoh H, Miyakawa H, Ishikawa A, Ishikawa Y, Sugime Y, Emlen DJ, Lavine LC, Miura T. (2014) Developmental link between sex and nutrition; doublesex regulates sex-specific mandible growth via juvenile hormone signaling in stag beetles. PLoS Genetics, 10(1): e1004098
- Gotoh H, Cornette R, Koshikawa S, Okada Y, Lavine LC, Emlen DJ, Miura T. (2011) Juvenile hormone regulates extreme mandible growth in male stag beetles. PLoS ONE, 2011 6(6): e21139
この記事を書いた人
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国立遺伝学研究所 特任研究員
博士(環境科学)。 1984年北海道生まれ。北海道大学大学院 環境科学院 生物圏科学専攻 博士後期課程修了後、海外学振特別研究員(於ワシントン州立大学)、名古屋大学大学院 生命農学研究科 特任助教などを経て現職。次のポジション求職中!(2022年3月で任期切れ)
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