原子番号の大きな“重い”元素

2016年11月、113番元素合成に関して、理化学研究所の森田浩介先生を代表とする日本のグループによる初の新元素合成が認められ、その元素名として「ニホニウム」、元素記号として「Nh」が正式に認定されたというニュースが日本を駆け巡りました。筆者もニホニウム研究の共同研究者の一員であり、今回日本に関係する名前が付けられた元素が周期表上に載ったことは化学者として非常に感慨深く感じます。このとき、新たに認定された4元素、113Nh、
115Mc(モスコビウム)、117Ts(テネシン)、118Og(オガネソン)を含めた現在の周期表を下に示します。

2017年1月現在の周期表

現在の周期表上では、人類にとって新しい元素というのは既知の元素よりも原子番号の大きな(重い)元素であり、特に104番元素以降の超アクチノイド元素を超重元素と呼びます。そして、化学の立場からこのような原子番号の大きな比較的新しい元素を見たとき、これらの元素の化学的性質がどのようなものであるか、ということに大きな興味が持たれます。

超重元素の化学研究

周期表というのは、各元素の化学的性質(電子の状態)がある周期性を持つことに着目して並べられたものです。同じ族の元素は基本的に似た性質を持つといえます。しかし、超重元素の領域では、原子(元素)の中心に存在する原子核の正電荷が大きくなり過ぎることにより、電子構造が特異な性質を示す(相対論効果)可能性が示されており、その化学的性質を調べることは非常に興味深いと考えられています。ただし、これら超重元素はすべて放射性元素であるうえに、加速器を利用した重イオン核融合反応により非常に低生成率でしか生成できず、また、寿命も短いため、一度に1原子という状態でしか扱えないという実験上の厳しい制約があります(単一原子化学)。そのため、その化学挙動を観測することは困難です。

実際に化学実験を実施するためには、核反応生成物を生成しながら同時にそして常に生成物だけを迅速に化学室に搬送し、それに対して迅速な化学分析とその後の放射線検出を実施し続ける必要があります。これを加速器オンライン実験と呼び、このための専用の自動装置を開発することで、特に二相分配(吸着や抽出など)のような簡易な実験系での化学研究が進められてきました。これまでに化学分離挙動などは次々と調べられてきましたが、通常のよく研究されている軽い元素に対して行われるようなさまざまな化学研究を超重元素に対して実施するのは困難でした。今回、筆者らは錯体形成の性質を調べるために、重要な固液抽出における分配係数を超重元素に対して得るべく、短寿命の超重元素のひとつである104番元素Rf(ラザホージウム)に対して固液抽出挙動の時間依存性を観測し、化学平衡到達下の分配係数を得ることに成功しました。

Rfの固液抽出実験

104番元素である261Rf(半減期68秒)の合成および化学実験は、理化学研究所、仁科加速器研究センターの大強度加速器を利用して行いました。キュリウム(248Cm)という放射性の重元素標的に、加速した酸素(18O)ビームを照射することで261Rfを合成しました。標的にはガドリニウム(Gd)を混ぜることでハフニウム(Hf)というRfと同族(4族)の元素を同時に合成しました。Hfの化学挙動は前もって調べておき、実験中は常にHfの挙動を確認することで、装置や実験条件に問題が起きていないことを確認しながら実験を進めました。核反応生成物は薄く作成した標的表面からビームの運動エネルギーによって飛び出してくるので、これをKClエアロゾルを含んだヘリウム(He)ガスジェットの流れに乗せ、化学室へ向けて常に流すことで迅速搬送を行いました。ガスジェットラインのチューブは、筆者らが開発した自動固液抽出装置(AMBER)に接続し、さらに理化学研究所の自動迅速α線測定装置に連結することで加速器オンラインでの連続固液抽出実験を実現しました。生成物はAMBERによって溶液化され、樹脂と混合することで抽出を行いました。その後、溶液だけをタンタル皿上に捕集し、迅速に蒸発乾固し、ロボットアームによってα線の測定装置に移して測定を行いました。樹脂は、Aliquat 336という陰イオンを抽出する抽出剤を吸着させたものを用い(濃度は28wt%)、水溶液としては7.9Mと9.0Mの塩酸を用いました。固液抽出において、樹脂と溶液の混合(振とう)時間を10、30、60秒と変化させることで時間依存性を調べました。

AMBERを用いた261Rfの加速器オンライン抽出実験の概要図

結果として、超重元素に対して初めて抽出反応の時間依存性を調べることに成功し、7.9M塩酸中でRfが同族元素のジルコニウム(Zr)やHfと同様に10秒で平衡に到達している様子を観測することができました。これによりRfの分配係数を取得することができました。さらに、9.0M塩酸系では分配係数が明らかに高くなったことから、Rfは擬同族元素のトリウム(Th)とは異なり、ZrやHfと同様に陰イオンの塩化物錯体を形成することがわかりました。また、この分配係数が9.0M塩酸系ではZrやHfよりも明らかに大きくなり、より樹脂層に抽出されやすいというRfの性質が明らかになりました。

7.9M塩酸から28wt% Aliquat 336樹脂への抽出における261Rfの分配係数の振とう時間依存性 [Dalton Trans. 45, 18827 (2016)]

今後期待される展開

本研究により確立された新しい溶液化学実験手法および装置は、今後その他さまざまな反応系への適用が期待できます。これまでは化学反応の速度が遅く、短寿命の超重元素に対して定量的なデータを得ることが難しかった化学反応に対してもRfの化学的性質を知ることが可能となります。また、加速器性能の向上や、より長寿命な超重元素の合成技術の確立により、本手法はRfよりも重い元素への適用も可能となり、超重元素のさまざまな化学的性質を明らかにできると期待できます。そして、このような研究の積み重ねが超重元素の化学的性質の解明につながると考えられます。超重元素の未知の化学的性質を解き明かすことは、科学の根本的な研究課題であり、周期表のあらゆる元素の本質的理解につながるでしょう。

参考文献

  • プレスリリース
  • T. Yokokita, Y. Kasamatsu, A. Kino, H. Haba, Y. Shigekawa, Y. Yasuda, K. Nakamura, K. Toyomura, Y. Komori, M. Murakami, T. Yoshimura, N. Takahashi, K. Morita, A. Shinohara, Dalton Trans. 45, 18827 (2016).

この記事を書いた人

笠松良崇
笠松良崇
大阪大学大学院理学研究科化学専攻講師
原子番号の大きな重元素の化学研究や原子核と軌道電子の相互作用について放射化学的なアプローチによる研究に取り組んでおります。
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