自食作用「オートファジー」の新たな役割 – 壊れた葉緑体は細胞内のリサイクル工場へ
植物の光合成装置「葉緑体」
道端で、花壇で、あるいは田んぼや畑で、私たちが日常的に目にする植物ですが、彼らがどのように生き育っているかご存知でしょうか。大半の植物は、土壌に張った根から栄養分を吸収し、大気から二酸化炭素を取り込み、太陽光エネルギーを利用した光合成によってそれらをデンプンやアミノ酸などの有機物に変換、利用することで成長します。光合成を植物の体内で実際に担っているのが「葉緑体」と呼ばれる小器官です。緑色の植物の葉では、ひとつの細胞に数十個の葉緑体が存在し、日光の下で光合成を行っているのです。
光合成生物が抱えるジレンマ:光エネルギーによる成長とダメージ
したがって「光」は植物になくてはならないものですが、太陽光の強いエネルギーは生物に悪影響を及ぼすことも知られています。私たちに身近なのは、紫外線による「日焼け」でしょうか。紫外線は光合成には使えない光で、実は植物も紫外線によるダメージを常に受けていることがわかっています。また葉緑体は目に見える光(可視光)を光合成に利用しますが、可視光の過剰なエネルギーは葉緑体にダメージを与えます。多くの植物にとって、晴天時の昼間の太陽光でも過剰であり、葉緑体にダメージを生じさせることが知られています。このような傷が放置されれば、光合成の能力が下がってしまうだけなく、活性酸素が次々と作られ、細胞や植物体自身の枯死にもつながりかねません。ゆえに光を利用して育つ植物は、常に光によるダメージに対応しなければならない、ジレンマを抱えて生きているのです。過去のさまざまな研究成果から、植物は光によるダメージを軽減、除去、修復するために、複数の高度な仕組みを獲得、発達させてきたことがわかっています。しかしながら、深刻なダメージを受け、壊れてしまった葉緑体がどのように処理されているか、という疑問には明確な答えが示されていませんでした。
光によるダメージが生じた際の自食作用「オートファジー」の役割は?
話は少し変わって、植物や動物、酵母といった「真核生物」に分類される生き物が広く有している「オートファジー」という機構があります。その名は、現東京工業大学教授の大隅良典博士が、酵母を用いてその基本原理の解明を牽引してきた成果が認められ、2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞したことで一躍有名になりました。オートファジーは、細胞内の一部を膜で取り囲み、細胞のごみ処理・リサイクル工場ともいうべき場(植物の場合は液胞)に運び、分解する仕組みです。分解で生じたアミノ酸などの栄養分は再利用されることから、生物体内の栄養素リサイクルを回している機構であるとも言え、事実オートファジーは栄養が不足する飢餓時に特に活性化します。
私たちの研究グループは、過去の研究で、植物が飢餓に陥った際に、植物の体内でオートファジーによって葉緑体が分解されることを世界に先駆けて明らかにしてきました。このときには、葉緑体の一部分だけがちぎり取られ、オートファジーによって液胞に運ばれ分解、再利用されることがわかりました。私たちはこの経路をRCB経路と呼んでいます。私は、「光でダメージを受けた葉緑体の除去にもオートファジーが関与するのではないか?」というアイデアを持ち、今回の研究をスタートさせました。
まず私は、モデル研究植物であるシロイヌナズナを用いて、オートファジーが行えない変異体に紫外線による障害を与えてみることにしました。すると興味深いことに、オートファジーが行えないと紫外線で葉が枯れやすくなることがわかりました。つまり紫外線でダメージを受けた葉ではオートファジーが何らかの重要な役割を担っていることがわかったのです。
そこで私は、上述したRCB経路が活性化しているのではないかと考え、緑色蛍光タンパク質(GFP)などで葉緑体の中身を観察できるようにした植物体を用いて、紫外線を当てた葉を、「共焦点レーザー顕微鏡」という顕微鏡を用いて詳細に観察してみることにしました。
壊れた葉緑体を丸ごと取り除くオートファジー経路「クロロファジー」の発見
しかしながら期待に反して、紫外線を与えた葉でRCB経路が飢餓時のように活発化している様子は見られませんでした。予想が外れてしまった訳ですが、葉の細胞の観察を続けているうちに、面白いことに気が付きました。紫外線を当てた葉では、葉緑体の数が少なくなっているように見えるのです。一方オートファジー機能が欠損した植物では、紫外線を当てた葉でも葉緑体は健康な葉と同じようにぎっしりつまっているように見えました。そこで私は、「紫外線でダメージを受けると、葉緑体が部分的にオートファジーで壊されるのではなく、丸ごと運ばれて分解されているのではないか?」という考えを抱きました。
結果的にこの予測が当たっていました。顕微鏡でさらなる観察を行った結果、紫外線が当たった葉で葉緑体が液胞内を浮遊している様子が観察されたのです。その後、さまざまな視点から専門的な解析を行い、間違いなく、光でダメージを受けた葉ではオートファジーによって壊れた葉緑体が丸ごと液胞に運ばれることを証明することができました。この経路は、葉緑体の英語名である「chloroplast(クロロプラスト)」のautophagy(オートファジー)であることから、chlorophagy(クロロファジー)と呼んでいます。
これからの研究の可能性、新たに生じた疑問
植物の体内で主にエネルギー生産を担うのが葉緑体なら、動物の体内で主にエネルギーを作っているのはミトコンドリアです。酵母や哺乳類細胞では、機能不全となったミトコンドリアを除去するオートファジー経路として「マイトファジー」が機能することが知られています。マイトファジーでは、異常なミトコンドリアだけに「目印」をつけることで、健全なミトコンドリアと区別し、不良ミトコンドリアだけを取り除く仕組みが存在することがわかっています。また、マイトファジーは、ヒトのパーキンソン病などの神経疾患の原因となる神経変性を防ぐ役割を担っていることが提唱されています。
今回私たちは、光で壊れた葉緑体を取り除くクロロファジーを新たに発見することができました。同時にこの発見は、いくつもの疑問を生み出すことになります。クロロファジーでもマイトファジーと同様、壊れた葉緑体だけがきちんと見分けられているのか? どのような仕組みで不良葉緑体に目印をつけるのか? 植物の一生のなかでどのような役割を担っているのか? 解明すべき謎はいくつもあります。私たちの身近で生きる植物にも、そのような謎がまだたくさんあるのです。
最後に、葉緑体が壊される分解機構は、作物生産とも密接に関わる現象であることを付け加えておきたいと思います。たとえば、夏は青々としていた水田も、収穫期にかけて次第に緑が失われていき、最後には黄金色の稲穂をつけます。これは植物における老化現象のひとつです。このとき、緑色の素である葉緑体が分解され、その栄養成分が私たちの食糧ともなる穂を作るために再利用されているのです。私たちは過去の研究で、イネの葉が老化する際にもオートファジーが働くことを明らかにしています。葉緑体が壊される仕組みの全体像を詳細に解明すれば、作物の老化をコントロールすることが可能になり、より農業に適した作物を創ることを実現できる可能性があります。私たちは、そのような研究の発展も目指しながら日々研究を行っています。
引用文献
Izumi M., Ishida H., Nakamura S., Hidema J. (2017) Entire Photodamaged Chloroplasts Are Transported to the Central Vacuole by Autophagy. The Plant Cell. DOI: http://dx.doi.org/10.1105/tpc.16.00637
この記事を書いた人
- 東北大学学際科学フロンティア研究所、助教。東北大学大学院農学研究科で博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2014年4月より現職。2015年にはイギリス、オックスフォード大学客員研究員を兼務。植物の体内で光合成を行う葉緑体が分解される仕組みの解明を目指して研究を行っています。