がん遺伝子「GRWD1」の発見 – 新たな抗がん剤の開発を目指して
「がん」とは?
私たちの体は、多くの細胞から出来ています。これらは、厳密なコントロールのもとで、必要なときに必要なだけ増えるように制御されています。たとえば、体の表面の皮膚組織では、細胞が一定の速度で常に増殖しており、それらは最終的には細胞死を迎え「アカ」となって捨てられることで、皮膚の正常な状態が維持されています。一方で、もし傷を負ったときは、普段より早いスピードで皮膚の細胞が増殖する必要があります。実際に出血したときには、血液中の血小板が集まり止血が進むのですが、このときは血小板由来増殖因子といわれるタンパク質が結晶板から放出され、これが周囲の皮膚細胞に「増殖しなさい」という指令を与え、傷の修復が起きます。
では、指令を受けた細胞はどのように増殖するのでしょうか? これは「自動車」と同じようなイメージを持ってもらえば良いかと思います。つまり、エンジンに当たるタンパク質があり、それを駆動するアクセルに当たるタンパク質があります。また、ギアや車輪などのように、エンジンのもとで実際に細胞増殖を駆動させる多くのタンパク質があります。そして、これも車と同じで、ブレーキに当たるタンパク質も複数存在しています。先ほどの「増殖しなさい」という指令により、アクセルを踏み込むタンパク質が働きだすというわけです。
さて、そのうえで「がん」とは何かを考えてみます。上記の例を用いると、「アクセル系統」に当たるタンパク質が変異により異常を来たし、まわりからの指令がないのに、常にアクセルを踏み込んだ形になっていると理解できます。しかしそれだけでは、がん化には不十分なのです。アクセル系統だけではなく、「ブレーキ」に当たるタンパク質が変異により働かなくなっていることも必須になります。そして、ブレーキに当たるタンパク質うち、最も重要なものが「p53」という因子です。すなわち、がん細胞においては、p53の異常が頻繁に起こっていることが知られています。しかし一方で、p53に異常のないがん患者さんも多く存在しています。
タンパク質に異常が生じる理由
先ほど、「タンパク質が異常を来たす」と書きましたが、それはどういうことなのでしょうか? 私たちの細胞のタンパク質は、すべてその設計図である遺伝子DNAの情報をもとに作られています。この設計図である遺伝子DNAは、細胞が増殖する際にはコピーを作製して、増えた2個の細胞に渡さなくてはなりません(=DNA複製)。この過程は、正確なコピーができるように厳密にコントロールされているのですが、それでもときどきミスを起こしてしまいます。あるいは、紫外線や放射線で傷つき、それを正確に修復できずにミスが残ることもあります。これらが運悪く、アクセルやブレーキに当たるタンパク質の重要な部品の部分の設計図の間違いにつながると、上に書いたようなことが起こってしまうわけです。
新たながん遺伝子の発見
今回私たちは、がん遺伝子(細胞のがん化を促進する遺伝子)GRWD1を新たに発見しました(Kayama et al., EMBO reports, e201642444)。GRWD1遺伝子が作り出すタンパク質GRWD1は、RPL11というタンパク質との結合を介してp53タンパク質量を減少させ、細胞のがん化を促進させます。
詳細は省きますが、ここでは「GRWD1タンパク質量が増えると、p53タンパク質量が減る」と、まずは単純に理解してもらえればいいかと思います。さらに重要なことに、上述した知見と一致して、がん患者のデータベースの解析から、いくつかのがんの種類においてはGRWD1タンパク質量の増加はがんの悪性度を上昇させ、予後不良の予測因子となり得ることを発見しました。
今後の研究が発展すれば、患者さんのがん細胞におけるGRWD1発現量検査によるがん治療方針のより適切な決定や、GRWD1を標的とする新たな抗がん剤開発につながることが期待できると考えています。
この記事を書いた人
- 京都市出身。長崎大学医学部を卒業後、愛知県がんセンター、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)、九州大学で研究を進めてきました。現在、九州大学薬学研究院・教授。染色体DNA複製や細胞周期制御といった細胞増殖メカニズムの基本原理解明の基礎研究を中心に、今回のようながん遺伝子研究や抗がん剤開発研究まで、若く優秀な学生・スタッフの力を借りて幅広く研究を行っています。応用研究にもつながる基礎研究の重要性を理解していただけるよう、研究内容の普及にも努めています
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