潜在学習とは

ヒトは何かを学習しようという意図がないときにも、気がつかないうちに視覚場面の情報を学習しています。わたしたちが日常生活で感じる「勘」のようなものや、なぜかわからないけれど上手になった技能、なんとなくやり方がわかるという感覚には、多かれ少なかれ無意識の学習が関わっています。

たとえば、毎日同じ本棚を見ていると、どの本がどこにあるのか正確に覚えていないのに、特定の本を探すときになんとなく場所がわかるというようなことがあるかもしれません。あるいは、スポーツやゲームをしているときに、「ここはこうすればうまくいくだろう」という勘が働くこともあると思います。これは、ヒトが視覚場面の情報や行動のタイミングなどを知らず知らずのうちに学習しているためであると考えられます。このような無意識の学習を潜在学習とよびます。

心理学の研究では、私たちがいろいろなパターンを潜在的に学習するということが解明されてきました。研究対象は無意識の学習ですから、研究では「実験参加者に気がつかれないようにパターンを繰り返し見せる」、「さらに参加者に気がつかれないように学習の効果を調べる」ということが大事なポイントです。実験室で潜在学習を研究する手法はいくつかあるのですが、今回は「文脈手がかり」という手法を紹介したいと思います。

潜在学習を研究する方法

文脈手がかり法では、参加者は複数の物体の中から特定のターゲットを見つけることを求められます。たとえば、たくさんあるL文字のなかにひとつだけあるT文字を探して、見つけしだいキーを押すというような課題を行います。

fig1
参加者は通常、うんざりするほどたくさんこの課題を行います(だいたい500〜1000試行くらいです)。この課題のときに、同じパターンの画面をまぜて繰り返し呈示すると、参加者はパターンの繰り返しには気がつきません
fig2
参加者はパターンの繰り返しには意識的には気がつきませんが、ターゲットのTを見つけるまでのスピードが、パターンを繰り返し見るたびにだんだん速くなっていきます

膨大な視覚情報からの取捨選択

このように、何かを探すことを手助けするということは潜在学習の効果のひとつです。これまでの研究では、ヒトがレイアウトや物体の情報、シーンなど、さまざまなパターンを無意識に学習できることが明らかにされてきました。しかし、私たちの周りにある情報は膨大ですから、視覚場面のすべてのパターンを同じように学習できるわけではないと考えられます。人間がたくさんの情報の中からなにを優先的に学習するのか、なにが私たちの潜在学習を左右するのかということは、明らかにするべき問題であるにも関わらずよくわかっていませんでした。

私たちの研究グループでは、「文脈手がかり法」を用いて、ヒトが現在行っている「課題」が、潜在学習を左右する可能性を検討しました。そして、課題に関係している情報が優先的に学習されていることの明確な証拠を提出することを研究の目的としました。実験では、顔の写真でできた系列パターンを、106人の大学生に繰り返し観察してもらいました。そして、「性別の違う顔を探す」課題と「位置の違う顔を探す」課題を行ってもらいました。どちらの課題を行うときも、参加者が見ているパターンは同じものでした。

fig4その結果、「性別の違う顔を探す」課題では、顔のパターンが繰り返されたときに顔を見つけることが速くなりました。一方、「位置の違う顔を探す」課題では、位置のパターンが繰り返されたときに顔を見つけることが速くなりました。これは、「性別の違う顔を探す」ときには顔のパターンがよく学習され、「位置の違う顔を探す」ときには位置のパターンがよく学習されたということを意味します。また、実験に参加した人たちは、実験で使ったパターンを覚えていなかったことから、顔を見つけるスピードが速くなったのは潜在学習の効果であると考えられます。これらの結果から、同じパターンを繰り返し見ていたとしても、行っている課題によって、潜在学習が左右されるということが明らかになりました。

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ヒトは無意識に情報を取捨選択している

「潜在学習が課題に左右される」ことを示した本研究は、ヒトの潜在学習過程が私たちの行動やその目的の影響を受けていることを示唆します。無意識であるにもかかわらず、ヒトは意外と情報を取捨選択しているということにこの実験結果の驚きがあり、この発見は無意識下における視覚情報処理過程の解明に貢献します。漫然と情報に触れるのではなく、情報に注意をむけるような課題を行うことによって、より効率的な潜在学習が生じると考えられます。今後は潜在学習を可能にする神経基盤や、学習のメカニズムにより注目して研究していく予定です。

参考文献

  1. Chun, M. M., & Jiang, Y. (1998). Contextual cueing: Implicit learning and memory of visual context guides spatial attention. Cognitive psychology, 36, 28-71.
  2. Higuchi, Y., Ueda, Y., Ogawa, H., & Saiki, J. (2016). Task-relevant information is prioritized in spatiotemporal contextual cueing. Attention, Perception, & Psychophysics, 78, 2397-2410.

この記事を書いた人

樋口洋子
樋口洋子
京都大学大学院情報学研究科の特定研究員です。複雑な視覚環境からヒトが何を学習するのかということや、記憶がどのようにヒトの行動や認知に影響を及ぼすのかに興味があります。視覚的注意の研究もしています。最近はPodcastで心理学の番組「心理学ニュース」を配信していますので、よろしければ聴いてみてください。