エサが変われば形も変わる – 葉潜り虫の変身物語
葉に字を描く虫
植物の葉に字を書く虫がいることをご存知ですか? 草木の葉をよく見てみると、一筆書きした文字のような跡が見つかることがあります。
これは植物の葉の内部にトンネルを掘るように食べ進む、「葉潜り虫」の仕業です。この食べ跡を辿れば、葉潜り虫が卵から孵化してから、植物の葉のなかで成長し脱出するまでの過程を読み取ることができます。葉潜り虫の食痕は、いわば彼らの履歴書です。葉潜りという習性は、ガ、ハエ、ハバチ、一部の甲虫などで進化しました。本稿では、コケに葉潜りするアブの進化についてご紹介します。
コケに潜る「シトネアブ」の発見
大学生の頃、コケを食べる昆虫を集めるために、日本各地からジャゴケなどの苔類(コケは苔類、蘚類、ツノゴケ類の3つのグループから構成されます)を採取して、プラスチック容器に入れて育てていました。翌年の春になると、そこから小さなアブがいっせいに羽化してきました。これが、私が大学院で研究することになったアブです。
その正体は「シギアブ科」で、幼虫はコケの葉状体(葉のような器官)の中に潜っていました。コケ食のアブの成虫の標本を並べて観察していると、食草の種やコケを採取してきた地域によって異なる種がおり、その大部分が新種であるということに気づきました。コケの中で暮らすこれらのアブの幼虫は柔らかい布団で寝ているように見えることから、コケを褥(敷物の意味)になぞらえて「シトネアブ」と名付け、6種の新種を記載しました(Imada & Kato 2016a)。
シトネアブ類は、それぞれの種が特定の種のコケに依存した生活を送っています。メス成虫は幼虫が食草とするコケの表面に卵を産みつけ、そこから孵化した幼虫はコケに潜り込んで10ヶ月近くかけて成長し、コケの内部で蛹になります。成虫は年に1回羽化しますが、その出現期間は各地で5日程度と非常に短く、またコケの上を歩き回るばかりであまり飛ばないため、成虫の姿が人目に触れることは稀です。そのため成虫の採集は難しく、未だほとんどのシトネアブ類には名前が付いていません。
シトネアブ類はアブ類としては異端的な存在です。なぜなら、初期に出現したアブ類は昆虫捕食性の傾向が強く、植物食は2つの科でしか知られていないためです。シギアブ科の幼虫は、昆虫捕食、植物の遺骸食、朽木食、コケ食などと種によって多様な食性を示す、生態的に興味深いグループです。したがってシギアブ科の中では食性の変化が何度か起こったと考えられますが、とりわけコケ食がどのような食性から生じ、それに伴って幼虫の体にどのような変化が起きたのだろうかという疑問が湧いてきました。
昆虫捕食性のシギアブの幼虫の形態についてはすでに研究されていましたが、シトネアブ類の幼虫の観察例は皆無でした。そこで、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて幼虫の形態を観察しました。すると、シトネアブ類は他のシギアブ科やそれに近縁なアブ群とはまったく異なる口器を持っていたのです。
この口器の形にどのような機能があるかを知るために、幼虫がコケを食べる行動を観察し、他のシギアブ類の形態・行動と比較することにしました。
虫を襲う者とコケに潜る者の口器の比較
捕食性のシギアブは湿った土の中に棲んでおり、小さな昆虫やミミズを襲って食べると考えられています。捕食の際、先が鋭くとがった1対の大顎を獲物の体に突き刺して、その体液を吸い取ります。その仕組みはきわめて単純です。吸汁行動の鍵となるのは、左右の大顎の内側にある「溝」です。左右の溝が互いに合わさると水路となり、これをストローのように用いて吸汁できるのです。同じ形状の大顎は植物の遺骸を食べる種でも知られています。
一方、シトネアブ類はどのようにコケを食べているのでしょうか。幼虫の入ったコケに下から光を当てて顕微鏡で覗くだけで、幼虫がコケを摂食する様子を観察できます。幼虫は、大顎を上下に盛んに動かしながら、大顎の下部に突き出した歯のような構造でコケの組織を噛み砕きます。周囲のコケを一通り噛み砕くと、口を大きく広げて、コケの組織を満たす大量の液体とともに植物の組織片を吸い取って食べるということがわかりました。大顎背面にある穴の由来について確かなことはまだわかりませんが、水路を形成するという点では捕食者のもつ溝によく似た機能を持っているといえます。このように、シトネアブ類は独特の口の形を生かすことで、咀嚼と吸汁の両方を行っていることが示唆されました(Imada & Kato 2016b)。
食性の進化に伴って幼虫の形は変化してきた
では、そもそもコケ食はどのような食性から進化したのでしょうか。シギアブ科の中でとくにシトネアブ類を含んでいるSpaniinaeと呼ばれる亜科の系統間の類縁関係をDNA情報から推定しました。すると、この亜科内では、植物の遺骸食からコケ食が、さらにその中でも蘚類食から苔類食への転換が起こったという結果が得られました。
以上の結果から、シギアブにおいて、コケ食が進化した際に大顎の内側の溝が失われ、さらに苔類への潜葉が進化するのに伴って、陸上で匍匐運動するのに適した体表構造を失い、一方で大顎の穴を獲得したというように、段階的に形を変えていったと推定されました。一連の形態変化は、土の中や表層を這い回ってエサを探す生活からコケに潜葉する生活へ転じるという、生態の劇的な変化に付随して起こったと考えられます。
おわりに
日本各地に生息していながら長らく見逃されてきたシトネアブは、白亜紀の地層から化石種が見つかっている非常に起源の古いグループです。したがって、現生の陸上植物のなかで最初に出現したコケがいかに動物と関わりながら進化してきたかを知る上でも興味深い存在です。今後の研究でも、およそ4.8億年という長い時間のなかで紡がれてきた昆虫の進化の歴史や、多様な生態の背景にある適応を明らかにしていきたいと考えています。
参考文献
- Yume Imada & Makoto Kato. 2016a Bryophyte-feeding of Litoleptis (Diptera: Rhagionidae) with descriptions of new species from Japan. Zootaxa, 4097(1):41–58.
- Yume Imada & Makoto Kato. 2016b Bryophyte-feeders in a basal brachyceran lineage (Diptera: Rhagionidae: Spaniinae) adult oviposition behavior and changes in the larval mouthpart morphology accompanied with the diet shifts. PLoS ONE, 11(11): e0165808.
この記事を書いた人
- 京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程在学中。日本学術振興会特別研究員(DC1)。小学生の頃に昆虫学者を志し、2008年京都大学理学部に入学。2012年京都大学大学院人間・環境学研究科に進学し、現在に至る。主なテーマは、コケを食べる昆虫(主にガ、アブ、ガガンボ)の生態と進化の解明
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