北海道日高海岸の古津波を復元する – 地層からひも解く古津波と海水準変動の関係
※ 本記事は、academistのクラウドファンディングプロジェクト「北海道西部の太平洋沿いに残された津波堆積物の波源はなにか?」をもとに行われた研究成果を報告したものです。
気候変動は津波災害に影響を与えるか?
現在地球の平均気温は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)で報告されているように上昇を続けており、近年の日本の異常気象はこうした世界的な気候変動の現れかもしれません。気候変動はさまざまなものに影響を与えますが、津波災害は気候変動の影響を受けるのでしょうか? 一見、何の関係性もないように思われる2つの事象ですが、実は「海水準変動」というキーワードでこの2つは結び付いています。
海水準変動は海面の高さの変動をあらわし、気温変化に伴って極域の氷塊が融解・凍結することで起こる海水の体積変化や、地殻変動によってもたらされます。現在より海水準が高くなると、海岸線はより内陸へと移動し、地震に伴う津波はより内陸まで浸水すると考えられます。
みなさんは「縄文海進」という言葉をご存じでしょうか? 約6000年前の日本周辺の海水準は、現在の海水準より数m高かった証拠が数多く残されています。たとえば、縄文人が貝を食べ、その貝殻を捨てていた貝塚が現在の海岸よりずっと内陸の地点で確認されたり、陸上の地層中に海水や汽水を好む生物の化石が発見されたりします。
また、歴史記録が残される以前の津波については、津波によって運ばれた砂などを指す「津波堆積物」を地層中から見つけることで、過去に遡って情報を得ることができます。そこで私たちは、津波災害への海水準変動の影響を理解するため、地質調査によって過去に遡り、海水準が現在より高かった時代の津波の痕跡を調べることにしました。
北海道を襲った巨大古津波の痕跡
私たちはこうした過去の海水準上昇と津波の痕跡を、北海道の日高地域におけるフィールド調査によって探ることにしました。北海道は千島海溝に面しており、1973年の根室沖地震や、2003年の十勝沖地震のようなマグニチュード8程度の海溝型地震が多発する地域です。
文字の記録としては残されていませんが、17世紀頃にはこれまで観測された津波では到底説明がつかないような巨大な津波の痕跡が発見されています(このテーマについて、academistのクラウドファンディングで目標額を達成し、現在調査を行っていますので、詳しくはこちらをご覧ください)。
このような津波の痕跡は、おおよそ400年に1度程度の頻度で確認されることから、内閣府の防災担当はM9以上の巨大地震を想定し、防災・減災の取り組みを始めています。このような巨大津波は、海溝から離れた日高地域にも達し、縄文時代の人々を襲ったのでしょうか?
砂から津波を読み取る
歴史上の出来事を知るために古文書を読むように、地質学を専門とする人々は、日々積み重なる地層から人類が文字を持たない時代の環境やイベントを読み解きます。
冷涼な気候の沿岸域には、“泥炭地”というじめじめとした湿地が存在します。こうした地質は河川のようにたくさんの土砂供給があるわけではなく、ヨシのような植物が完全に分解されずに残った黒っぽい有機物や細かな泥が、10年に数mmというゆっくりとした速度で堆積しています。
砂浜の背後にあるこうした泥炭地は通常、砂(目で見て粒子とわかるもの)が運ばれることは稀で、砂層が泥炭層に挟まっていた場合、それは津波や高潮・高波といった突発的なイベントによって運ばれたものである可能性が高いです。私たちはこうした砂層を、ジオスライサーやハンドコアラーといった人力で地層を引き抜く機材を用いて探し出します。
海から押し寄せた波であれば、海岸線から内陸に向かって砂層はだんだんと薄く、細かな粒子になるはずです。実際に連続的な観察をしてみるとそのような傾向が現地で見られ、過去のイベントを間接的に垣間見ることができます。「あっ、砂だ!」と一見して発見があるのが地質学の醍醐味です。
地層から古海水準を読み取る
砂層から過去のイベントを知ることができるように、泥炭層からは当時の環境を知ることができます。実験室に持ち帰ったサンプルは、顕微鏡でケイソウ(1000倍以上でないと見えないくらい小さい生き物)を観察したり、化学組成を測ったりすることで過去から現在(深いところから浅いところ)への変化を捉えます。具体的には、現在より海が内陸まで入り込んでいた場合、陸上では検出されない“海水の痕跡”を調べます。
ケイソウは種類によって、干潟の泥の上が好き、海の水草に付着して暮らす、などライフスタイルが異なります。その種の割合を調べれば、おおよそどのような環境かを推定することが可能です。また、海水は淡水と異なり硫黄などを多く含んでおり、それを反映した鉱物を形成することがあります。上記の化学組成や化石群集を用いて、当時の地層をくまなく調べることで古環境を復元することが可能です。
深いところから浅い方へ時系列の環境変化はこのような方法で知ることができますが、どの深さが縄文時代なのか、はたまた江戸時代なのかを知るためにはもう一工夫必要です。そのカギを握っているのが“火山灰”と“炭素”です。火山灰は多くの地域で“いつ”噴火し、“どこまで”降灰したかが調べられており、地層中に火山灰層が確認されればカギ層として利用できます。
火山灰層がない場所については、植物や生物に含まれる炭素を使用することができます。一言で炭素といってもわずかに重さの違う3つの炭素が存在します。そのうち14Cという炭素は炭素全体の0.00000000012%しか地球上に存在しないうえに、生成されてから5730年で半数が崩壊してしまうという性質を持っています。この性質を利用し、東京大学柏キャンパスにある加速器を使って微量な14Cの数を一つひとつ数えることで、その試料が現在から何年前のものなのかということを知ることができます。
これらの分析を組み合わせることで、津波などのイベントの発生年代と海水準変動の関係性を現在の時間軸で明らかにすることが可能になります。
北海道日高の古津波と海水準変動の密接な関係
多くのサラブレットを輩出している北海道日高地方鵜苫地域(浦河町と様似町の境)の放牧地にお邪魔し、お馬さんたちの熱い視線を受けながら調査を行わせていただきました。
ここでは、8層の砂層が内陸まで連続していることが明らかになりました。これらの砂層は海浜の砂とよく似ており、現世で観察された津波によって運ばれた砂層と共通した特徴を持っていたため津波堆積物と判断しました。火山灰と14C年代測定から、これらの砂層は約5500~2000年前に堆積したものであるということが判明しました。これはちょうど縄文時代の終盤にあたる年代です。
ケイソウ化石の群集は、海水が入り込んでいた塩性湿地から徐々に淡水沼沢湿地へと変化し、2000年前から現在にかけては比較的乾燥した現在のような環境を示しました。また3500年以前の泥炭層には、黄鉄鉱や石膏といった海域環境下で形成される鉱物が含まれることからも、海水が侵入していたことをサポートしています。
北海道周辺で復元された海水準変化と今回明らかになった海水の入り込んだ標高を比較したところ、整合的な結果であることが明らかになりました。この地域の古津波堆積物は、海水準が高かった6000~4000年前において、より厚くてより内陸まで連続していることから、当時の津波がより内陸の地点まで到達していたことがわかります。
ここで注目したいのは、2000年前以降、北海道東部の十勝や根室地域においては大きな津波の痕跡がいくつも残されているにも関わらず、日高地域ではイベント性の堆積物が見られなくなることです。これは千島海溝に面した北海道東部地域に比べ、日高地域では海水準が低下して以来、過去の巨大地震による津波が高い波高を示さなかったことを意味しているかもしれません。今後は、北海道東部の津波堆積物と同じ波源を持った堆積物であるかを検証し、17世紀を含む千島海溝最大規模の地震について明らかにしていきたいと考えています。
参考文献
academistのクラウドファンディングによって実現した調査による2つの成果
1. 今回紹介した論文(2020年12月27日までこのリンクから無料で読むことができます)
Nakanishi, R., Okamura, S., Yokoyama, Y., Miyairi, Y., Sagayama, T., Ashi, J., 2020, Holocene tsunami, storm, and relative sea level records obtained from the southern Hidaka coast, Hokkaido, Japan. Quaternary Science Reviews, 250, 106678. https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2020.106678
2. 火山灰の分布を明らかにした論文(オープンアクセス)
Nakanishi, R., Ashi, J., Okamura, S., 2020, A dataset for distribution and characteristics of Holocene pyroclastic fall deposits along the Pacific coasts in western Hokkaido, Japan. Data in Brief, 106565. https://doi.org/10.1016/j.dib.2020.106565
この記事を書いた人
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東京大学大学院新領域創成科学研究科/大気海洋研究所 博士課程・日本学術振興会特別研究員
北海道出身。北海道教育大学を卒業後高校教員を経て、再び研究の世界にあこがれ現在の所属へ。北海道太平洋沿岸、特に胆振~日高をフィールドに古津波研究に取り組む。2019年にacademistのクラウドファンディングで目標額を達成し、調査を実施中。本稿はこの調査における成果の一部である。