「ワクワク感」を可視化する技術 – 消費者の”生の声”を脳波で定量化
感性の定量評価への社会ニーズ
工業製品や食品などの検査や評価においては、人間の五感を用いて判定する「官能評価」という方法が用いられています。これまでの官能評価は開発者や評価者の主観評定による手法が主でしたが、主観に頼った評価では商品開発などではさまざまな要因による限界があり、嘘をつけない脳活動からの定量評価法の開発が求められています。
たとえば、アンケートやモニター調査で主観(感想)を聞くという手法がよく用いられますが、主観による回答は評価者がヒトである以上、忖度というバイアスがかかってしまい、課題評価や過小評価をしてしまいがちです。さらに、本人のコトバや選択行動による評価は、必ずしもその人の「生の声」ということにはなりません。本人にとっては「本音」であったとしても、実はその本人も気づいていない脳が感じている興味度が、ヒトの感じてるモノへの評価、さらには将来的な購買行動につながっている可能性があるためです。
そのような脳の感じている「ワクワク感」を可視化すれば、消費者やユーザーの生の意見を定量評価できるかもしれません。さらに、感性を可視化するツールは、多くの企業のニーズに応えられるだけでなく、教育や福祉、予防医療などの分野でも幅広く活用できるポテンシャルがあると考えられます。
私たちは、自社の商品やサービスが消費者からどのように評価されているのか、さらには購買行動に直結する脳活動を反映する「ワクワク感」を、社会実装現場でもすぐに活用できるような形で定量評価可能なツールの開発を目指しました。
複雑な感性を多軸で捉える「ワクワク感」の3軸モデル
無意識的に脳活動として表出している「ワクワク感」を評価するためには、既存の概念を脱却した、より高次な心理モデルの開発が必要でした。我々の脳は、その時々の状態を評価していると同時に、過去の経験や性格傾向を元に、常に将来の予測を行っているといわれています。脳は、予測し、その予測モデルを下に評価し、予測との予測誤差を算出し、その誤差の程度によって、納得したり、違和感を感じたりします。
一方で、これまでの古典心理においては、感情を円環モデルの2次元の平面空間上で表現しようという取り組みが常でした。複雑な要素である感性をモデル化するためには、感性というヒトの状態を単純な2軸ではなく、多々ある心理因子を複合した多軸モデルで表現する必要があると考え、「ワクワク感」の3軸モデルを提唱しました。
具体的には、「ワクワク感」を、近い将来を予測しているときのイメージを伴う評価系のシステムとしての脳反応と定義し、これまでに頻繁に使われてきていた感情の円環モデルという、感情価(快―不快)と活性度(活性―非活性)の2軸モデルに加えて、時間軸(期待感軸)を3軸目とする感性3軸モデルを仮定した心理実験系を構築しました。
そして、その実験の“快画像予期”、“不快画像予期”、そして“予期不能”の3条件を設定し、それぞれの条件のときの主観(ワクワク感、感情価、活性度、期待感など)を報告してもらいました。その結果、「ワクワク感=.38x快+.11x活性+.51x期待」という方程式を見出しました。
「ワクワク感」の脳波可視化モデルを世界で初めて開発
では、脳のどの活動が、どのように快・不快、活性・非活性、期待を反映しているのでしょうか。
複雑な脳反応を抽出するため、脳波解析には、独立成分解析を応用し、抽出された成分をクラスター化(グループ解析のため)するためにはガウシアン複合モデルを応用しました。得られた独立成分のクラスターごとに、それら脳活動の周波数パワーのいずれが各軸を反映しうるか統計解析しました。快の指標には、快画像(例:美味しそうな食べ物、可愛い動物等)と不快画像(火事、ゴミ等)を見ているときの差分を反映する脳反応、活性の指標には、活性画像(例:花火、竜巻等)と非活性画像(例:動物、風景等)を見ているときの脳反応、そして期待の指標には、それら快画像予期時(イメージが明確な条件)と予期不能時(イメージがしにくい条件)との差分を反映する脳反応を抽出しました。
その結果、それぞれに別個の脳波独立成分が指標として特定され、上記で得られた方程式へ代入することで、脳波データのみでワクワク感の評価(0–100点)を可能なモデルが完成しました。各条件下での主観値(平均主観値:快予期75点、予期不能48点、不快予期22点)と比較して、脳データのみからのワクワク感の推定値は(平均推定値:快予期76点、予期不能46点、不快予期28点)相応の精度があることも確認されました。
リアルタイム化による社会応用と今後の展望
ヒトの脳活動を計測する技術として知られるfMRIでも、すでにある程度リアルタイムでの感性の定量評価が可能となってきてはいますが、一般家庭や会社で日常的に気軽に計測を行うことはできません。
私たちはウェアラブルでも汎用可能な脳波(EEG)に着目し、研究用途の脳波計から計測された脳波指標を用いてウェアラブルかつ多チャンネルの高精度脳波計を使い、実装場面でも活用できるツール「感性メーター(商標登録申請済)」の開発を進めています。
この開発が進むことによって、商品画像などを見たときの興味の可視化だけではなく、1000分の1秒レベルの時間分解能を持つ脳波でワクワク感を可視化することで、動画コンテンツなどでも経時的なモニタリングか可能となり、さらには、この視覚ベースでの研究を五感に発展させる取り組みを継続することで、あらゆる企業ニーズに応えることが可能になります。当該技術を応用し、これまでに各種業種の連携企業との取り組みにおいて、商品の見た目の評価検証などのR&Dに活用され始めています。
ウェアラブル化をさらに進める取り組みも続けることで、地域医療や昨今のコロナ禍で問題となっているメンタルヘルスなどのストレスケアや、多人数の同時計測を可能とすることによって、オリンピックなどスポーツエンターテインメントなどでの応用が期待されています。
参考文献
Machizawa, M.G., Lisi, G., Kanayama, N., Mizuochi, R., Makita, K., Sasaoka, T., Yamawaki, S. (2020). Quantification of anticipation of excitement with a three-axial model of emotion with EEG. Journal of Neural Engineering 17(3), 036011. https://dx.doi.org/10.1088/1741-2552/ab93b4
この記事を書いた人
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大阪市立大学(発達臨床心理専攻)卒業、翌年米国オレゴン大学(心理学部)卒業、翌年同大学修士修了。米国ヴァージニア大学脳外科ラボ、理化学研究所、英国ユニバーシティ=カレッジ=ロンドン(UCL)認知神経科学研究所を経た後に、2012年UCL神経学研究所博士課程を卒業(日本人初)。ブラウン大学、広島大学、量子科学技術研究開発機構を経て現在広島大学脳・こころ・感性科学研究センター特任准教授。日米英にて高次認知能力・感性などの脳機能構造の個人差神経指標の開発とその治療応用研究に従事。実生活に利活用できる高精度脳科学応用を目標に2020年東京を拠点にデジタル脳科学ラボにて産学連携を中心に活動中。
脳・こころ・感性科学研究センター:http://bmk.hiroshima-u.ac.jp
BMKデジタル脳科学ラボ:https://sites.google.com/view/digital-cogneuro/
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