脳内の死細胞はどのように掃除されるか?

私たちの脳内では健康な状態でも毎日少しずつ細胞が死んでいます。また、脳梗塞や脊髄損傷などの神経損傷時には非常に多くの細胞が死にます。死細胞の蓄積は炎症などさまざまな悪影響を脳内にもたらすため、死細胞の速やかな除去は脳内環境の維持にとって重要であると考えられています。

脳に存在するマクロファージ類縁細胞「ミクログリア」は、マクロファージと同様に強い貪食能力(細胞外の不要物を細胞内に取り込み分解する能力)を持ち、死細胞を貪食し除去する「脳内の掃除屋」として知られています。

しかし、加齢に伴い脳内で細胞死は加速する一方で、ミクログリアの貪食能力は低下すると考えられています。また、神経損傷時には非常に多くの細胞が一度に死ぬため、すべての死細胞をミクログリアだけで貪食し除去しているとは考えにくく、ミクログリアには依存しない別の死細胞除去システムが脳内に存在することが示唆されてきました。

脳内において死細胞除去を担うのはミクログリアであると考えられているが、ミクログリアに依存しない死細胞除去システムも存在すると考えられる。

ミクログリアが不在のとき、別の「脳内の掃除屋」は現れるか?

私たちは、「脳の掃除屋であるミクログリアを人工的に死滅させたとき、その残骸はどのように掃除されるのか?」を観察することにより、別の死細胞除去システムが現れるのではないかと予想しました。そこで、近年私たちが確立したマウス実験系を用いてミクログリア特異的に細胞死を引き起こし、その後ミクログリアの残骸がどのような経緯をたどるのか観察しました。

すると予想通り、ミクログリアが不在の状態でもミクログリア残骸は脳内から速やかに除去されたことから、ミクログリアに依存しない死細胞除去システムが脳内に実在することが示されました。

ミクログリアを死滅させたとき、ミクログリアの掃除屋としての機能が働かないにもかかわらずミクログリアの残骸は除去された。ミクログリアに依存しない死細胞除去システムが働いたと考えられた。

ミクログリアの機能低下を「アストロサイト」がバックアップする

ミクログリア以外のどの細胞が脳内の掃除に関与しているのかヒントを得るために、脳の分子発現解析を行いました。その結果、「アストロサイト」(血液脳関門の形成やシナプス伝達などに関わることが知られている細胞)の細胞活性化の指標となる分子の発現が上昇していることがわかりました。

そこで私たちは、アストロサイトの関与を考え、アストロサイトとミクログリア残骸の位置関係を脳切片上で観察した結果、活性化したアストロサイトがミクログリア残骸を貪食していることが明らかになりました。

ミクログリアを死滅させた後、アストロサイトはミクログリア残骸(矢印)を貪食し細胞質中に取り込んでいた。

さらに、私たちはアストロサイトがミクログリア残骸を貪食するときに用いる分子群を同定しました。それらの貪食関連分子群は、アストロサイトがミクログリア残骸を貪食しているときだけでなく、通常時においてもアストロサイトに発現していたことから、アストロサイトは通常状態から貪食細胞としての機能を備えていることが示されました。

以上で示されたアストロサイトの貪食作用は、ミクログリアを死滅させるという通常では起こり得ない環境下で観察された現象です。そこで、ミクログリアの貪食機能が低下するという自然に起こり得る環境下においても、アストロサイトは貪食能力を発揮するか検証しました。

通常状態のマウス脳を観察していると、稀ながらも自然死した細胞が見つかります。その自然死した細胞は、野生型マウスでは100%の確率でミクログリアに貪食されていたことから、従来から言われてきたように、ミクログリアは脳内の主要な貪食細胞であることが確認されました。

それに対し、ミクログリアの機能低下が起こる遺伝子欠損マウス(IRF8欠損マウス: ミクログリアが正常に分化せず本来の細胞機能を発揮できない)では、死細胞の約半数がミクログリアではなくアストロサイトに貪食されていました。これらの結果から、アストロサイトの貪食作用はミクログリアの機能低下により現れるバックアップシステムであることが示されました。

自然死した細胞(青)は、野生型マウス(図左)ではミクログリア(赤)に取り囲まれていたが、ミクログリアの機能低下が起こるIRF8欠損マウス(図右)ではアストロサイト(緑)に取り囲まれていた。

アストロサイトのさらなる理解を目指して

アストロサイトの貪食能力の有無やその意義、さらにミクログリア貪食能力との相違点については、これまで謎が多い状態でした。本研究から、通常時からアストロサイトは貪食能力を備えていること、また、その貪食能力はミクログリアが機能低下を起こしたときに発揮されることが明らかとなりました。

ミクログリア不在または機能不全のときにアストロサイトは貪食機能を発揮する。

今後、ミクログリアとアストロサイトの両細胞が持つ貪食作用を相互制御することにより、加齢や神経損傷時の脳内から異物や死細胞を効率的に除去し、脳内環境を整えることが可能になると期待されます。そのためには、「アストロサイトがミクログリアの機能低下を、どのように認識し貪食機能を発動するのか?」という疑問をまず解決する必要があると考え、現在研究を進めています。

参考文献
・Konishi H, Okamoto T, Hara Y, Komine O, Tamada H, Maeda M, Osako F, Kobayashi M, Nishiyama A, Kataoka Y, Takai T, Udagawa N, Jung S, Ozato K, Tamura T, Tsuda M, Yamanaka K, Ogi T, Sato K, Kiyama H. “Astrocytic phagocytosis is a compensatory mechanism for microglial dysfunction” EMBO J, e104464, 2020. https://doi.org/10.15252/embj.2020104464
・Konishi H, Kobayashi M, Kunisawa T, Imai K, Sayo A, Malissen B, Crocker PR, Sato K, Kiyama H. “Siglec-H is a microglia-specific marker that discriminates microglia from CNS-associated macrophages and CNS-infiltrating monocytes” Glia, 65(12):1927-1943, 2017. https://doi.org/10.1002/glia.23204

この記事を書いた人

小西 博之, 木山 博資
小西 博之, 木山 博資
小西 博之(写真左)
名古屋大学 大学院医学系研究科 機能組織学 講師
2000年大阪大学基礎工学部生物工学科卒業、同大学院修士課程修了、大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了。大阪市立大学助手、名古屋大学助教を経て2019年より現職。未知の部分が多いミクログリアの機能を明らかにしたいと研究を行っています。

木山 博資(写真右)
名古屋大学 大学院医学系研究科 機能組織学 教授
大阪大学医学部助手、助教授、旭川医科大学教授、大阪市立大学大学院医学系研究科教授を経て2011年より現職。