共有結合の長さの限界はどこにある?

化学結合は物質を形作る最も基本的な要素であり、その本質を理解することは非常に重要です。その概念は1930年代にPaulingによって構築され、代表的なものとして、共有結合、イオン結合、配位結合、金属結合および水素結合が示されました。1954年にノーベル化学賞を授与されたPaulingによる「化学結合論」は、今日でも多くの研究者に支持されています。

ここで、炭素を主とする有機化合物において、炭素-炭素(C-C)共有結合は分子形成の中核を成し、その結合長や結合角は単結合、二重結合、三重結合といった結合の次数および混成軌道によって基本的に決まった値を示します。実際に、ほぼすべての化合物で、Csp3-Csp3単結合長は1.54 Åという決まった値をとります。

炭素-炭素共有結合の種類と標準結合長

一方、大きな置換基の連結によりひずんだ分子では、通常とは異なる値を示すことも報告されてきました。これまでに、長い結合の創出を目指した試みが多くなされてきましたが、1.7 Åを超える炭素-炭素結合長を有する化合物の報告例は限られたものしかありませんでした。また、これまでの研究では1.803 Åを超えるC-C単結合は存在し得ないという理論予測や、最短の非結合性C・・・C原子間距離は1.80(2) Åであるという報告があり、1.8 Åという値はひとつの大きな壁として考えられてきました。

長いC-C単結合をもつ中性化合物の例(結合周囲が炭素原子のものに限る)

世界一長いC-C単結合の創出は、単なる数字の追求だけではなく、化学の本質解明に向けた重要な課題といえます。したがって、結合の限界はどこにあるのか、また結合の伸長によりどのような物性変化がもたらされるのか、興味がもたれます。

世界最長のC-C単結合の創出に成功!

我々の研究グループでは、以前に1.791(3) Åという結合長を有する化合物を報告していました。しかし、このように伸長した結合は結合エネルギーが小さく、安定性に課題が残されていました。そこで我々は、伸長により不安定な結合(コア)を剛直なsp2炭素骨格(シェル)で保護するような「分子内コア-シェル構造」を考案して、2つのジベンゾシクロヘプタトリエン(DBCHT)骨格を有する化合物を設計しました。また、遠隔位の角ひずみによって結合の伸長に寄与する「Scissor効果」の発現を期待して、3種類の誘導体1a1cを合成することとしました。

実際に合成した化合物のX線結晶構造解析を低温(-73 ℃)で行ったところ、中央のC-C単結合は1cで最も長く、1.7980(18) Åと従来の記録を超える結合長であることが明らかとなりました。通常の単結合は強固であるため、温度によって値が変化することは稀ですが、このように長い結合は結合エネルギーが小さく、伸縮性があると考えられます。そこで、さまざまな温度(-173~+127 ℃)で測定を行ったところ、高温では結合が長くなり、+127 ℃において1.806(2) Åという、中性炭化水素で最長のCsp3-Csp3単結合の存在が示されました。

設計した化合物と結合長

この単結合について、X線回折測定の詳細な解析により結合電子対の存在を確認できたことに加えて、ラマン分光法によってもC-C伸縮振動が理論予測と一致して観測されました。これによって我々は、1.8 Åを超えるC-C単結合の存在を世界で初めて実証しました。

結合が存在することの証明

特筆すべき点はこの化合物の安定性です。一般的には結晶状態で安定でも溶液中では分子の運動が大きくなり、結合が切断したり分解生成物が生じたりする可能性もあります。そこで、溶液中での安定性について調査したところ、+127 ℃の高温下でもまったく分解は見られず、大気中の室温で100日放置しても安定でした。

我々は、非結合性C・・・C原子間距離を超える長さをもつこの結合を「超結合」と称し、結合の伸長により発現し得る特性について調査することにしました。

共有結合は、光と熱で柔軟に伸び縮みする

前述のように、長い結合は弱い力でも伸縮すると予想され、本来一定の値を示す共有結合長が外部刺激によって柔軟に変化すると考えました。

そこで我々は、剛直なシェルとして採用したDBCHT骨格に含まれるスチルベンユニットに着目しました。このスチルベンユニットをもつ分子において、光照射により[2+2]環化反応が進行して四員環を形成する例がいくつか報告されています。ここで、長い結合をもつ分子1では、このスチルベンユニットが向かい合った場所に配置されていることから、分子内での光環化反応が進行すると考えました。この異性化によるわずかな環境の変化であっても、極度に伸長した結合の長さは変化すると期待されます。

まず、長い結合をもつ分子1の溶液に対して光を照射したところ、3種類の化合物1a1cすべてにおいて、定量的にかご型分子2へと変換可能なことを明らかにしました。単結晶を用いたX線結晶構造解析の結果、光環化に伴って、反応部位から離れた中央の炭素-炭素単結合は、最大5%も収縮することを見いだしました。また、ラマン分光測定による炭素-炭素単結合の伸縮振動の波数は約1.1倍となり、結合の収縮によって結合エネルギーが強くなることがわかりました。さらに、理論計算で結合の力の定数を見積もったところ、約1.6倍にも大きくなることが示されました。

光環化による物性変化(ここでは1cから2cのみを記載)

続いて、元の化合物1への開環反応について調査したところ、かご型分子2の固体サンプルを加熱することで、3種の誘導体2a2cすべてにおいて熱開環反応が進行し、長い結合をもつ化合物1が定量的に再生することを明らかにしました。

ここで、分子1bおよびかご型分子2bでは単結晶を保ったまま光/熱相互変換が可能なことを見いだし、中間状態のX線解析による結合の伸縮過程を観測できたことは特筆すべき点です。

単結晶-単結晶相互変換と結合長の変化

このように、本研究ではCsp3-Csp3単結合の可逆的伸縮に基づく「柔軟性」を明らかにしました。これは、本来強固と考えられてきた共有結合を極度に伸長させることで発見できた、共有結合の新たな側面といえます。

柔軟な共有結合がもたらす物性変調とは?

結合の「柔軟性」はいったい何をもたらすのでしょうか? その答えを探るべく、さらに検討を進めることとしました。我々が次に注目したのは、長い結合をもつ分子1およびかご型分子2の酸化還元特性です。詳細に調査した結果、結合の収縮とともに酸化電位が大幅に上昇し、特に分子1cとかご型分子2cでは約1.1 Vもの差があることを見いだしました。

また、酸化電位の劇的な変化にもかかわらず、いずれの分子でも二電子酸化により同一のジカチオン型色素32+へと変換可能な点は興味深く、かご型分子2では3つの結合の切断を伴うことも明らかにしました。ここで、-78 ℃という低温下でかご型分子2の酸化還元過程を調査することにより、中央の長い結合のみが切断した中間体42+を経由して四員環の開環が生じることを確認しました。

光/熱/酸化還元応答挙動のまとめ

以上のように、本研究では光/熱相互変換によって結合の可逆的な伸縮を実現したことに加えて、酸化特性の大幅な変調も実現しました。これは極度に長い結合の「柔軟性」と「物性変調」を示した初めての例といえます。

より長くより柔軟な結合の可能性

今回の研究において、光/熱/酸化還元相互変換はすべて固体状態で進行することを明らかにし、結合の伸長、収縮、形成、切断といったプロセスを詳細に解明しました。これらを可能にしたのは、極度に伸長した結合の「柔軟性」です。すなわち、より長くより柔軟な結合をもつ化合物を構築することで、さらなる機能付与(大きな物性変調や新規応答)を実現できると考えられます。

したがって、本研究は「炭素-炭素単結合長の世界記録更新」というオリンピックにも似た挑戦的研究であると同時に、従来にない共有結合の伸縮を伴って駆動する「未踏機能材料開発」へつながるものと期待されます。

参考文献
・Ishigaki, Y.; Shimajiri, T.; Takeda, T.; Katoono, R.; Suzuki, T. “Longest C-C Single Bond among Neutral Hydrocarbons with a Bond Length beyond 1.8 Å” Chem 2018, 4, 795-806. DOI: https://doi.org/10.1016/j.chempr.2018.01.011
・石垣 侑祐「世界最長の炭素-炭素単結合を目指して」『現代化学』(2018年、8月号、31-34)
・Shimajiri, T.; Suzuki, T.; Ishigaki, Y. “Flexible C-C Bonds: Reversible Expansion, Contraction, Formation, and Scission of Extremely Elongated Single Bonds” Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 22252-22257. DOI: https://doi.org/10.1002/anie.202010615

この記事を書いた人

石垣 侑祐
石垣 侑祐
北海道大学大学院理学研究院 化学部門 助教
2008年北海道大学理学部化学科卒業。2012年北海道大学大学院理学院化学専攻博士課程修了。博士(理学)。2012年ウルム大学博士研究員。2013年新日鉄住金化学株式会社。2016年より現職。専門:構造有機化学