地球上にあふれる透明生物

透明感のある声質といった謳い文句があるように、現代人には透明なものを好ましく思う文化が根付いているようです。数多の漫画や歌詞などに描き出される透明性という概念は、創作中でひときわ存在感を放ちます。エジプト神話のメジェドから日本伝承における河童や天狗、H.Gウェルズの透明人間からハリー・ポッターの透明マントに至るまで、「目に見えない」存在の魅力は古来人々の想像を掻き立ててきました。

フィクションのなかに留まらず、「目に見えない生物」の例が地球上にあふれています。透明な翅を持つチョウ、腹が透明なカエル、頭がまるきり透明な魚、そして海洋に広く存在する、全身が透明なクラゲやエビ、タコ——まるで嘘のように透明な生物たちは、捕食者の目をすり抜けることで生存を有利に働かせていると考えられています。

生物の透明性は魅力的なトピックである一方で、生物学研究が進んでいない未開拓な研究分野です。透明性のメカニズムは主に、表面微細構造や生理学的機構と関連付けて論じられますが、その理解は未だ不十分です。また、多彩な生物が透明性を獲得するに至った進化的背景も未だに不明です。

ホヤの卵の透明性

皆さんは、ニッチな海洋生物「ホヤ」をご存知でしょうか? ホヤは海底の岩場などに付着する固着性動物であり、その見た目から、植物? 貝? などと、よく誤解を受けています。実はこのホヤは脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物であり、その一部の種は発生学等の研究でよく用いられているモデル生物として扱われています。

またホヤの一種であるマボヤ(Halocynthia roretzi)は、東北地方の海の味覚として愛されています。最近「あつまれ どうぶつの森」にも登場しましたね。このマボヤは厚くごつごつした皮をしていますが、ホヤの仲間のサルパなどは非常に透明な薄い皮を持っており、透明性に寄与する表面構造についての研究が行われています。

ホヤは種ごとに色合いや透明さの違うさまざまな卵を持ちますが、このホヤ卵の透明性のバリエーションについて、網羅的・定量的に計測した研究は今までありませんでした。この課題を解決するにあたり、当研究室には強力な武器がありました。その名も「ハイパースペクトルカメラ」というものです。我々は、このカメラを使うことで、ホヤの各種が持つ卵の透明性をこれまでになく正確かつ網羅的に定量計測できると確信し、2017年より慶應義塾の学内の研究資金の支援を得て研究を開始しました。以下に、採取したホヤから卵とDNA配列解析による種同定を行い、その透明性の進化的な背景について論じた研究結果をご紹介します。

日本のさまざまなホヤ卵の透明性を測る

まず我々は、日本沿岸のさまざまな場所に赴き、ときには水深15 mの海に潜りホヤを採取しました。現地の方々の協力も得て、三崎、佐渡、本牧、女川、舞鶴の5箇所から計99匹のホヤを採取し、そのうちの21個体から卵を入手することに成功しました。

ホヤの卵は種ごとにさまざまな色や透明さをもっていました。これらを定量評価するために、我々は上述のハイパースペクトルカメラ(エバ・ジャパン社製)を用いてホヤ卵を撮影することにより、380~1000 nmという広い波長域において、各波長の透過率(光を何割通すのかを表す)を5 nm刻みという非常に高精細で算出することができました。

ヒトの目では、可視光範囲の赤、橙、黄、緑、青、藍、青紫などのいわゆる虹に含まれる7色を見分けることができますが、このハイパースペクトルカメラは紫外域から赤外域までの125色を見分け、かつ各色における透過率を算出することができます。この透過率の可視光範囲での平均を生物の目に見える透明さと考え、「生体透明度」として卵の透明さを定量評価しました。生体透明度は21個体のホヤ卵において10%~90%を示し、ホヤ卵の透明さの豊かなバリエーションが示されました。

採取したホヤの卵。卵はさまざまな色や透明さを示す。スケールバーは100 μm。

興味深いことに、生体透明度の高いホヤはナツメボヤ科に属する種が多いこと(下図の緑のバー)、そのなかには窓ガラスの透明度に匹敵する生体透明度約90%に達するホヤ卵があること(下図のサンプルZおよびs17、これらはのちにヨーロッパザラボヤAscidiella aspersaだとわかりました)、モデル生物として発生などの研究に用いられているカタユウレイボヤの卵はあまり透明ではない(下図のサンプルC)ことなどがわかりました。

計測したホヤ卵の生体透明度(卵透過率の可視光範囲での平均)のランキング。緑のバーで示されるナツメボヤ科のホヤ卵が上位にランクしていることがわかる。なかでも、可視光の90%を通すZ(ヨーロッパザラボヤ)はとび抜けて透明度が高いことがわかる。

ホヤ卵の透明性を系統樹にマッピング

次に我々は、卵を採取したホヤから特定の遺伝子の配列情報を取得し、それらを比較することで進化的な近縁度を示す系統樹を作成し、生体透明度をこの系統樹上にマッピングしました(下図)。今回採取したホヤは、ナツメボヤ科、ユウレイボヤ科、マボヤ科、シロボヤ科の4科に属することがわかります。この系統樹から、ナツメボヤ科のグループのホヤ卵が比較的高い生体透明度を持っていることがわかります。同科に属するヨーロッパ産のホヤPhallusia mammilataも非常に透明な卵を持つことが知られており、ナツメボヤ科のホヤには卵の透明性を高くするような選択圧が働いている可能性があります。

ホヤの遺伝子配列を抽出して作成した系統樹。今回卵の透明度を測定した21個体13種を含む。

今回計測したなかで最大の透明度を持つヨーロッパザラボヤAscidiella aspersa(生体透明度88.7%)の卵は、孵化した後のオタマジャクシ型幼生においても同様の透明度を維持していることがわかりました。自然状態に近い明視野観察においては、カタユウレイボヤがはっきり視認できるのに対して、ヨーロッパザラボヤはどこにいるのかわからないほどに透明です。

a: ヨーロッパザラボヤの卵(Ascidiella aspersaの矢頭)およびカタユウレイボヤの卵(Ciona intestinlis type Aの矢頭)
b: 明視野照明で撮影したヨーロッパザラボヤとカタユウレイボヤの幼生。自然状態に近い撮影方法では、ヨーロッパザラボヤの幼生は眼(黒矢頭)以外視認できない。
c: 偏射照明(被写体に立体感を持たせる撮影方法)で撮影したヨーロッパザラボヤとカタユウレイボヤの幼生
d: ヨーロッパザラボヤとカタユウレイボヤの卵の透過率スペクトル

透明性の進化的な背景とは?

ヨーロッパザラボヤの卵・幼生期がなぜこれほどまでに透明なのか、今後調べていく必要がありますが、ひとつの可能性として捕食者の目を欺くことで生存に貢献しているのではないかと我々は考えています。一方で、卵の色素沈着による不透明さは紫外線防御という利点をもたらします。つまりは、色がつくと捕食圧が高まり、透明になると紫外線に弱くなる、といったトレードオフの関係が示唆されます。

他にも卵の透明性にはさまざまな生物学的要因が関連していると考えられます。たとえば、透明さは捕食者の視線回避に役立ちますが、卵が体の中で保育され捕食者の目に触れない群体性ホヤでは透明さは重要でなく、栄養に富む色のついた卵黄顆粒をもつほうが生存に有利であると考えられます。逆に群体ボヤの胎生種においては、母体から直接栄養をもらうために小さく透明な卵である場合もありえるでしょう。また、紫外線の強い熱帯の浅海に棲むホヤは、色素による防御が重要になるかもしれません。

紫外線を特異的に吸収する物質を持つホヤ卵では、可視光において透明なまま紫外線防御ができることも示唆されています。卵に付随する卵膜・濾胞細胞に色がついていて紫外線を防御している可能性もあります。さらに、紫外線を防御するのでなく、そのダメージを回復するようなDNA修復機構がある場合も考えられます。このように、ホヤ卵の透明性は、上記のさまざまな生物学的な背景を反映して進化してきた可能性があります。

ホヤ卵の透明性に影響を及ぼす因子

透明なホヤ研究の展望

ホヤ卵の透明度は種間において大きく異なり、また生殖様式や生育環境を包括した、ホヤの発生段階初期における生存戦略を反映する興味深いパラメータであるといえます。今回の研究で未計測となった、オタマボヤや卵胎生の群体ボヤ、熱帯のホヤなどの卵の透明度を計測することや、各ホヤの環境紫外線に対する影響などを含む生態学的な知見と統合して考えることには、非常に興味が湧きます。

本研究で見いだされた透明なホヤであるヨーロッパザラボヤは、北海道・東北地方の養殖ホタテなどに大量に付着して漁業被害を与える侵入種として有名であり、当種の透明な卵の生存戦略を明らかにすることで、漁業被害を抑えることができるかもしれません。また、このヨーロッパザラボヤ卵における透明性の形態学的および生理学的メカニズムについても、興味が尽きません。透明な構造を模倣した低反射フィルム作成などの材料工学、透明な生物由来化合物を用いた化粧品の開発、生物を透明化して生体深部を非破壊観察する病理診断といった医療分野など、夢が広がります。

脊索動物の基本構造を持ち、扱いやすいホヤは、脊索動物の形作りを理解する面で非常に重宝されている実験動物ですが、特に一般的なモデル生物のカタユウレイボヤは卵がそれほど透明ではなく、生体深部のイベントを顕微鏡観察することは難しいといった課題がありました。ガラスのように透明な体を持つヨーロッパザラボヤの幼生はその点を解消できるまたとない強力な研究材料であるため、現在我々はヨーロッパザラボヤを次世代モデル生物とすべくその基盤づくりに励んでいます。

おいしさだけではない、ホヤの魅力

あまりにも人とかけ離れた見た目であり、よく貝と間違えられることもありますが、ホヤは我々脊椎動物と一番近縁な無脊椎動物です。食感は貝類に似ているかもしれませんが……。ホヤはニッチな食材ですが、最近人気が高まっているように思います。著者らもホヤが好きで、宮城の女川に研究で伺った際は、おいしいホヤ料理をいくつも食べて帰りました。ホヤの刺し身や蒸しホヤは日本酒にとても合いますね。ほやほや学会というホヤ食を広めようと努めている方々もおられ、Twitterアカウントをフォローするとホヤ料理の写真など楽しめます。

ホヤのなかには無性生殖を行い、自分自身のクローンからなる集団を作成して増えていくという非常に独特な形質を備えた群体ボヤも居ます。この群体性という能力は、主に固着生物における海岩スペースの「陣取り合戦」に勝つことで生息場所を確保し、海の中で生き残るために使われていると考えられます。その戦略の詳細な検証を行うため、本論文の著者の一人である長谷川尚弘は現在、academistにてクラウドファンディング「動かない動物「ホヤ」、その生存戦略に迫る!」を行っています。クラウドファンディングは2020年12月8日までと期限が間もないのですが、興味があったら覗いてみてくださいね。

参考文献
Takumi T. Shito, Naohiro Hasegawa, Kotaro Oka & Kohji Hotta, Phylogenetic Comparison of Egg Transparency in Ascidians by Hyperspectral Imaging.
(ハイパースペクトルイメージングによるホヤ卵透明性の系統進化解析)
Scientific Reports 10, 20829 (2020) DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-020-77585-y

この記事を書いた人

紫藤 拓巳, 長谷川 尚弘, 岡 浩太郎, 堀田 耕司
紫藤 拓巳, 長谷川 尚弘, 岡 浩太郎, 堀田 耕司
紫藤 拓巳(しとう たくみ/写真左上)
慶應義塾大学大学院 基礎生物学専攻 生命システム情報専修 前期博士課程1年

長谷川 尚弘(はせがわ なおひろ/写真右上)
北海道大学大学院理学院自然史科学専攻 多様性生物学講座Ⅰ 博士後期課程1年

岡 浩太郎(おか こうたろう/写真左下)
慶應義塾大学理工学部生命情報学科 教授

堀田 耕司(ほった こうじ/写真右下)
慶應義塾大学理工学部生命情報学科 准教授