生物多様性の歴史的な変動を復元する国際プロジェクト

気候変動は、私たちの暮らしと密接に関係しています。そのなかでも、温暖化に応答した生物多様性の劣化は、自然環境や農林水産資源など社会・産業の基盤に直接的に影響を及ぼします。したがって、気候に関係した生物多様性の変化の仕組みを理解し、将来を予測することは、持続可能な社会を考えるうえで、とても重要です。

自然科学の歴史を振り返ると、生物多様性の研究は18世紀や19世紀のリンネやダーウイン以来、基礎研究として発展してきました。そして、今日、生物多様性科学は、歴史的に蓄積された膨大な自然史情報をもとにして、気候変動問題や生物多様性保全問題に対峙する応用科学としての役割を期待されています。このような背景のなか、私たち研究チームは、気候に関係した生物多様性の歴史的な変動を復元する国際プロジェクトを行っています。

地球上の生物多様性の分布は不均一です。陸や海のさまざまな生物群集をみると、生物種数は熱帯で豊富で、高緯度になるにつれて種数が少なくなる“生物多様性の緯度勾配”と呼ばれるパターンがみられます。このような生物多様性パターンの起源と維持に関するメカニズムの解明は、進化生態学の最も重要なテーマのひとつです。

緯度に沿った生物多様性の地理的変化は、気候の変化に関する生物群集の応答を反映している。温暖湿潤なインドネシアの熱帯林(上)は多様性がとても豊かな常緑広葉樹林であり、北海道の冷温帯林(左下)は多様性が中程度の落葉樹と針葉樹の混交林になり、高緯度寒冷地域のカナダの北方林(右下)は、多様性が極めて少なく針葉樹だけの森になる。

最近では、気候変動による地球温暖化の進行が、生物多様性ホットスポットや生物多様性の地理分布に及ぼす影響が懸念されています。このような観点から、私たちの研究グループは、生物の化石分布と古気候の関係性をもとに、地球上最大のバイオームの海洋に着目して、生物多様性の歴史的な変動を明らかにすることを着想しました。そして、原生動物である浮遊性の有孔虫を材料にして、海の生物多様性が温暖化に応答してどのように変化してきたのか、また今後どのように変化するのかを検証しました。

(左)熱帯の浅域のサンゴ礁には、とても豊かな生物多様性が分布している。
(右)浮遊性有孔虫(Globigerinella adamsi)の電子顕微鏡写真(c)Briony Mamo, Macquarie University

海洋の「浮遊性有孔虫」を指標に生物多様性を可視化

私たちはまず、最終氷期(約2万年前)から近未来にかけての気候変動を明らかにしました。地球の気候は、約2万年前の最終氷期の後、徐々に暖かくなり、自然の温暖化が進行しました。最終氷期から産業化以前1800年代にかけての海水温の分布においては、赤道付近での水温の温暖化が、濃い赤色から読み取れます。

また、100年後の未来(2090年)においては、人間の産業活動に起因する人為影響によって地球温暖化がさらに進行していることもわかりました。海水温は世界規模で上昇し、特に赤道付近の熱帯で急速に高温化することが予測されています。

最終氷期(約2万年前)から近未来にかけての気候変動と本研究のながれ

氷河期以降の気候変動により、生物多様性はすでに衰退している

続いて私たち研究チームは、地球上に分布している浮遊性有孔虫(約40種)の化石記録を地図上に描いて、2万年前から現代までの有孔虫の種数(生物多様性)の世界的な分布変化を可視化しました。その結果は興味深く、また驚くべきことに、温暖化によって熱帯の生物多様性はすでに劣化しつつある、というデータが得られてきました。

最終氷期では、有孔虫の種数が豊かなホットスポットは赤道付近の熱帯で、海の生物多様性には明瞭な緯度勾配があることがわかりました。一方、最終氷期の後から1800年代以前までに相当する期間では、「氷期後の自然の気候温暖化」にともなって赤道域の種数の落ち込みが徐々に進行していることがわかりました。

私たちの分析によると、このような浮遊性有孔虫の種数の変化は、自然の温暖化による生息環境の変化で、もともと熱帯に分布していた一部の種が高緯度に移動して、結果として熱帯の生物多様性が減少したことが原因でした。熱帯は有孔虫の多様性を維持するには、もはや暑すぎることがわかりました。

さらに、人間の産業活動による「人為的な地球温暖化」が加速すると、100年後の未来にかけて種の分布が急激に変化することが、シミュレーション分析で明らかになりました。2090年には赤道域の種数の落ち込み、すなわち熱帯の生物多様性の衰退が急速に進行することが予測されます。

有孔虫種数の地理分布の時系列変化
約2万年前の最終氷期(A)、産業化が始まる前1800年代(B)、地球温暖化が進行した未来2090年(C)における、浮遊性有孔虫の種数の緯度勾配。左の種数分布地図をもとに、時代ごとの緯度帯の種数を予測して種数の緯度パターンを右図にグラフ化した。

一連の分析結果から、「地球温暖化と熱帯における生物多様性の減少との明確な関連性」が明らかになりました。私たち人間社会が今までどおりの産業活動を継続して二酸化炭素を排出し、さらに地球の温暖化が進行した場合、100年後の未来には、赤道における海洋の生物多様性が、人類の歴史において前例のないレベルにまで劣化する可能性があるのです。

私たちの研究チームでは、海の研究と並行して、陸上の森林バイオームについても化石データをもとに、超長期的な生物多様性変動の歴史を分析しています。その予察結果からは、陸上の樹木の多様性も、海と同様に古気候に関係してダイナミックに変動していることが明らかになりつつあります。地球の生物多様性は、気候変動の脅威にさらされていることが明らかで、気候変動に関係した生物多様性の保全は、社会的にも待ったなしの問題なのです。

ビハインド・ザ・シーン – 各分野の知見を総動員し生物多様性の保全に挑む

今回ご紹介したような地球規模のマクロ生態学の研究は、進化生態学や古生物学や生物地理学の知見を総動員して行います。また、世界中の生物情報を分析するので、国際的な研究チームの組織構築、さまざまな国や地域の研究者との協働が重要です。

実際、このプロジェクトでは、毎年沖縄に集合してワークショップを行っていました。会合では、沖縄の島トウガラシを素材にしたオリジナルのクラフトビール(すごいガツン系のビール)まで醸造し、参加者一同で、文字どおり生物多様性に酔いしれて熱い議論を交わし、それが論文として結晶しました。生物多様性の起源と維持に関する基礎研究をもとにして、気候変動に適応した生物多様性の保全研究は社会的な意義も大きく、とてもチャレンジングな研究分野であると考えます。

国際的かつ多様な研究者の協働により、地球規模のプロジェクトを遂行している。

参考文献
Moriaki Yasuhara, Chih-Lin Wei, Michal Kucera, Mark J. Costello, Derek P. Tittensor, Wolfgang Kiessling, Timothy C. Bonebrake, Clay Tabor, Ran Feng, Andrés Baselga, Kerstin Kretschmer, Buntarou Kusumoto, and Yasuhiro Kubota, Past and future decline of tropical pelagic biodiversity.
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. doi/10.1073/pnas.1916923117
www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1916923117

この記事を書いた人

久保田 康裕, 安原 盛明
久保田 康裕, 安原 盛明
久保田 康裕(画像左)
琉球大学理学部教授・シンクネイチャー代表取締役。
森林からサンゴ礁まで陸海のさまざまな生態系の成り立ちに興味を持ち、生物多様性の保全計画や気候変動適応を、科学的な枠組みで具現化するための研究を展開している。昨年夏には研究室を企業化し、研究成果の社会実装を推進。生物多様性科学を収益化するアクションで、基礎研究と応用研究を持続的に駆動させることを模索している。

安原 盛明(画像右)
香港大学理学部生物学科准教授。
大阪市立大学にて学位取得(博士)。その後、米国地質調査所、スミソニアン自然史博物館、高知大学 海洋コア総合研究センターを経て現職。古生物学と生物学の境界領域を専門とし、生物多様性のグローバスなスケールのパターンや長期的な時間スケールでの変動、気候変動および人間活動の生態系への影響、などについて幅広く研究を展開している。これまで約100編の研究論文を執筆し、多数の国際研究雑誌の編集にたずさわり、世界各地での講演を積極的に行っている。第20回琵琶湖賞、日本古生物学会学術賞(2017年)受賞。