透明な導電体とは?

身の回りにあるさまざまな物質には、ガラスのように透明な物質と金属のように不透明な物質が存在しています。透明性は物質中の電子の振る舞いに関連しているため、金属のように電気を流す導電体は一般的に不透明であることは、直感的にもわかりやすいと思います。

しかしながら、この世には透明性と導電性の両方を併せ持つ「透明導電体」という物質が存在しており、ディスプレイなど産業応用上重要な物質として長年研究開発が行われています。ただ、実用水準の透明導電体の材料はすべて、電子が流れるn型であり、”電子が抜けた穴”が電気伝導を担う「p型透明導電体」は材料設計が難しく、未だ研究開発の段階に留まっています。しかしながら、多様な電子デバイスを実現するためにはn型とp型両方の材料を組み合わせることが必要です。

一方で、「超伝導体」と呼ばれる物質も次世代の電子材料として期待されています。これは極低温で電気抵抗が完全にゼロになる究極の電気伝導性を持つ材料です。核磁気共鳴画像法(MRI)や超伝導リニアで実用化されているだけでなく、省エネルギーを実現する次世代電子素子としても応用が期待されています。しかしながら、電気を究極的に流す超伝導体は当然ながら不透明な物質です。そのため、これまで超伝導性とp型透明導電性の両方を併せ持つような「p型透明超伝導体」は発見されておらず、その設計方針すら存在しませんでした。

最近、私たちの研究グループは層状ニオブ酸リチウム(LiNbO2)という物質に着目することによって、世界初の「p型透明超伝導体」を実現しました。本稿ではそのストーリーと基礎物理について簡単に解説していきたいと思います。

層状ニオブ酸リチウムのイメージ図。ニオブ原子と酸素原子がつくる二次元層に起因して、超伝導体にもかかわらず高い可視光透明性を示す。

超伝導を示すLiNbO2の合成へのチャレンジ

LiNbO2という物質は30年程前に超伝導体であることがすでに報告されている材料でした。しかし物質合成の困難さなどから、透明性などの詳しい性質はこれまで明らかにされていませんでした。そのためLiNbO2は有用な物質とはみなされず、ほとんど注目されていない状況でした。

しかしながら、この物質は他の物質では実現できない特徴をたくさん持っていることに我々は気付き、研究をスタートさせることを決断しました。我々のグループがこれまで培ってきたさまざまな物質合成技術を駆使することで、独自の”三段階合成法”を開発し、超伝導を示すLiNbO2薄膜の合成に世界で初めて成功しました。

しかし成功までは試行錯誤の連続でした。通常の手法のように高温で直接合成を試みると、LiNbO2とは別の組成の結晶ができてしまいました。そこで、室温で組成を調整(Step 1)した後に高温で結晶化(Step 2)するアイデアを適用することで、この問題を解決しました。この結晶化では、水素ガスを同時に導入して還元反応を起こすことが鍵となりました。

一方で、結晶化したLiNbO2を超伝導体にするためには、結晶構造を保ちながら逆の酸化反応を起こす必要がありました。そこで我々は、古くから知られるヨウ素溶液の酸化作用に着目しました(Step 3)。イソジンやヨードチンキとして有名なように、ヨウ素溶液はうがい薬や外科手術の殺菌・消毒剤として広く利用されています。その殺菌消毒効果は物質から電子を奪う酸化反応そのものです。

また本学出身の白川英樹博士は、ヨウ素を利用してポリアセチレンから電子を抜きとり、電気を流すプラスチックの合成に初めて成功したことで2000年にノーベル化学賞を受賞していることも思い出されました。その効果をうまく利用することで、簡便かつ精密な合成法を確立することができました。

超伝導を示すLiNbO2薄膜の三段階合成法の詳細と作製した薄膜の写真(左)。各段階の透過スペクトル(右)。直接合成が不可能であった単結晶の層状ニオブ酸リチウムがStep 2で赤褐色の試料として得られる。ヨウ素溶液に浸し、電子とリチウムイオンを一部抜いたStep 3では可視光の平均透過率が約50 %まで上昇する。

LiNbO2は電子を抜くと透明性と超伝導性がともに発現した!

合成した薄膜の電気伝導性を測定すると、4.2 K(-269 ℃)以下の極低温で電気抵抗がゼロになり、これまでに知られていたとおり超伝導体であることが確認できました。一方でヨウ素溶液から取り出した薄膜は予想外にも赤色から黄色へと劇的に変化しており、可視光の平均透過率が50 %に達する高い透明性を示しました。

従来のp型透明導電体と常温における性能を比較すると、電気伝導性と透明性が共に優れていることが明らかになりました。ヨウ素溶液に浸して電気伝導性を上げると同時に透明度も向上するという、従来の物質とは対照的な結果が得られました。

常温におけるさまざまなp型酸化物透明導電体の性能。右上に行くほど性能が優れている。電気伝導性と透明性は相反する性能であり、従来の物質では電気伝導率を高めようとすると透明性が下がってしまう(オレンジ色の矢印)。それとは対照的に、LiNbO2ではホールを増やして(電子を抜いて)電気伝導率を上げると透明性も上がる、という正の相関がある(緑色の矢印)。

透明性と超伝導性が共存する理由とは?

詳細な物性測定と解析を行うことでその理由も解明できました。物質内でニオブ原子と酸素原子が三角柱型構造を作り二次元に並んでいることが本質でした。この特殊な構造により、(1) 光への応答が遅い「強く相関した電子」と、(2) 光吸収が起こりづらい「強く孤立したバンド構造」というユニークな特徴が実現されていました。これらの電子状態が協奏することで、可視光領域で高い透明性が実現されていたのです。ヨウ素溶液の酸化作用は超伝導を発現させるだけでなく、それらの特徴をほどよく調整する役割もしており、そのため可視光領域の透明性が向上したことも明らかになりました。

p型透明超伝導性の起源。三角柱型の二次元層構造に起因して”強相関電子”と”孤立バンド構造”が実現される。それぞれが近赤外領域と紫外領域のスペクトルを形づくり、透明な領域がちょうど可視光領域と重なることで高い透明性が生じる。

今後への期待

p型透明超伝導体」が実現したことで、透明導電性と超伝導性を駆使した次世代の電子デバイスが設計できます。しかし最も興味深いのは、この結果は単なる新材料の発見や新合成法の開発だけに留まらない点です。この研究ではp型伝導性と透明性を同時に高められることや透明性の起源も解明されました。物質科学の視点から、これらを基軸にした新しい材料設計ストラテジーの検討はすでに始まっており、高性能化やさらなる新材料の開拓が期待できます。

本材料をはじめとする酸化物は本質的には”石ころや鉱物”と同じであり、安価で環境に無害なため、酸化物で実用材料を実現することは元素戦略の観点で社会貢献に繋がります。また、本物質は材料としての応用だけではなく、透明性を実現した物理的におもしろい本質が潜んでいることも突き止めつつあります。本物質を舞台にすることで新しい物理現象を観測できる可能性もあり、今後のさらなる研究展開に期待しています。

なお、出版された原著論文は、以下の参考文献のリンクから無料でPDFのダウンロードが可能なので、ぜひアクセスして読んでみてください。

参考文献
Takuto Soma, Kohei Yoshimatsu, and Akira Ohtomo, p-type transparent superconductivity in a layered oxide. Science Advances 6, eabb8570 (2020).
https://advances.sciencemag.org/content/6/29/eabb8570

この記事を書いた人

相馬 拓人
相馬 拓人
相馬 拓人(そうま たくと)
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 助教。
2010年 埼玉県立不動岡高等学校卒業。2015年 東京工業大学工学部卒業。2019年9月 東京工業大学物質理工学院博士課程を中途退学し、2019年10月より現職。専門は材料科学・物性物理学・固体化学。新物質の開拓と強相関物性の解明に興味がある。趣味は研究・音楽・ラグビー。