水と混ざらない”新しい水”とは? – 高圧氷/水界面のダイナミックな水の振る舞いを、直接観察する
奇妙な現象の舞台となる氷界面
普段から私たちが何気なく接している水ですが、このありふれた液体が、液体の常識からすると極めて奇妙な液体だということを、意識されている方は少ないかもしれません。
よく知られている水の特異な性質の例としては、4℃で密度が最大値をとるという性質が挙げられ、他の液体で一般的に見られる線形的な密度の温度変化と比べてみると、水の異常性を実感することができます。このような性質がなければ、たとえば海水に浮かぶ氷河等といった、今日私たちの住む地球で見られる景色は、まったく異なったものになっていたかもしれませんし、そもそも、私たちが存在することすらできなかったかもしれません。
私たちの世界を支えるこの奇妙な液体ですが、驚くことに、その特異物性の起源は未だに解明されていないのです。このミステリアスで重要な水の固体としての形態は氷ですが、その表面である「水蒸気/氷界面」は、さらに奇妙な現象が現れる舞台として知られています。たとえば、水が凍る0℃(凝固点)以下の温度でも氷表面はわずかに融けて液体層を形成しています。私たちは、スキーを楽しんだり、雪だるまを作ったりすることで、知らないうちに氷表面を利用しているだけでなく、この液体層が左右する化学反応の結果生じる気候のなかで生活をしています。
このように、水蒸気/氷界面は多くの身近な現象に関わっているため、これまでに膨大な研究が行われています。最近、その液体層は私たちの直感に反するような振る舞いでうごめいていることが、先進的な顕微鏡観察による研究で明らかにされつつあります。
未開拓の「水/氷界面」へのダイヴ
水蒸気/氷界面だけではなく、氷にはもうひとつの界面があります。それは、水と氷の界面です。氷山の一角という言葉が示すように、水/氷界面の地球上での存在度は、水蒸気/氷界面よりも大きいかもしれません。それだけでなく、冥王星に代表される宇宙の氷天体の氷火山等の地質活動は、水/氷界面に支配されていると言って良いでしょう。このように、水/氷界面は水蒸気/氷界面と同様に重要であるにも関わらず、その調査はこれまでほとんど進んでいませんでした。
そこで、私たちは未開拓の界面である「高圧氷/水界面」を対象に、光学顕微鏡を用いたその場観察による調査を試みました。対象とした高圧氷は、氷IIIと呼ばれる多形で、-20 ℃・248 MPaという低温高圧環境下で生成する氷です。-20 ℃に保たれた低温室内で、アンビル型高圧発生装置を用いて超純水を加圧することで、水から氷IIIを結晶化し、加圧/減圧により水中で成長/融解する氷IIIの表面を偏光顕微鏡によりその場観察しました。
姿を現した“新しい水”
その場観察の結果得られた水/氷界面の顕微鏡像を下図に示します。下図Aは、水中で成長・融解する氷IIIの偏光顕微鏡のその場観察像です。ぼんやりと眺めていると、ただ氷が水中に沈んでいるだけに見えるかもしれません。しかし、目を凝らして、成長する氷の界面を観察すると、周囲の水に対して界面を形成する液体の膜の存在が(下図B a)、さらに、溶解する氷の界面では、やはり水に対して明確に界面を形成する微小液滴の存在が捉えられていることがわかります(下図B b, d)。その様子を下の動画にも示しました。
これが、世界で初めて顕微鏡で捉えられた氷III/水界面に潜む未知の“新しい水”の姿です。さらに、液膜の厚みと液滴のサイズから、液滴の濡れ角を見積もることで、“新しい水”はそれを取り囲む通常の水と比較して密度が高いことが示唆されました。また、分子動力学法に基づいた計算機シミュレーションにより、氷IIIが作られる温度・圧力条件にした水は、氷IIIの水分子の並び方に近い構造を取ることが示唆され、“新しい水”が高密度であることが支持されました。
通常の水と混ざり合わない“新しい水”の奇妙な振る舞い
興味深いことに、“新しい水”は加圧・減圧の仕方によって、ダイナミックで多種多様な振る舞いを見せることがわかってきました。膜状の“新しい水”は、所々に穴のような窪みがあり、氷の成長とともにその窪みが生成・消滅を繰り返すことで揺らぐ振る舞いを見せます。一方、液滴は出現後に氷表面を活発に動き回りました(上の動画)。
さらに観察を進めると、“新しい水”は氷成長時に均質な液膜としても存在し(下図A 25秒, B a)、加圧を止めると不均質化して迷路のような形態へと変化することがわかりました(下図A 33-41秒, B b)。その様子を下の動画にも示しました。
この特徴的な形態は、一般的に両連続的パターンと呼ばれています。このパターンは、お互いに混ざり合わない2種類の液体が共存したときに示す特徴的なパターンです。つまり、両連続的パターンの形成は、“新しい水”と普通の水が、お互いに違う性質を持っていることを象徴しているといえるでしょう。
着目すべきは、水は一成分系であるということです。この場合、混ざり合わない性質の起源は成分の違いではなく、密度の違い、すなわち、液体構造の違いであると考えるのが適切でしょう。水/高圧氷界面では、通常の水とは“異なる構造の水”が人知れずうごめいていた、という事実が“新しい水”の振る舞いから示されたのです。
水の特異物性を実験的に解明する足掛かりとなるか?
“異なる構造の水”の発見は、漠然とミステリアスで魅力的な存在を見つけた、というだけではありません。水に関する科学にとって重要な意味を持ちます。これは、水の特異物性を説明する鍵となるのが“異なる構造の水”の存在だからです。
1992年に、特異物性を説明する「第二臨界点仮説」という仮説が提唱されています。この仮説は、低温高圧環境下で水が高密度液体と低密度液体に分離(第二臨界点での液―液相分離)すると仮定すれば、水の特異物性を説明することができる、という仮説です。この仮説は、さまざまな分光・放射線散乱実験に基づく分子レベルの微視的構造の知見から広く支持されていて、今日では最も有力な仮説として認識されています。
ところが、その決定的証拠となる、第二臨界点での巨視的な液―液相分離の直接観察は未だ成されていません。これは、理論的に予測される第二臨界点が、-41.15 °C・27 MPa付近1という、水が即座に凍ってしまう、実験的に到達不可能なno man’s landと呼ばれる領域にあるためです(下図)。
このため、水の特異物性に関する実験的研究は困難を極めており、閉塞した状況にあります。このような状況のなか、通常の水と構造の異なる“新しい水”を直接捉えた意義は大きいと私たちは考えています。
現時点では、“新しい水”が第二臨界点仮説の示す“構造の異なる水”に対応し、今回観察された“新しい水”の挙動が液―液相分離に対応するとは必ずしもいえません。しかし、水の中で“構造の異なる水”が現れたのは事実であり、no man’s landに潜んでいた液体が水/氷界面を介して私たちの目の前に姿を見せたのかもしれません。これは、これまで絶望的と思われていた水の液―液相分離の直接観察が、no man’s land外の条件で可能となることを意味しています。
この意義は水研究だけに留まりません。一成分系流体の液―液相分離はその観察例が稀で、未だに不明点が多い現象です。そのため、これからの“新しい水”研究の発展が液体の科学に意義ある知見を与えていくこととなるでしょう。私たちの“新しい水”の発見を足掛かりに実験的研究の閉塞した状況が打破され、水の特異物性解明の鍵を握る液体を眼前に、秘密の扉が開く日が近づいていることを期待します。
最後に
本コラムでは、私たちの、高圧氷/水界面における“新しい水”の発見について紹介しました。皆さんが普段何気なく接している“単なる水”の裏にも、研究者たちの知恵や努力により築き上げられた壮大なストーリーがあるということを、この記事をきっかけにより深く認識してもらえると嬉しく思います。また、生活のなかで通り過ぎる水に関わる現象を、今回紹介した視点から改めて眺めてもらうことで、皆さんの日々の彩りとなれば幸いです。
脚注
1. 若干異なる条件を予測した先行研究もありますが、ここでは以下の参考文献3の示す条件を記載しています。
参考文献
- Nagata, Y.; Hama, T.; Backus, E. H. G.; Mezger, M.; Bonn, D.; Bonn, M.; Sazaki, G. The surface of ice under equilibrium and nonequilibrium conditions. Acc. Chem. Res. 2019, 52, 1006-1015.
- Poole, P. H.; Sciortino, F.; Essmann, U.; Stanley, H. E. Phase behaviour of metastable water. Nature 1992, 360, 324-328.
- Fuentevilla, D. A.; Anisimov, M. A. Scaled Equation of State for Supercooled Water near the Liquid-Liquid Critical Point. Phys. Rev. Lett. 2006, 97, 195702.
- Niinomi, H.; Yamazaki, T.; Nada, H.; Hama, T.; Kouchi, A.; Okada, J. T.; Nozawa, J.: Uda, S.; Kimura, Y. High-Density Liquid Water at a Water–Ice Interface. J. Phys. Chem. Lett. 2020, 11, 16, 6779–6784. DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.0c01907
この記事を書いた人
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新家寛正(写真左上)
東北大学金属材料研究所 助教
2006年愛知県立時習館高等学校卒業。2010年東北大学理学部地球惑星物質科学科を卒業後、2012年同大学大学院地学専攻にて修士(理学)を取得。2015年に名古屋大学大学院マテリアル理工学専攻にて博士(工学)を取得し、日本学術振興会特別研究員(PD) (於大阪大学)、千葉大学 分子キラリティー研究センター特任助教を経て2018年4月より現職。2015年第13回日本結晶成長学会奨励賞などを受賞。
木村勇気(写真右上)
北海道大学低温科学研究所 准教授
立命館大学理工学研究科 物質理工学専攻 博士後期課程修了、博士(理学)、 NASA ゴダード宇宙飛行センター(学術振興会海外特別研究員)、東北大学大学 院理学研究科 助教などを経て現職。2010年科学技術分野の文部科学大臣表彰 若 手科学者賞、2013年国際結晶成長機構Schieber Prize、2017年 第3回宇宙科学研 究所賞、2018年 第14回 日本学術振興会賞などを受賞。
灘浩樹(写真左下)
産業技術総合研究所 環境創生研究部門 反応場設計研究グループ長
1995年北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。科学技術振興事業団科学技術特別研究員、産業技術総合研究所環境管理研究部門主任研究員などを経て2020年より現職。レアイベント計算科学や教師なし機械学習の手法による結晶成長機構などの研究を行っている。
山崎智也(写真右下)
北海道大学低温科学研究所 日本学術振興会特別研究員(PD)
東北大学大学院地学専攻博士課程退学。論文博士(理学 東北大学)。北海道大学低温科学研究所 学術研究員、博士研究員などを経て現職。