ヘビとカエルの攻防

捕食者と被食者は、共進化の過程でさまざまな戦術を発展させてきたと考えられています。両者の駆け引きに関する研究はこれまで数多くなされており、また、どのような行動が捕食や捕食回避に適しているのかを評価する理論的研究も進んでいます。しかしながら、戦術と呼ばれるものが実際どのように機能しているのかについて実証的な知見は十分に得られていませんでした。

捕食回避における従来の一般的な認識のひとつに、捕食者に近づかれないうちに逃げた方が逃げ切りやすいというものがありました。しかしながら、この認識のもとでは説明のつかない行動をとる動物もいます。「ヘビににらまれたカエル」という言葉があるように、カエルの多くは、天敵であるヘビに直面するとまず静止します。そして、ヘビに至近距離まで近づかれてから逃げ始めます。

この行動は、捕食者の接近を許すという点で専ら生残性を低めるものとして考えられてきましたが、その実態はこれまで調べられていませんでした。そこで、実際にこの静止する行動が捕食の成否にどのように影響しているのかを検証してみることにしました。その結果、この行動は生残性を低めるものではなく、むしろ次の3点の戦術的側面によって生残性を高めていることが明らかになりました。

トノサマガエルとシマヘビが対峙している様子

後手に回る戦術

トノサマガエルの逃避運動は、一旦跳んでしまえば着地まで空中を放物線を描いて移動するものであり、途中で進路を変更することはできません。そのため、トノサマガエルがシマヘビより先に動き出すと、即座に追跡され、場合によっては動きを読まれ空中で捕らえられる恐れもありました。他方、シマヘビにおいても、一旦咬みつきの動作を始めるとその進路を途中で変更できませんでした。さらに、シマヘビは咬みつきの動作によって身体が伸びると、それを再び曲げてからでないと移動できないことも確認されました。そのため、シマヘビが先手で咬みつこうとすると、下の動画のように咬みつきがよけられやすく、かつその後約0.4秒間追走できずにいることが明らかになりました。


ヘビとカエルにおいて、先手が不利となってしまう様子

この約0.4秒の猶予がトノサマガエルにとってどのような意味を持つのかを、野外観察によって検証しました。その結果、トノサマガエルはシマヘビに襲われた際に、0.4秒ほどの時間があれば安全圏となる周辺の水場に到達できることが確認されました。このことから、後手に回って逃げることによって得られる時間は、捕食回避に大きく寄与するものであることが判明しました。

トノサマガエルにとって、後手に回る戦術の運用上の難点は、シマヘビの第一撃をかわすことが前提となっていることです。というのも、シマヘビに近づかれすぎてしまうと、咬みつきへの反応が間に合わず第一撃をかわせなくなってしまうからです。この間合いにおいては先手有利となるので、トノサマガエルはシマヘビの咬みつき開始前にいち早く逃げはじめた方が適応的であり、シマヘビもそうはさせじと早く仕掛けた方が合理的となります。

そこで、トノサマガエルが第一撃をかわせるかどうかの境目の距離を推定し、トノサマガエルが実際に先手で動き始めた距離と比較しました。その結果、トノサマガエルはこの境目のあたりで後手から先手に切り替えていることが明らかになりました。したがって、トノサマガエルは第一撃の当たりやすさを基準にして、先手をとるか後手をとるかの判断を合理的におこなっていることが示唆されたわけです。

さらに興味深いことに、シマヘビも同様に第一撃がかわされるかどうかの境目のあたりで、後手から先手に切り替えていることが確認されました。このことは、トノサマガエルが第一撃をかわせる距離において、相手の先手を待つという合理的な選択をトノサマガエルとシマヘビの両方がすることによって、結果として我慢比べのようなにらみあいの状態に陥ってしまうことを示すものでした。

他のカエルを囮にする戦術

トノサマガエルとシマヘビが対峙した際、トノサマガエルが逃げない一方で、シマヘビもすぐに襲いかかるわけではありません。シマヘビは時折わずかな移動をしつつも静止していることが多く、時には1時間近く静止し続けている場合もあります。そのため、両者が対峙すると、どちらも大きな動きがないまま時間だけが経過する、いわば膠着した状態になります。この膠着状態は、前項で示したように、相手の先手を待つという適応的な選択を両者がすることによって生じるものだと説明できますが、実はこの膠着状態そのものがトノサマガエルの捕食回避に役立っているということも、実験によって明らかにされました。

ここでの戦術は、膠着状態によって、シマヘビが他のトノサマガエルに向かいやすくなるというものです。予備調査によって、下図のようにトノサマガエルは同じ場所に多数生息しているうえに、トノサマガエルは静止したシマヘビを天敵として認識できないことが確認されました。

調査地10 m2におけるトノサマガエルの個体数(月別)。灰色で記した範囲はシマヘビが採餌活動を行う一般的な期間を表す。調査地は田の畦道、京都市岩倉、調査実施年は2013年。

そのため、トノサマガエルとシマヘビがほとんど動かずににらみ合っている最中に、他のトノサマガエルがシマヘビに気づかずに付近に現れるという状況は十分に起こりうると考えられます。そこで、この状況を実験下で再現し、シマヘビの狙いがどう変化するか観察をおこないました。

その結果、シマヘビはあるトノサマガエルと対峙している最中に、他のトノサマガエルが付近で動くと攻撃の矛先をそちらに移すことが判明しました(下図A、B)。さらに、一旦攻撃の矛先を移すと、当初狙っていたトノサマガエルの位置がわからなくなることも確認されました(下図C)。このことから、カエルがヘビと対峙して逃げずにいることには、他のカエルを犠牲にして捕食を回避するという利己的な側面があることが判明しました。

トノサマガエル2個体 (a,b) に対するシマヘビの捕食行動
A) シマヘビはカエルaに向かって時間をかけて接近していた。
B) カエルbが動いた途端、シマヘビはカエルbに襲いかかった。
C) カエルbを捕食した後、シマヘビはカエルaへの捕食行動を再開せず、他所へ移動していった。

ヘビから見つかりにくくする戦術

上記の2戦術はトノサマガエルがすでにシマヘビに発見されている状況での話ですが、まだ発見されていない状況でも同様にトノサマガエルはまず動きを止め、シマヘビを引きつけてから逃げ始めることが確認されました。シマヘビにトノサマガエルを探させる実験を行ったところ、下表のように、シマヘビは動いているトノサマガエルを遠くからでも発見できますが、静止しているトノサマガエルに対しては至近距離まで近づかないと発見できないことが明らかになりました。

トノサマガエルに対して捕食行動を行ったシマヘビの数(括弧内の数値は各実験に用いたシマヘビの合計数)

トノサマガエルが実際に逃げ始める距離は、ちょうどシマヘビが静止したトノサマガエルを発見できるようになる距離であったことから、シマヘビに発見されるリスクに応じて適切に静止と逃走とを切り替えていることが示されました。さらに、近距離で逃げ始めることには、シマヘビを驚かせる効果があることも確認されました。


近距離での逃避行動によってシマヘビが驚く様子

このことから、引きつけてから逃げるというトノサマガエルの行動は、シマヘビの探索能力にうまく対応しており、なおかつ捕食行動を抑止するという点でも優れていることが明らかになりました。

トノサマガエルの戦術のまとめ

以上の研究によって、トノサマガエルは、シマヘビに見つかっていてもいなくても、周囲に他個体がいてもいなくても、もっぱらシマヘビを引きつけてから逃げ始めるという行動を行い、この行動は各状況ごとに独特の戦術性を発揮していることが確認されました。

一般に、捕食回避における適切な行動選択には、正確な状況認識が重要であると考えられています。なぜなら、大抵の防御行動は特定の状況においてうまくはたらき、他の状況ではむしろ捕食回避に不利にはたらきかねないからです。他方、トノサマガエルは単一の防御行動をもってして、起こりうる各種状況に効果的に対処していました。このことは、トノサマガエルが汎用的な戦術を持つことで状況誤認のリスクを低減していることを意味するものでした。以上から、トノサマガエルは個別の状況に戦術的に対処しているだけでなく、対応を一本化して多様な状況に低リスクで対処するという、より戦略的な防衛策を講じていることが示唆されました。

「ヘビににらまれたカエル」という言葉は、何かに怯え恐怖で動けなくなっている状況の喩えですが、実のところ、ここで動きを止めているカエルは、安易に逃げるという選択をするのではなく、むしろ恐怖に飲まれない優れたゲームプレイヤーとしてその場にとどまっているという認識の方が正しいのかもしれません。

参考文献

    • 後手に回る戦術

Nishiumi N, Mori A. “A game of patience between predator and prey: waiting for opponent’s action determines successful capture or escape” Canadian Journal of Zoology, 98: 351-357. (2020) doi:10.1139/cjz-2019-0164.

    • 他のカエルを囮にする戦術

Nishiumi N, Mori A. “Immobile defence of a frog distracts attention of approaching predators to other prey” Behaviour, 153: 1387-1401. (2016) doi:10.1163/ 1568539X-00003385.

    • ヘビから見つかりにくくする戦術

Nishiumi N, Mori A. “Distance-dependent switching of anti-predator behavior of frogs from immobility to fleeing” Journal of Ethology, 33: 117-124. (2015) doi:10.1007/ s10164-014-0419-z.

この記事を書いた人

西海 望
自然科学研究機構基礎生物学研究所/日本学術振興会特別研究員(PD)。
博士(理学)。2015年、京都大学大学院理学研究科修了・学位取得。2015年、長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科、2017年、岡崎統合バイオサイエンスセンターに研究員として従事。2018年、基礎生物学研究所 NIBBリサーチフェローを経て、2019年より現職。専門分野は動物行動学。Journal of Ethology 2015 Editor’s Choice Award を受賞。