カブトムシ幼虫の急速な成長は冬支度のため?

カブトムシは日本人にとってなじみの深い昆虫であり、幼虫を成虫まで育て上げた経験のある方も多いでしょう。夏の終わりに孵化した幼虫は腐葉土や堆肥を食べて成長し、翌年の初夏に蛹になり、7月ごろに成虫へと羽化します。つまり、カブトムシは一生の大半の期間である約8か月を幼虫として過ごします。幼虫の成長はとても早く、孵化した幼虫は2回の脱皮を経て、2~3か月後には1000倍近くもの体重に成長します。しかし、その後、蛹になるまでの約半年間に体重の増加はほとんどみられません。なぜ体重は幼虫の初期に飽和してしまうのでしょうか?

カブトムシの一生。

このことに対する有力な答えは“冬があるから”であると考えられます。カブトムシの幼虫は10℃以下になると摂食などの活動がほとんど停止します。夏の終わりに孵化した幼虫は約3か月後に冬を迎えることになります。その前にできるだけ大きく成長すれば、厳しい冬を乗りこえられる確率が高くなるはずです。

もし、カブトムシの幼虫の急速な成長が、冬までに大きくなるための適応であるならば、冬が短い地域、つまり南方では、幼虫の急速な成長はみられないかもしれません。つまり、緯度と成長速度には正の関係がみられる可能性があります。

このことを検証するために、私たちは「異なる緯度由来のカブトムシ間で遺伝的に定められた成長速度に違いがあるかどうか」を比較しようと考えました。

緯度と成長速度の関係を明らかにするための指標を開発

幸いなことに、カブトムシは本州、四国、九州、沖縄、韓国、台湾、中国南部などに広く分布しており、どの地域でも、夏に成虫が現れ、1年で1世代を回すという生活環は変わりません。また、成虫の体の大きさも緯度によってほとんど変わりません。そのため、地域間で成長パターンを比べるのに適しています。私たちは、分布の北限である青森から台湾にかけての12か所のカブトムシを調査個体群として選定しました。これらの地域から成虫を採集し、得られた卵から孵化した幼虫を実験に用いました。

実験に用いた集団の由来。黒は在来の集団、灰色は外来の集団を示す。

一般的に昆虫の成長速度は、気温や餌の量によって変化します。私たちが知りたいのは遺伝的に定められた成長速度の違いなので、すべての個体群を同一の条件で飼育する必要があります。今回の実験では飼育室を常に25℃に保ち、幼虫の成長速度を調べました。この温度は、北から南までの多くの地域における、幼虫の成長期である晩夏から初秋の平均気温と大体一致しています。餌としては市販のカブトムシマットを利用しました。年間を通して品質の比較的安定した餌を入手できるのは、このような実験を行ううえで大きな強みです。

共通の環境での個別飼育の様子

孵化した幼虫は1匹ずつプラスチックカップに入れて飼育し、蛹になるまで5~10日おきに体重を測りました。多いときには1000匹近い幼虫を同時に飼育していたうえ、カブトムシの幼虫期間はとても長いので、毎日の計測はとても根気のいる作業でした。それぞれの幼虫の体重の推移は、ゴンペルツ関数という曲線に当てはめ、成長速度を算出しました。また、変曲点に達する日齢も個体ごとに算出しました。これは、急成長が終わるまでの日数であると見なすことができ、成長速度の指標のひとつといえます。そして、緯度とこれらの2つの値との関係を調べました。

北のカブトムシほど早く成長することを解明

これらの解析から、予想以上に美しい結果が得られました。緯度と成長率のあいだには非常に強い正の関係がみられ、また、緯度と急成長が終わるまでの日数のあいだにも非常に強い負の関係がみられたのです。つまり、北方の個体群ほど急速に成長し、早めに成長を切り上げていることがわかりました。

緯度と成長速度のあいだには強い正の相関が、緯度と急成長を終える日齢のあいだには強い負の相関が存在した。北海道の2集団は、回帰直線から大きく外れている。

たとえば、青森の個体群は、台湾の個体群に比べて2.5倍もの速さで成長し、半分ほどの時間で急成長を終えることがわかりました。青森では10月から翌年4月までの半年間近く、気温が低いために幼虫はおそらくほとんど成長することができません。それに対して台湾では気温が高い状態が続くため、成長に使うことのできる時間はたっぷりあるはずです。このような気候の違いが、成長パターンの遺伝的な違いを生み出したと考えられます。

高緯度(青森)、中緯度(屋久島)、低緯度(台湾)の典型的な個体(オス)の成長軌跡

先ほど、カブトムシの分布の北限は青森県であると述べましたが、実はこれは正確ではありません。カブトムシは北海道のほぼ全域に普通にみられます。このような北海道のカブトムシは、もともとそこに生息していたものではなく、飼育個体が野外に逃げて繁殖したものであることがわかっています。移入された時期は諸説ありますが、1950~1970年ごろではないかといわれています。北海道に持ち込まれてからそれなりに長い年月が経過しているので、その間に北海道の環境に適応するように進化している可能性があるかもしれません。

このことを調べるために、北海道の2個体群も成長速度を調べることにしました。すると、北海道の個体群は、青森などの北日本の個体群よりもずっとゆっくりと成長することがわかりました。北海道の個体群の正確な由来はわかっていませんが、彼らは北海道の長い冬に完全には適応していないと考えられます。

高緯度地域の個体群が素早く成長するしくみとは?

私たちは次に、高緯度地域のカブトムシはどのようなメカニズムで素早く成長するかを調べました。素早く成長するには理論的には2つの方法が考えられます。ひとつめは、単位時間あたりにたくさん餌を食べることです。もうひとつは、食べた餌をより効率よく消化・吸収し、体重へと変換することです。これらの2つのうちのどちらか、あるいは両方が急速な成長に関係しているはずです。

これらを区別するために、成長速度の異なる3個体群(高緯度、中緯度、低緯度)の幼虫を用い、成長期の5日間に食べた餌の量と、食べた餌のうち成長に利用された餌の量(成長効率)を、厳密にコントロールした条件下で計測しました。その結果、高緯度と中緯度の集団での成長速度の違いは、食べた餌の量のみで説明されました。

一方で、中緯度と低緯度の集団での成長速度の違いは、食べた餌の量と変換効率の両方で説明できることがわかりました。つまり、単位時間当たりの摂食量は北方集団ほど大きくなるのに対し、成長効率は緯度にしたがって増加するものの、中緯度で飽和しました。

3齢幼虫初期の5日間での摂食量(上)と成長効率(下)。黒いバーは中央値を示す。摂食量は緯度が下がるとともに減少する。一方、成長効率は高緯度から中緯度にかけては変化せず、中緯度から低緯度にかけて減少した。

なぜ成長効率は、緯度とともに線形に増加しなかったのでしょうか。成長効率は消化管の大きさに制限を受けると考えられます。消化管の大きさは体の大きさに対して一定以上大きくすることはできません。これが、成長効率の「足かせ」になっているかもしれません。あるいは、成長効率を上げることで、さまざまな生理的なコストが生じる可能性があります。たとえば、他の昆虫では成長効率を上げると、免疫能が阻害される、寿命が短くなるなどのコストを被ることが知られています。

カブトムシが成長効率をどのようなしくみで上昇させるのか、またどのようなコストが伴うのかは今後の研究で明らかにしていきたいと考えています。

同一種でも異なる生存戦略を駆使する適応能力が分化につながる可能性

今回私たちが研究に用いたのは、同一種のカブトムシであり、幼虫も成虫も外見から産地を区別することはほとんど不可能です。しかし、条件をそろえて幼虫を飼育してみると、それぞれの地域のカブトムシは、まったく異なる成長パターンを示すことがわかりました。このことは、地域によって異なる遺伝子セットを持っていることを意味しています。私たちが現在進めている別の研究からも、幼虫や成虫のさまざまな性質が地域によって異なることがわかりつつあります。

つまり、それぞれの地域のカブトムシは、同一種でも生息地域の気候や環境の影響を受けながら局所適応をとおして独自の進化を遂げてきたと考えられます。皆さんもカブトムシを目にしたら、そのような高い適応能力や進化の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

参考文献
Wataru Kojima, Tatsunori Nakakura, Ayumi Fukuda, Chung-Ping Lin, Masahiro Harada, Yuki Hashimoto, Aika Kawachi, Shiho Suhama, Ryo Yamamoto. Latitudinal cline of larval growth rate and its proximate mechanisms in a rhinoceros beetle. Functional Ecology. in press (2020)
https://doi.org/10.1111/1365-2435.13572

この記事を書いた人

小島渉
小島渉
山口大学大学院創成科学研究科(理学系)助教。2013年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了、農学博士。2017年から現職。専門は動物生態学。さまざまな動物を研究対象としていますが、カブトムシは2010年ごろから研究しており、特に思い入れが強いです。