プリオン病の謎、「種の壁」とは?

哺乳類が患う難治性の神経変性疾患のなかにプリオン病があります。プリオン病は、ウイルスのように核酸ではなくプリオンタンパク質というタンパク質を介して感染するという大きな特徴があります。同じ種のあいだでは、このようなプリオン病の感染は容易に生じますが、ウシとヒトのように種が異なると両者のプリオンタンパク質のアミノ酸配列がわずかに異なるため、感染性は大きく減少します。それは「種の壁」と言われています。

しかし、まれに種を超えたプリオン感染が生じます。それは生体内に存在する可溶性のプリオンタンパク質と異種由来のプリオンタンパク質の凝集体とが偶発的に反応し、もともとは可溶性であったプリオンタンパク質が凝集してしまうためと考えられています。プルシナー博士がプリオン病の研究でノーベル賞を受賞して20年以上が経過したものの、どのような因子が「種の壁」となり、異種間でのプリオン病の感染を抑制しているのか、その分子メカニズムは十分に理解されていません。

酵母を用いてプリオン病の「種の壁」を調べる

我々は、酵母プリオンタンパク質の実験系を用いて、種の壁を越えるプリオン感染の分子メカニズムの問題に取り組みました。出芽酵母にも哺乳類のプリオンタンパク質と同じような振る舞いを示すタンパク質が存在しますが、その酵母プリオンを用いた研究は、プリオン感染現象にとどまらず、神経変性疾患の基本メカニズムの解明に大きく貢献してきています。

これまでの酵母および哺乳類のプリオンタンパク質を用いた異種間プリオン感染研究では、比較的近縁種由来の(アミノ酸配列の類似性が高い)タンパク質が用いられてきました。しかし、本研究では2つの遠縁種由来の(アミノ酸配列の類似性が低い)タンパク質を用いることで、種の壁の分子構造基盤がより明らかにできるのではないかと考えました。

また、感染源となる異種由来のプリオンタンパク質凝集体ではなく、生体内に存在する受け手側の可溶性のプリオンタンパク質を詳しく調べることで、異種間プリオン感染性の制御機構が解明できるのではないかと考えました。

タンパク質の揺らぎとプリオン感染性の関係

今回我々は、S. cerevisiae(SC)およびK. lactis(KL)という相同性が40%程度しかない2つの遠縁酵母種由来のSup35プリオンタンパク質に着目しました。特に、この2種間での感染メカニズムを調べるうえで、SCに内在する可溶性Sup35タンパク質が、どのようにKL由来のSup35タンパク質凝集体と反応し凝集するか調べました。

Sup35タンパク質の凝集形成に関わる領域は天然変性であり、特定の折り畳まれた立体構造をとりません。このような構造上の特性を持つタンパク質を用いて異種間プリオン感染の解析を行うため、高分解能の核磁気共鳴(NMR)法による実験を中心に、試験管内での系統的な遺伝子変異解析、酵母を用いた生体内でのプリオン感染実験、分子動力学計算を用いたシミュレーションなどの多様な研究手法を取り入れました。

そこでまず、SCとKL由来の可溶性Sup35タンパク質の速い時間スケールでの構造揺らぎをNMR法によって比較したところ、興味深いことに、両者で揺らぎが大きく異なる15アミノ酸ほどの短い領域が存在することがわかりました。

核磁気共鳴法によるSC Sup35およびKL Sup35の構造揺らぎの解析。
黄色で示したアミノ酸領域が、SC-KL間で顕著に異なる構造揺らぎを示した。

タンパク質の局所的な揺らぎが「種の壁」を決定する

このようなSup35タンパク質の局所的な揺らぎの違いが本当にプリオン感染性に関係しているのかを調べるために、SC由来Sup35タンパク質内の揺らぎが顕著に異なっていた領域をKL由来のアミノ酸残基に置換し、さらにそのアミノ酸置換の数を減らしていきました。その結果、5つのアミノ酸残基の置換だけでも、局所的な揺らぎと構造がKL由来のSup35タンパク質のように変化し、試験管内および酵母内でKL由来のSup35凝集体と反応し、異種間プリオン感染が生じることを見いだしました。

さらに、このようなアミノ酸置換を含んだ短い天然変性領域内において、メチレン基(=CH2)の有無というアミノ酸側鎖間のわずかな構造の違い(グルタミンとアスパラギンの違い)でさえ、短い天然変性領域の構造を大きく変化させ、異種間でのプリオン感染性をもたらしました。以上の結果から、可溶性Sup35タンパク質に含まれる短い天然変性領域での特定の構造が「種の壁」となり、異種間プリオン感染効率を決定する要因になっていることが明らかになりました。

置換体Aと置換体BではSC Sup35の揺らぎ方が異なる。そのため、置換体AではKL Sup35凝集体と反応し、プリオン感染を導くが、置換体Bでは反応しない。

今後の展望

本研究の成果は、哺乳類におけるプリオン病に見られる「種の壁」の実態の解明とプリオン感染現象の基本メカニズムの解明に貢献すると期待されます。また、プリオン病にとどまらず、さまざまな神経変性疾患において頻繁に観察されている、異なるタンパク質間で生じる“共凝集”の分子メカニズムの理解にも役立つと期待できます。

実際に、神経変性疾患に関連するタンパク質の多くは天然変性領域を含み、異なる種類のタンパク質と共凝集することがしばしば観察されてきましたが、そのメカニズムは十分に理解されていませんでした。本研究の成果から、タンパク質が局所的な構造揺らぎを介して異なるタンパク質と共凝集することで、そのタンパク質の機能喪失や新たな機能獲得を通して神経変性疾患を引き起こす可能性が示唆されます。

このように、異なるタンパク質間での共凝集反応は生体内で有害な影響を与える可能性があるため、そのようなタンパク質内天然変性領域の揺らぎ方の制御は、同疾患に対する新たな治療戦略になりうると考えられます。

参考文献

  • Shida T., Kamatari Y.O.*, Yoda T.*, Yamaguchi Y., Feig M., Ohhashi Y., Sugita Y., Kuwata K., and Tanaka M. Short disordered protein segment regulates cross-species transmission of a yeast prion., Nat. Chem. Biol. in press (2020).
  • Ohhashi Y., Yamaguchi Y., Kurahashi H., Kamatari Y.O., Sugiyama S., Uluca B., Piechatzek T., Komi Y., Shida T., Muller H., Hanashima S., Heise H., Kuwata K., and Tanaka M. Molecular basis for diversification of yeast prion strain conformation, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 115, 2389-2394 (2018).
  • Tanaka M. and Komi Y. Layers of structure and function in protein aggregation. Nat. Chem. Biol., 11, 373-377 (2015).

この記事を書いた人

田中 元雅
田中 元雅
1999年京都大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。理化学研究所 基礎科学特別研究員、カリフォルニア大学サンフランシスコ校 博士研究員、さきがけ研究員、理化学研究所 脳科学総合研究センター(現・脳神経科学研究センター) 田中研究ユニット ユニットリーダー、2011年よりタンパク質構造疾患研究チーム チームリーダー。
構造生物学と神経科学、新たな技術開発を融合した独創的な研究によって精神・神経変性疾患の病態を解明し、社会に貢献することを目指しています。現在、当研究室の研究内容に興味のあるモチベーションの高い若手研究員、テクニカルスタッフ、大学院生(埼玉大・東京医科歯科大)を募集中です!