天王星は巨大衝突で横倒しになり、大蒸発の果てに小さな衛星群が残る – 新たな理論モデルの発見
太陽系の形成と惑星の自転
太陽系では、内側の軌道に岩石を主成分とした小型の地球型惑星(水星、金星、地球、火星)があり、その外側に水素・ヘリウムガスを主成分にした巨大な木星型惑星(木星、土星)、さらにその外側に氷を主成分にした中型の海王星型惑星(天王星、海王星)があります。地球は「水の惑星」のように見えますが、海の総質量は地球全体の0.01%に過ぎず、内部に染み込んだ水を含めても0.1%を超えることはないと考えられています。地球は、中心の鉄の芯に岩石層が取り巻く、からからに乾いた惑星です。海王星型惑星も表面を取り巻くガスは全体の10%ほどです。
太陽は、銀河系に漂う水素・ヘリウムガスの密度の濃い部分が収縮して形成され、原始の太陽のまわりには収縮しきれなかったガスが円盤状に取り巻き、その円盤に微量に含まれる岩石や固体成分が凝縮して無数の小天体(微惑星)が形成されます。地球型惑星は岩石微惑星が集積して形成され、太陽から離れた海王星型惑星は氷と岩石がまざった微惑星の集積で形成されます。木星や土星の軌道では大きな氷惑星ができて、その強い重力でまわりにあった円盤ガスを取り込んで巨大化しました。
惑星は円盤の中で形成されるので、その軌道はほぼ同一平面上にあって、軌道の回転方向は太陽の自転方向に一致します(太陽系外の惑星系ではそうなっていないものも一定数発見されていて、その原因が議論されています)。
一方で、惑星の自転は、材料物質がどのように惑星に降り積もるのかで決まります。たとえば、ガスが流れこむときは、軌道面に沿って軌道の回転と同じ方向(順向)に巻き込むように惑星に落ち込むので、木星型惑星の自転軸は軌道面に対してほぼ直立して、自転の向きは順向になります。
地球型惑星や海王星型惑星では微惑星の衝突の仕方で自転が決まります。惑星の右側への衝突と左側への衝突の確率は微妙に異なり、その差に対応して自転が生じます。一方で、軌道面に対して惑星の下半球への衝突と上半球への衝突は原理的にまったく等確率になるので、自転軸は直立するはずです。
横倒しの天王星
実際、太陽系の多くの惑星では 自転軸が軌道面にほぼ直立しています。ところが、天王星は自転軸が98度傾いて、ほぼ横倒しです。地球、火星、海王星も自転軸は完全に直立していなくて、20数度傾いています。なぜでしょうか?
最も有力な説は、惑星自身の10%というような質量をもった別の天体が惑星形成の最後のほうに衝突したとする「巨大衝突説」です。微惑星の衝突は非常に多数あるので確率に応じた打ち消し合いがおきますが、巨大衝突は一回きりだったり、数回だったりのはずなので、打ち消し合いが起きません。惑星の上半球や下半球に衝突すれば、自転軸は傾いたものになります。地球の月形成では巨大衝突説が月の性質をよく説明し、標準的なものになっています。火星でも巨大衝突で北半球の低地とフォボス、ダイモスという衛星ができたという説が注目されています。
天王星が横倒しになった原因は巨大衝突で間違いないでしょう。天王星は地球の15倍の重さの惑星ですが、原始の天王星に地球の1~3倍の重さの惑星が軌道面からずれた部分に衝突すれば、天王星の現在の17時間という自転周期、98度傾いた自転軸を生みます。天王星は5つの主要衛星を持っていますが、これらの衛星の軌道面も天王星の自転軸に垂直に傾いていて(つまり天王星の赤道面に一致していて)、天王星の自転と同じ方向に衛星は回っているので、巨大衝突で天王星の自転と衛星が同時に作られたとすれば辻褄が合うように思えます。ところが、そうは簡単にいかないのです。
天王星の衛星の謎
このような天王星への巨大衝突では、地球の月の場合と同じように、本体の1%というような比較的大きな質量の衛星が作られる量の破片円盤ができます。ところが天王星の衛星の総質量は天王星質量の0.01%しかありません。また、破片円盤の半径は天王星の衛星軌道の広がりの10%くらいしかありません。これでは辻褄が合いません。
天王星の衛星の別の形成シナリオとしては円盤説があります。天王星はその質量の10%くらいの水素・ヘリウムのガスをまとっているので、そのガスをとりこむときに一時的に円盤を作って、その中で衛星が形成された可能性もあります。この場合は惑星本体の0.01%の総質量で軌道が広がった衛星が無理なく形成されます。ところが、円盤説では衛星は惑星軌道面に沿ってできます。衛星ができた後、天王星の自転軸が巨大衝突で98度傾いたとすると、衛星軌道がそれに追従して傾くことは大変難しいのです。このように、天王星の衛星たちがどのようにしてできたのかは大きな謎でした。
大蒸発の果てに小衛星が残る
私たちはこの謎を見事に解く、画期的なモデルを提唱する論文をネイチャー・アストロノミー誌に発表しました。巨大衝突で何ら問題がないことを示し、天王星衛星の軌道ごとの衛星の質量の分布もほぼ完璧に説明するモデルです。
私たちは、天王星への巨大衝突では天王星の主成分が氷であるため、衝突で撒き散らされるのは固体の破片ではなく、完全に蒸発した水蒸気円盤であることに気づきました。この円盤は拡散して、広がりながら内側の水蒸気は天王星に落ち込んでいきます。水蒸気は熱がこもるので、その円盤で衛星の材料になる氷が再凝縮するには、円盤が薄く広がりつつ、もとの円盤の99%もの質量が天王星に落ち込まなければならないことを精密な計算により発見しました。
円盤が薄く広がったあとに氷が再凝縮するので、衛星の材料になる氷の微小天体群の分布は現在の衛星軌道に一致する広がったものになります。予測した分布の微小氷天体群の衝突合体のコンピュータ・シミュレーションを行うと、実際の天王星衛星の分布に極めて近い衛星群ができることも示されました。大蒸発の果てに残った1%の物質から小さな衛星群が残るのです。
この理論モデルは、同じ巨大衝突でも地球の月形成とはまったく異なります。地球は岩石を主成分とするので、衝突破片の岩石は蒸発してもすぐに再凝縮し、月は最初の破片円盤の分布、つまりどのような巨大衝突が起こるのかで決まります。しかし、氷衛星では、蒸発円盤がどのように冷えていって、どのように薄く広がるのかで決まるのです。これは地球型惑星や木星型惑星の衛星形成とはまったく異なる、天王星のような氷惑星形成独特のまったく新しいモデルです。このモデルは海王星にも適用できるはずです。
氷を主成分にした惑星の巨大衝突では大蒸発が起こり、水蒸気円盤が薄く広がって初めて、氷が凝縮して衛星集積が始まる。これが私たちのモデルの画期的なところです。そんなこと当たり前だと思う人もいるかもしれません。しかし、巨大衝突説による地球の月形成モデルがあまりにうまく行ったので(最近になって問題点も指摘され始めていますが)、その成功体験に引きずられてしまって、専門家たちは、何十年間もこのことに気づかなかったのです。私たちも同じ思い込みをしていましたが、出張の新幹線で車窓を眺めていたときに突然気づきました。まさに目から鱗が落ちるような感じで、一気に論文を書いたのでした。
参考文献
Shigeru Ida, Shoji Ueta, Takanori Sasaki and Yuya Ishizawa (2020). Uranian Satellite Formation by Evolution of a Water Vapor Disk Generated by a Giant Impact
Nature Astronomy Doi: 10.1038/s41550-020-1049-8
この記事を書いた人
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東京工業大学地球生命研究所 教授。
東京都世田谷区出身。京都大学理学部、東京大学大学院博士課程修了。東京大学教養学部助手、東京工業大学理学部地球惑星科学科助教授、教授を経て現職。専門は惑星物理学、アストロバイオロジー。日本惑星科学会・元会長。日本天文学会、生命の起原および進化学会にも所属。著書に「ハビタブルな宇宙」(春秋社)、「系外惑星と太陽系」(岩波新書)、「地球外生命 われわれは孤独か」(共著、岩波新書)、「スーパーアース」(PHP新書)など多数。