最も単純な体の脊索動物、オタマボヤ

動物の体には、前後、背腹、そして左右という直行する3つの軸があります。そのなかでも左右の違いがどのようにできるのかについては謎が多く、動物群ごとに異なるしくみが提唱されています。私はワカレオタマボヤ Oikopleura dioica(以下、オタマボヤ)という脊索動物をもちいて、左右ができるしくみに迫ろうと考えました。

オタマボヤは、脊索動物門に属する海洋プランクトンの仲間です。私たちヒトとも共通したオタマジャクシ型の発生をしますが、体がわずか4000個ほどの細胞でできているうえに、受精からわずか10時間で大人と同じ体ができあがります(20℃で飼育した場合)。このように、ホヤや脊椎動物と比べてはるかに単純な体を持ちます。そしてその裏には、「脊索動物の体づくりをシンプルにすると、発生のしくみはどうなるのか?」という、体づくりのしくみやその進化の理解につながる問いが隠れているのだと考えられます。

オタマボヤは「最も単純な体の脊索動物」である。

1世紀前に記載されていた左右非対称性に挑む

1910年、ドイツの比較形態学者のH. C. Delsman博士は、オタマボヤの胚や幼生を顕微鏡で観察し、初期胚に左右非対称性があることを報告しました。2細胞胚から4細胞胚になるとき、左前と右後の細胞が植物極側に少しだけずれ、このずれを引きずったまま発生が進むのです。

また幼生(オタマジャクシ)の体にも不思議な左右性があります。背側(脳のある側)から尻尾を眺めると、神経の束(神経索と呼びます)が反時計回りに90°ほどずれ、背側ではなく、左側を走っているのです。

(上)オタマボヤの初期胚の左右非対称性。2細胞期から4細胞期にかけて、左前と右後の細胞が植物極側に少しだけずれる(矢印)。
(下)オタマジャクシ幼生を背側からみたもの。オタマボヤの神経索は「左側に」みられる。

私にとって「こんな生きものがいるの!?」という好奇心が湧き上がるのは自然なことで、興味をもってくれた大学院生とともに研究を計画しました。ところが当時、周囲の反応は「初期胚の割球がずれるから何なの?」「左右の定義すら曖昧」「学生の時間を無駄にさせている」など冷ややかなものでした。

初期胚に左右の違いがあるのは事実ですが、できあがった体の左右と結びつくかは不明です。追い打ちをかけるように、左側の決定因子であるNodal遺伝子がオタマボヤには存在しないことも判明します。手がかりがない状況でしたが、怖いもの知らずな私は「調べられることはすべて調べてみる」の精神で実験に突き進んで行きました。

「初期胚の左右の違い」は「オタマボヤの左右」と結びついていた

はじめに、可変色蛍光タンパク質のnls-Kaedeを用いて、初期胚の右側か左側のどちらかのみを赤色に標識して、体のどの部分の細胞をつくるかを調べました。その結果、両者の子孫細胞は、ほとんどの組織で左右非対称に分布していました。たとえば内柱(甲状腺の相同器官)は左右対称な形にもかかわらず、初期胚の「左側のみ」から作られることがわかりました。

次に、左右のどちらかだけに発現する遺伝子を探したところ、腹側形成にかかわる分泌因子である骨形成タンパク質(Bmp)が、幼生の右側に発現することを見出しました。また、オタマボヤの胚では、一定周期のCa2+ウェーブ(Ca2+オシレーション)が続くことを見出しました。おもしろいことに、このCa2+オシレーションは、Bmpの右側での発現を引き起こすのに必要なこともわかりました。

ここで気になるのは、幼生でみられる「Bmpの右側発現」が、初期胚の左右とかかわるのか否かです。上に述べた左右の標識実験などと組み合わせて調べたところ、「Bmpの発現細胞は、胚の右側から作られる」ことがわかりました。「初期胚の左右の違い」は確かに、「オタマボヤの左右」と結びつくといえます。

(左)Bmp遺伝子の発現(青の矢頭)。オタマボヤの胚に発現するBmpは2つあるが、右側で発現するのはこのBmp.a遺伝子である。
(右)孵化直前の胚を生きたまま観察したもの。神経索が「左側に」ある。

Bmpによる背腹形成のしくみを転用した左右形成

それでは、この「Bmpの右側発現」の意義は何でしょうか? Bmpの働きを阻害する実験を行った結果、Bmpには「左側にある」神経系に発現する遺伝子を、右側に発現させないよう抑える働きがあることがわかりました。

Bmpには、神経の形成を阻害することで「背腹」の向きを決める働きがあります。たとえば脊椎動物の胚では、Bmpが「腹側に」発現して神経の形成を抑制するため、神経系は「背側」に作られます。逆に節足動物の胚では、このしくみが180°反転して働くため、神経系が腹側につくられます。ところがオタマボヤは、このどちらにも当てはまらず、Bmpが右側で働き、その反対側である左側に神経索ができるのです。

以上の結果をもとに、「Bmpによる背腹形成のしくみは、90°回転すれば左右の形成になる」という仮説を提唱しました。オタマボヤの左右形成は、この実例と考えることができます。また左側決定因子であるNodalをもたない脊索動物としても初めての例といえます。

左右形成についての新しい仮説

左右形成のしくみとその進化の解明へ向けて

110年前に報告された現象には、新しい左右形成の原理が隠れていました。その実体が、Bmpによる背腹形成という、発生生物学では古典的なしくみを転用したものだという点も驚きでした。

本研究は論文化まで7年を要しており、当初の予想通りに得られた成果はひとつもありません。それでも、初期胚が左右非対称な脊索動物なんて不思議、という気持ちに正直になって「調べられることはすべて調べてみる」姿勢を貫くのは、自身の理解を超えた出来事が続いた楽しい日々でした。

現在はさらに「2細胞期から4細胞期に細胞の位置がズレるしくみ」や「左右でいつ、どんな遺伝子発現の違いが生じるのか」を調べています。これらを通じて、左右形成のしくみやその進化について理解を深めていきたいと思っています。

冒頭に述べたように、オタマボヤはこれまでに知られるなかで、「最も単純な体の脊索動物」です。本記事では左右形成について紹介しましたが、それ以外にも、体の3D形態ができるしくみやその進化につながる、おもしろく謎めいた現象が溢れています。また研究の開始当初に比べ、ライブイメージングや遺伝子の機能阻害、ゲノム情報などが出揃い、実験動物として使える状況が整ってきました。これらをフル活用することで、脊索動物の特徴であるオタマジャクシ型の体を保持しながら、体づくりのしくみがどのように変わっていったのかという問いに答えたいと考えています。

参考文献
Takeshi A. Onuma, Momoko Hayashi, Fuki Gyojya, Kanae Kishi, Kai Wang and Hiroki Nishida, “A chordate species lacking Nodal utilizes calcium oscillation and Bmp for left-right patterning”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. (2020) doi: 10.1073/pnas.1916858117.

この記事を書いた人

小沼 健
小沼 健
大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻 助教
北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻 博士後期課程修了。博士(理学)。
日本学術振興会特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員、ミシガン大学博士研究員 等を経て、2012年4月より現職。
現在の専門は発生生物学。オタマボヤの「最も単純な体の脊索動物」という特質に着目して、体づくりや進化にかかわる不思議な現象についての研究を進めています。
オタマボヤに興味をもたれた方はぜひ連絡ください。飼育の見学、試料の譲渡などは随時受け付けています。進行中の研究テーマは以下のURLを御覧ください。
http://www.dma.jim.osaka-u.ac.jp/view?l=ja&u=10000266&f1=G&f2=G45&sm=field&sl=en&sp=1