胎生魚類が妊娠する仕組み – お母さんがお腹の子どもに与える栄養素の研究
魚類でも意外と多い「胎生」という繁殖方法
胎生とは卵を体内受精で発生させ、成長した子どもを出産する繁殖方法です。最も知られているのは哺乳類で、我々ヒトを含む真獣類は発達した胎盤を持ち、へその緒を通して母体由来の栄養分を胎児へと供給します。
一方で、数では哺乳類に及びませんが魚類、両生類、爬虫類にも胎生で繁殖する種が知られています。彼らは哺乳類とは独立して胎生形質を獲得しており、哺乳類の胎盤・へその緒に似た構造が報告されているのは、軟骨魚類や爬虫類の一部のみとなります。それ以外の種は胎盤・へその緒を持たず、哺乳類とは異なる方法でお腹の子どもを育てています。
魚類では軟骨魚では全種数の約70%(40科/98科、99属/145属、420種/600種)、硬骨魚では2~3%(14科/425科、123属/3,900属、510種/18,000種)が胎生だとする報告があります。このことから、魚類では多くの分類群で別々に胎生が獲得され、それぞれの仕組みには多様性があると予想されます。
一方で、遺伝子やタンパク質の研究で普及しているモデル魚類(ゼブラフィッシュ、メダカ)はいずれも卵生種であり、魚類の胎生に対する理解は(すごくおもしろそうなのに!)あまり進んでいませんでした。そこで私は、魚類の胎生を遺伝子やタンパク質の面から解析することを思い付きました。
ハイランドカープを使った研究
胎生の仕組みを解析するには、研究室で飼育して繁殖できなければいけません。その観点から“小型”の“淡水魚”が望ましいと言えます。私はカダヤシ目グーデア科に属するハイランドカープ(Xenotoca eiseni)を実験材料に選択して、研究を始めました。
ハイランドカープを含むグーデア科胎生魚は、出生までの期間を母親の卵巣の中で過ごします。この状態を胎仔(たいし)と呼びます。卵巣内で成長する胎仔は、お尻付近に“栄養リボン”と呼ばれるリボン状の構造物を持ちます。
栄養リボンは、母親から供給される栄養分の吸収に関わるとされています。栄養リボンは卵巣内壁とくっついてはおらず、卵巣内の液体成分に溶け込んだ栄養分を吸収すると考えられます。しかし栄養分の実体を「これだ!」と特定した報告はありませんでした。そこで私は、卵巣内に分泌されている栄養分の正体を突き止めようと実験を計画しました。
卵黄タンパク質「ビテロジェニン」
ここで私は、ビテロジェニン(vitellogenin)というタンパク質に着目しました。ビテロジェニンは卵黄(yolk)に含まれている栄養分のひとつで、昆虫や甲殻類などの無脊椎動物から、魚類や鳥類などの脊椎動物まで、幅広い生物種で保存されています。身近な魚類の例を挙げると、イクラを食べたときの「プチッ」の後にやってくる「ドロッ」とした部分にビテロジェニンが含まれています。
ビテロジェニンは本来、肝臓で合成されて血管を通って卵巣へと送られます。そして卵黄の中に取り込まれて、受精卵が発生するときの栄養分として使われます。一方で、胎生魚の卵巣は妊娠すると卵形成を停止し、胎仔を育てることに専念します。私は、卵巣内の胎仔に供給する栄養分として、最も可能性の高い分子がビテロジェニンだと考え、有力候補として解析を行いました。
胎仔で観察されたビテロジェニンの取り込み
まずは妊娠したメスで、ビテロジェニンの遺伝子発現とタンパク質の有無を調べました。その結果、妊娠前と同じように肝臓でビテロジェニンを作り、できたタンパク質を卵巣へと送っていました。卵巣内の液体成分を調べたところ、含まれているタンパク質のほとんどがビテロジェニンであることもわかりました。妊娠中の卵巣は卵を作っていないのに! このビテロジェニンの役割は何でしょうか?
その答えを求めて、我々は胎仔でのビテロジェニンの遺伝子発現とタンパク質の有無を調べました。胎仔自身はビテロジェニンを合成していないにも関わらず、栄養リボンでビテロジェニンが検出されました。栄養リボンの一番外側にある細胞では、“小胞(vesicle)”と呼ばれる細胞内の小さな袋に包まれて運ばれるビテロジェニンが観察されました。
さらに、金魚から抽出したビテロジェニンを緑色蛍光で標識して妊娠メスに投与したところ、卵巣内の胎仔の栄養リボンで緑色蛍光の取り込みが観察されました。以上の実験結果から、母親が作ったビテロジェニンが卵巣の胎仔に供給されていると結論づけました。
ビテロジェニンであることのおもしろさ
今回私は、ビテロジェニンが母仔間で供給されるタンパク質のひとつであることを紹介しました。しかし、同じように運搬されるタンパク質は他にもあるでしょう。タンパク質以外にも炭水化物や脂質、無機物の供給も存在する可能性があります。では、ビテロジェニンであることのおもしろさは何でしょうか?
実は、ヒトを含む胎生哺乳類はビテロジェニン遺伝子を持っていません。正確に言えば、胎生になった後で失っています。胎生哺乳類の受精卵は、胚盤胞と呼ばれるごく初期の段階で着床し、それ以降は母親からの補給を頼りに発生・成長します。したがって、長期に渡り卵の栄養分として利用可能なビテロジェニンの貯蔵は不要となり、失ったとしても特段の影響なく現在に至ったと考えられます。
一方で、グーデア科胎生魚はビテロジェニン依存症のごとく、胎生になった後も使い倒しています。胎生とはパッと見は「赤ちゃんを産む」という似たような形質でも、その仕組みや遺伝子の使い方に多様性があったわけです。
ビテロジェニンを使う胎生(ハイランドカープ )と使わない胎生(哺乳類)、どちらが賢い選択だったのでしょうか? ここからは実験生物学の範囲外となりますが、数万〜数千万年後の答え合わせを妄想するのも、秋の夜長の過ごし方としては悪くありません。
さいごに
本研究は「変わった生きもので、変わった現象を見つけた」ことに加え「これまで人類が知らなかったことをひとつ、知識として新たに積み上げた」ことに大きな意義があると考えています。ごくごく身近な物質が、使い方ひとつで生物の形質に劇的な変化をもたらした可能性があるわけです。ロマンしか感じません。私はこのようなストイックな探求を続けながらも、いつの日か社会に貢献するブレイクスルーを見いだせれば、研究者冥利に尽きると考えています。
※本研究は、academistのクラウドファンディングプロジェクト「お腹の中で子育てする魚「ハイランドカープ」の謎に迫る!」の支援を受けて行われたものです。
参考文献
- Wourms JP. (1981) Viviparity: the maternal-fetal relationship in fishes. Amer Zool. 21, 473–515.
- Schindler JF. (2015) Structure and function of placental exchange surfaces in goodeid fishes (Teleostei: Atheriniformes). J. Morphol. 276, 991–1003.
- Iida A, Arai HN, Someya Y, Inokuchi M, Onuma TA, Yokoi H, Suzuki T, Sano K. (2019) Mother-to-embryo vitellogenin transport in a viviparous teleost Xenotoca eiseni. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A, in press.
この記事を書いた人
- 愛知県名古屋市生まれ。牡羊座。AB型。名古屋大学大学院理学研究科 修了。博士(理学)。京都大学での博士研究員や助教を経て、2019年9月より現職の名古屋大学大学院生命農学研究科テニュアトラック助教。2021年夏、日々感じていたドキドキが不整脈によるものだと健康診断で指摘され、惜しまれながらも治療を済ます。座右の銘は「楽するための努力は惜しまない」。
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