たくさんの電子を集めて冷やすと液体のようになる

「電子」は、我々の生活においてもっとも身近な素粒子です。電子が固体中で多数集まると、単一の電子とは異なる振る舞いを示します。金属中において電気の伝導を担う電子は、初等物理学では自由電子(理想気体模型)として扱われますが、強相関電子系と呼ばれる一部の化合物における伝導電子は、もはや自由ではなく、流体モデルとして扱われます。

そこでは電子間にさまざまな相互作用が働き、それぞれの電子は相互作用の衣をまとった準粒子とみなされ、その結果、電子間の相互作用が繰り込まれた電子の有効的な質量が、通常の電子の質量の1000倍にも達する「重い電子」状態が現れます。このように強く相互作用する電子(フェルミ粒子)を記述する有効理論モデルは、1956年にソビエトの物理学者レフ・ランダウによって導入された概念である「フェルミ流体」として記述されます。

一方、「近藤効果」とは、金属中の伝導電子が不純物イオンの内部自由度を変化させる過程で生じる電子の多体効果です。その先駆けとなる理論研究は、1964年に日本人物理学者の近藤淳によって報告され、現在では希土類化合物における半金属状態など多彩な物性を演出していることが知られています。上記の重い電子状態でも、近藤効果が本質的な役割を担っているのです。

30年来の謎「四極子近藤効果」とは?

1980年代に、近藤効果を拡張した多チャンネル近藤効果が提案されました。ここでの多チャンネルとは、近藤効果で電子が用いる内部自由度が複数あることを意味します。

電子は磁石としての性質を担うスピン自由度と、電気としての性質を担う電荷・軌道自由度を持ちます。原著論文における近藤効果は、金属中の伝導電子と磁性不純物がそれぞれの電子のスピン自由度(チャンネル数は1)を用いて束縛状態を作ります。その次数をひとつ上げた「2チャンネル近藤効果」では、スピン自由度に加え、局在電子の持つ軌道自由度に由来する異方的電荷分布である電気四極子自由度(チャンネル数は2)を用います。

この現象は「四極子近藤効果」と呼ばれ、従来の近藤効果によるフェルミ液体状態から逸脱した挙動(非フェルミ液体状態)の発現が予言されました。この四極子近藤効果の理論モデルは、主にウランを含む金属間化合物で見出された非フェルミ液体的状態を説明するために提案されました。

しかし、放射性物質であり、国際的規制物資であるウランの取り扱いは難しく、またウランの価数が不確定であることや、ウランが持つ5f電子系特有の局在性・遍歴性の二面性があることから、理論的な解釈も難しいため、長年の研究にもかかわらず、四極子近藤効果の実証には至っていませんでした。特に、本現象の主役である電気四極子を直接的に捉える実験は、これまでほとんど行われてきませんでした。

失われたパズルのピースを求めて

そのあいだ、四極子近藤効果の新たな候補物質を求めて、世界中で物質探索が行われました。近年、共同研究者の鬼丸ら(広島大学)は、4f2配位をとるPr(プラセオジム)を含む立方晶カゴ状化合物の純良単結晶の育成に成功し、この物質が四極子近藤効果の候補物質であることを提案しました。

鬼丸らは、結晶内のPrの4f電子の基底状態が有するEg(Γ3)対称性の電気四極子自由度が絶対温度0.11 Kで凍結(四極子秩序)し、さらに0.05 Kで超伝導を示すことを発見しました。さらに、四極子秩序の近傍で、電気抵抗率や比熱が通常の金属とはまったく異なる非フェルミ液体的挙動を示すことから、同化合物のPrを非磁性のイットリウム(元素記号: Y、原子番号39)によって希釈する系統的研究を行い、その非フェルミ液体状態が30年前に理論提案されていた四極子近藤効果によって説明できる可能性を指摘しました。

Prはウラン系に比べて取り扱いに関する制約が少なく、4f電子の基底状態もはっきりしているため、「失われたパズルのピース」である、電気四極子の直接観測を実行する準備が整ったわけです。

Pr3+(プラセオジム)イオンの局在的な電子が持つΓ3対称性の電気四極子が、等価な2つの伝導バンドの伝導電子が持つ電気四極子の成分により遮蔽される。

超音波で電子を観る?

我々は、電気四極子の応答を直接観測するために「超音波」を用いました。固体中に入射された超音波は弾性波として固体中を伝播し、結晶格子を歪ませます。局所的にその歪みは「静電場」の摂動として捉えることができます。その歪み場は同じ対称性を持つ異方的な局所電荷分布である「電気四極子」と結合します。すなわち、弾性率を精密に測定することで、固体中の電子が持つ電気四極子自由度の応答を感受率として観測できます。

超音波を固体中に入射することで誘起される弾性波の概念図。弾性波のスナップショットを見ると、歪み・回転からなる格子変形が局所的に生じており、それらが作る静電場と同じ対称性を持つ電気四極子が結合する。

本研究では広島大学で作製された試料のなかから、PrイオンをYによって3.4%まで希釈したY0.966Pr0.034Ir2Zn20の純良単結晶を選び、超音波実験に用いました。このような希釈系ではPrイオンは相互作用による影響を受けることなく、単一イオンの応答を観測できます。一方、磁性を担うPrイオンは、依然として16個のZn原子が作るカゴに内包されており、4f電子が多数の配位子に囲まれている状況により伝導電子との混成効果は増強されます。

カゴ状化合物PrIr2Zn20の結晶構造。4f2配位Pr(プラセオジム)イオンは、Zn(亜鉛)が作る原子のカゴに内包されている。このPrの大部分を非磁性のY(イットリウム)イオンに置換し、Prが孤立した状況を創り出した。

本研究では横波弾性率(C11-C12)/2の温度変化を精密に測定しました。この横波弾性率は、立方晶系におけるEg(Γ3)対称性を持つ電気四極子の感受率として理解できます。絶対温度2 K以下でその温度変化がキュリー的な減少(温度に反比例した軟化)を示すことから、希釈された3.4%のPrが依然としてPr 100%の母物質と同じEg(Γ3)対称性の結晶場基底状態を保持していることが証明されました。

さらなる低温へ – 電気四極子の非フェルミ液体的挙動を初観測!

一方、立方晶系が非フェルミ液体的な挙動を示す0.3 K以下の「極低温」領域での四極子近藤効果を検証するには、特殊な冷凍機と強力な磁場を用いる必要がありました。そこで、ドイツ・ヘルムホルツ研究センターのドレスデン強磁場研究所との国際共同研究により、ヘリウム3-ヘリウム4希釈冷凍機と超伝導磁石、超音波位相比較法測定装置を組み合わせることで、強磁場下における0.04 Kの極低温での超音波観測を実現しました。

弾性率の温度変化の温度軸を対数で表示すると、弾性率が直線に乗る、すなわち+logTに比例した温度依存性を示すことがわかります。この特徴的な温度依存性が現れる温度・磁場領域は、比熱・電気抵抗率が非フェルミ液体状態を示す領域と同じであり、四極子近藤効果の理論予想と一致します。以上のことから、本研究の超音波実験は、四極子近藤効果による四極子の応答を世界で初めて直接観測したものであり、四極子近藤効果を実験的に実証したものであると結論できます。

希釈系(Y1-xPrx)Ir2Zn20の横波弾性率(C11-C12)/2の温度変化と極低温領域に現れる対数的温度依存性。縦軸は物質の「硬さ」に対応し、温度を下げると(グラフの左側に行くほど)、3 Kまで徐々に硬くなっていた物質が、それ以下で急激に「柔らかく」なっていることがわかる。内挿図は格子振動(フォノン)の影響によるバックグラウンドを差し引いたデータ。極低温で直線に乗る(+logTに比例した温度依存性を示す)ことが判る。

今後の展開

電気四極子やさらに高次の多極子が示す新規現象は、将来の機能性デバイスや量子情報素子開発への応用が期待できます。今回実証されたのはその基礎となる現象であるため、その物理をしっかりと構築することが重要です。

今後は、希釈濃度を変えた試料やその他の候補物質に対する超音波を用いた系統的な研究により、四極子近藤効果の直接的証拠をさらに追求する必要があります。特に、当初の理論で提案されていたウランを含む金属間化合物においても、立方晶系と同様に単サイトの四極子近藤効果の傍証が見つかっているため、本研究で採用した超音波測定の手法を応用して、その機構解明を目指しています。

参考文献

この記事を書いた人

柳澤 達也, 山根 悠, 鬼丸 孝博
柳澤 達也, 山根 悠, 鬼丸 孝博
柳澤 達也(写真中央) 
北海道大学大学院理学研究院 准教授
2004年 新潟大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了、博士(理学)。2004年 カリフォルニア大学サンディエゴ校ポスドク(日本学術振興会特別研究員、日本学術振興会海外特別研究員)。2008年 北海道大学創成科学研究機構 特任助教(テニュアトラック)。2012年より現職。主に強相関電子系化合物の電子物性における多極子の役割を明らかにするため超音波を用いた研究を行なっている。

山根 悠(写真左)
広島大学大学院先端物質科学研究科 博士課程後期学生
2019年 広島大学 大学院先端物質科学研究科 日本学術振興会特別研究員(DC2)。2013年呉工業高等専門学校電気情報工学科卒業。同年、広島大学理学部物理科学科へ3年次編入、その後2015年に広島大学先端物質科学研究科へ進学し現在に至る。2019年4月より日本学術振興会特別研究員(DC2)。博士課程を通して、Pr希薄系における非フェルミ液体的挙動の発現機構を研究している。

鬼丸 孝博(写真右)
広島大学大学院先端物質科学研究科 教授
2005年 東京大学理学系研究科博士課程後期修了。博士(理学)。 2005年 科学技術振興機構 雇用研究員、2006年 広島大学大学院先端物質科学研究科 助手(2007年より助教)、2011年広島大学大学院先端物質科学研究科 准教授、2018年より現職。主に希土類を含む強相関電子系物質の単結晶作製ならびに磁性や伝導に関する実験的な研究を行っている。