暗黒物質の正体は何か? という現代天文学・物理学の最大の問い

宇宙において、恒星や銀河はガスや塵が濃く集まっているところです。一方で、宇宙には極端に密度が薄い領域もあります。これらの密度の違いは実に1030倍にも及ぶことがあります。このような違いを生み出した原因は何でしょう? それは、ガスや塵を含めたあらゆる物質同士に働く引力、すなわち重力(あるいは万有引力とも呼ぶ)です。現代天文学では、宇宙は誕生初期に物質密度にわずかな揺らぎがあったと想定しています。その場合、濃い場所が重力でどんどん濃くなることで、恒星や銀河のような天体が形成されることになるのです。

しかしながら、この過程を精密に理論計算して観測結果と整合させると、とんでもない結論が導かれます。宇宙の物質のうち、我々が知っている陽子や中性子など光で見える物質はなんと全体の約5%に過ぎず、その5~6倍は“暗黒物質”と呼ばれる、光では見えない未知の物質でなければならないのです。残りは“暗黒エネルギー”と呼ばれる、これも正体不明のものです。暗黒物質(ならびに暗黒エネルギー)の正体は何か、ということは現代天文学・物理学の最大の問題といっても過言ではありません。

暗黒物質の候補「アクシオン」

光で見える物質はすべて、現代の素粒子物理理論で説明がつきます。暗黒物質は、新しい理論で予言される素粒子の可能性があります。その可能性のひとつがアクシオン(この話において正確には、アクシオン類似粒子と呼ぶべきもの)です。

従来の宇宙の物質密度の理論計算では、小さい天体が多く出来過ぎてしまい観測結果と合わないという問題がありますが、暗黒物質がアクシオンだとすると解決されると指摘されています。そしてアクシオンについて、顕著な性質が理論的に予想されています。それは、わずかながら光と相互作用するということです。しかし未だその兆候を実験で捉えることはできていません。

アクシオンと光の相互作用のうち、アクシオンが光の偏光方向に与える影響はこれまであまり注目されてきませんでした。光は空間を伝わっていく電磁波であり、特定の方向にだけ振動している電磁波を偏光と呼びます。光は何かに反射すると偏光になりますが、偏光を通さない偏光サングラスをかけるとカットされるので、釣りや車の運転で役立ちます。このような偏光がアクシオンに満ちた空間を伝播すると、その偏光方向が回転すると理論的に予想されているのです。

天体の偏光を見るという、アクシオンの新たな探査法

私はこれまで、ガンマ線バーストという突発天体からの偏光を利用して基礎物理法則を検証するという研究を行ったことがありますが、実は暗黒物質については専門的に研究してきませんでした。私のアクシオン研究は、いくつかの学際的交流が重なって実現しました。

まず、研究所の同僚の成子篤助教(現在は京都大学)が企画した暗黒エネルギーをテーマとする研究会に誘われ、思い切ってガンマ線バーストの偏光に関する研究発表をしたことに始まります。それがアクシオンについて専門的に研究している藤田智弘博士(京都大学)の興味を惹く偶然を呼び込みました。

藤田博士とは初対面でしたが、その場で議論が始まり、天体の偏光を見てアクシオンを探査することを一緒に考えてみようということになりました。日々議論と計算を重ねていくうちに、我々の銀河内の天体からの偏光の方向が観測可能なほど大きく回転する可能性があることがわかりました。

ところが、偏光方向が回転したかどうか探査するには、アクシオンの影響を受ける前の、天体本来の偏光方向を知っていなければいけません。そんな天体は存在するだろうか? ここで一旦、研究は行き詰まりました。しかし藤田博士が恒星の形成過程を研究している学生と話しているなかで、その存在に気づきました。それは、恒星の周りにできるガスや塵からなる円盤状の天体です。

原始惑星系円盤と呼ばれるその天体の可視光か近赤外線は、恒星からの光の反射であるため、綺麗な同心円状の偏光パターンを持ちます。このことは、惑星形成の専門家の田崎亮博士(東北大学)を新たな共同研究者として迎え、下図のような理論計算を行って確認することができました。

原始惑星系円盤の偏光パターン(赤線)の理論計算結果。円盤は傾いているが、偏光方向は中心星を中心とする同心円状になる。

もしアクシオンの影響が強ければ、同心円状からずれた偏光パターンが観測され、アクシオンの存在が確認できることになります。

原始惑星系円盤の偏光が地球に伝わる途中でアクシオンに影響を受けて回転するイメージ。

普段交流することのない研究者たちが議論をする意義

我々は、すばる望遠鏡が取得した「ぎょしゃ座」のAB星の原始惑星系円盤の観測結果に着目しました。その偏光パターンはほぼ同心円状であり、アクシオンの影響が観測誤差の範囲内であることを意味します。解析の結果、我々はなんとアクシオンの性質に対してこれまでで最も強い制限を得ました。

原始惑星系円盤は、太陽系とは別の惑星系が生まれる現場と考えられており、惑星形成論の観点で非常に精力的に研究が進んでいます。今後、さらに感度の高い望遠鏡を用いた原始惑星系円盤の偏光観測が行われ、アクシオンの存在が明らかになる可能性があります。

今回の研究は、ガンマ線バーストの研究者、暗黒物質の研究者、惑星形成の研究者という専門の異なる3人による学際研究となりました。これら3つの分野は、ほぼ独立に発展してきており、そのなかの研究者が普段交流することはほぼありません。そのような状況で我々3人は思い切って学際的交流を図り、根気よく議論を続けたことで、各分野の考え方だけではまったく思いつかないような新分野を発見したといえます。

私は、量子物理学の創始者の一人であるエルヴィン・シュレディンガーが著した『生命とは何か』(1944)のまえがきのなかにある以下の一節をいつも意識して研究しています。

ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないようにするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他には道がないと思います。たとえその事実や理論の若干については、又聞きで不完全にしか知らなくとも、また物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです。

このacademist Journalというメディアもこのような活動の一端として注目されるべきものだと思います。

参考文献
Tomohiro Fujita, Ryo Tazaki, and Kenji Toma “Hunting Axion Dark Matter with Protoplanetary Disk Polarimetry” Phys. Rev. Lett. 122, 191101 (2019)

この記事を書いた人

當真 賢二
當真 賢二
1979年、大阪府生まれ。2008年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。国立天文台研究員、米国ペンシルバニア州立大学研究員、日本学術振興会特別研究員SPD(大阪大学在籍)、東北大学学際科学フロンティア研究所助教を経て、現在は同研究所准教授。平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。ブラックホール撮影に成功したイベントホライズンテレスコープグループのメンバー。理論宇宙物理学を専門として、他に様々な学際研究に取り組んでいる。著書に『百科繚覧〜若手研究者が挑む学際フロンティア〜Vol.1』(東北大学出版会)がある。