油脂の味は6番目の基本味か? – “脂肪酸を感知する神経”とその役割を探る
「油脂の味覚」の衝撃的な実感
ある日、筆者はいつもと同じラーメンを注文しました。ただ、その日だけはダイエットのために「油なしでお願いします」と言い添えました。すると、やってきたものはいつもとはまったく味の違うラーメンでした。この経験に衝撃を受け、筆者は油脂の「味覚」を強く意識するようになりました。
他にも、油脂のある菓子 VS 油脂のない菓子、温めただけの食材 VS 揚げた食材、脂の少ない魚 VS 多い魚など、油脂の有無を同じ食材で比較すると、美味しさを決める要因であることは間違いなさそうです。では私たちはどうやって油脂の存在を知るのでしょうか?
脂肪酸を感知する神経の発見!
食物中の油脂は、唾液などに含まれるリパーゼという酵素により脂肪酸に分解され、舌の味蕾細胞に存在する受容体・トランスポーターを介して味細胞とそれにつながる神経によって脳に伝えられます。
これまでの研究から、げっ歯類の味蕾細胞には受容体GPR40、GPR120やトランスポーターCD36が存在し、これらが脂肪酸を受容している可能性が示唆されていました。しかし、ヒトの官能評価、げっ歯類の嗜好性、そして細胞の応答性に関する今までの研究では、5つの基本味とは異なる「脂肪酸独自の味」の存在を証明することはできませんでした。
そこで今回私たちは、脂肪酸に特異的な応答をする「神経」と、その神経につながる受容体の関係を調べるために、マウスを用いて実験を行いました。まずはじめに、マウスの鼓索神経の単一線維における脂肪酸への応答を記録したところ、「脂肪酸に特異的な応答を示す神経線維」を全体の約17.9%から発見しました。また、半数以上の甘味、うま味応答神経群も脂肪酸に応答することがわかりました。
次に、受容体GPR120を発現しない「GPR120-KOマウス」における神経線維を調べたところ、脂肪酸に特異的な応答を示す神経は激減していることから、脂肪酸に応答を示す神経は受容体GPR120を発現する細胞につながっていることが明らかになりました。
さらに、味覚嫌悪学習を用いたマウスの行動実験では、GPR120-KOマウスは、脂肪酸のひとつであるリノール酸とうま味物質のグルタミン酸を区別できませんでした。このことから、脂肪酸独自の味を感知する味細胞では、受容体GPR120が脂肪酸の味と他の味を区別するのに重要な役割を果たすことがわかりました。
油脂の味は基本味か?
今回の発見は基本味とどのように関係していくかをみてみましょう。
現在は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つが基本味として世界中で受け入れられています。基本味の定義は以下のように提唱されています。
- has ecological consequence(生態系への影響がある)
- is elicited by a distinctive class of chemicals(独特の種類の化学物質によって起こる)
- stems from activation of specialized receptors(特殊な受容体の活性化に由来する)
- is detected through gustatory nerves and is processed in taste centers(味覚神経を通じて検出され、味覚中枢で処理される)
- has a quality nonoverlapping with other primary qualities(他の基本味と重ならない味質をもつ)
- evokes a behavioral and/ or physiological response(行動や生理的反応を引き起こす)
油脂の味は、このなかで5番目以外はすでに多くの証拠が示されています。5番目の定義についても、2015年のRunningらのヒトの官能評価によって、心理学的に他の基本味と重ならないことが報告されていますので、ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、うま味と味質が一部重なっていた点は不十分でした。
しかし、今回の研究で他の基本味と重ならない脂肪の味質を伝える神経を発見したことによって、油脂の味の完全な独立性が示されたことは、5番目の定義を満たす決定的かつ神経科学的な証拠になります。
甘味うま味の神経も脂肪酸に応答 – 舌の前後の神経の違いとは?
もうひとつの発見は、甘味神経の約半数と、うま味神経の6~7割が脂肪酸に応答を示すということです。
受容体GPR120を発現しないGPR120-KOマウスのこれらの神経では、受容体GPR120を経由しない脂肪酸応答が残っており、未知の受容伝達システムがあると考えられます。過去の研究でもGPR120-KOマウスが脂肪酸を嗜好することは示されています。また、トランスポーターCD36を発現しないCD36-KOマウスによる研究からも、油脂のおいしさは舌の後方に存在するトランスポーターCD36が大きな役割を担っていることを疑う余地はなさそうです。
それでは、舌の前後の役割の違いは何でしょうか? 過去の神経の研究によると、舌の前方は同じ味質に分類される成分でも、分子を細かく検知する能力が舌の後方より高いようです。
たとえば、「舌の前方」の味を伝える鼓索神経は、NaClに特異的に応答する神経(N-type)がKClのような他の塩類との違いを伝えます。また、うま味はグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果(いわゆる合わせだしの美味しい味)が特徴ですが、鼓索神経では甘味神経(S-type)がこの相乗効果に高い応答を示します。グルタミン酸単独の場合では、甘味神経応答が小さくなるため、うま味特異的神経(M-type)の情報も重要になってきます。
一方、「舌の後方」にある舌咽神経では、N-typeや、うま味相乗効果をもつS-typeは見られません。今後、舌咽神経の脂肪酸応答を調べることによって、味細胞にある脂肪酸受容体の舌の前後での働きと役割がより明確になってくるでしょう。
脂肪酸に特異的に応答する神経の役割とは?
脂肪を口腔内に入れたときに、消化管ではペプチド(CCK, PP, PYY)が分泌され、主に消化のために栄養物の到来前に準備するといった脂肪特異的な脳相(頭相)分泌が報告されています。それらのひとつに、長鎖脂肪酸を豊富に含む餌を口に入れたラットでは、小腸上部から内因性カンナビノイドが分泌され、迷走神経を介して脳に伝わり、快感物質ドパミンが分泌され、油脂を好んで食べるという報告があります。
口を経由せずに十二指腸に直接脂肪酸(リノール酸)を入れた場合はこの現象は起きず、油脂でない栄養素、つまり糖とタンパク質を口に入れても起きませんでした。つまり、脂肪酸に特化した味情報で起きていることが示唆されていたのです。
この脂肪酸に特化した情報こそ、今回発見された脂肪酸に特異的な応答を示す神経線維によるものであると解釈することができます。ですから、油の味は○○味と明言できなくても、快感を引き起こして美味しい体験となるのかもしれません。
脂肪酸の内訳を見てみましょう。下図のようにオレイン酸とリノール酸への神経の応答を比較すると、受容体GPR120につながる脂肪酸神経は、リノール酸により高い応答を示しました。リノール酸は必須脂肪酸ですので、受容体GPR120は必須脂肪酸を探す役割も担っている可能性があります。
必須脂肪酸を含む不飽和脂肪酸が体に良い影響をもつことはTVなどでもよく紹介されていますが、体に良い脂肪を探して取り込むための検知システム(=脂肪酸の味細胞と神経)が舌に備わっており、健康を保つ仕組みがあると解釈できるかもしれません。
ただし、油や糖が豊富に手に入るヒトの現代社会では、それらのおいしさ(甘味・うま味の細胞と神経)によるドパミンを介する快感も追加されて、カロリー摂取が多くなってしまいがちになるのでしょう。
参考文献
この記事を書いた人
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1991 歯科医師 勤務医
2003 九州大学大学院歯学研究科修了 博士(歯学)
2003 九州大学大学院歯学研究院 研究員
2005 同研究院 特任助手
2006 同研究院 特任講師
2009 朝日大学口腔生理学分野 准教授
2011 九州大学大学院歯学研究院 特任准教授
2014 九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター 准教授
2018 九州大学五感応用デバイス研究開発センター 特任准教授
2019 東京歯科大学 准教授 現在に至る