身体の中の感覚に気づくことの役割

私たちは、「お腹が空いた」、「心臓がドキドキする」、「胃がムカムカする」など、身体の中の感覚を感じて日常を過ごしています。このような身体の中の感覚を「内受容感覚」と呼びます。内受容感覚には個人差があり、身体の中の感覚に気づきやすい人から、気づきにくい人までいることがわかっています。

内受容感覚にはどのような役割があるのでしょうか。これまでの研究によって、内受容感覚に鈍感である人は、嬉しい、悲しいなど自分の感情に気づきにくいことが示唆されています。このことから近年では、内受容感覚の敏感さと、自分ではなく他人の感情などの認識力との関連についても、研究者の関心が高まっています。

一方で、他人と動きや表情が自動的に伝染するような「自動模倣」の現象(たとえば、他人の笑顔につられて笑うこと)は、他者への共感などに深く関わると考えられてきました。また、自動模倣の現象は、相手と目を合わせ る(アイコンタクトをとる)ことで生じやすくなることも知られており、アイコンタクトは対人関係における重要なシグナルであるといえます。しかし、内受容感覚の個人差が、表情の自動的な模倣やアイコンタクトの影響力とどのように関連するのか、という点についてはわかっていませんでした。

このような背景から私たちの研究グループでは、内受容感覚の敏感さと、他人の表情に対する自動的な表情模倣の関連を調べました。これにより、社会性に関わる表情模倣が、内受容感覚という身体の中の感覚への気づきやすさを基盤とする可能性、つまり、「ヒトの社会性が身体に根差す」という仮説を検証しました。

内受容感覚と表情模倣の評価

日本人80名(15~57歳)を対象に、自分の心拍の活動をどれほど正確に感じられるかという点から「内受容感覚の正確性」を評価し、また、他人の笑顔を見ているときの「表情模倣の起こりやすさ」を評価して、両者の関連を調べました。同時に、内受容感覚との関連性は、他人が目を合わせている(アイコンタクトをしている)ときの表情模倣にのみ見られるかどうかも調べました。

まず、実験参加者の「内受容感覚の正確性」を評価するために、自分の体内に注意を向けて、感じられた心臓の拍動の回数を数えてもらいました。感じられた回数と、実際に計測された心拍回数を比較することによって、心拍知覚の正確さを算出しました。

また、「表情模倣のしやすさ」を評価するために、実験参加者が他人の笑顔を見ているときの表情模倣が起こった回数を算出しました。ここでは、アイコンタクトをして微笑む他人(直視条件)と、目を逸らして微笑む他人(逸視条件)の2種類の視覚刺激をモニター上に提示し、それぞれの条件における表情模倣の回数を比較しました

「表情模倣の起こりやすさ」の評価に使用された、直視条件と逸視条件の2種類の視覚刺激のイメージ

「ヒトの社会性が身体に根差す」という仮説を支持する結果

私たちの研究の結果、逸視条件に比べて直視条件のときに、自動的な表情模倣が起こりやすくなることがわかりました。また、アイコンタクトによって自動模倣がされやすくなる、という先行研究の知見を確認しました。

表情模倣の起こりやすさ(表情模倣の生起頻度)の結果

そのうえで、本研究の新規で重要な成果は、表情模倣の起こりやすさやアイコンタクトの影響力と、内受容感覚との関連を示したことです。直視条件において、内受容感覚(心拍知覚)が正確な人ほど、表情模倣が起こりやすくなっていました。さらに、アイコンタクトによって表情模倣が促進される程度(直視条件と逸視条件の表情模倣の回数の差)が、内受容感覚の個人差と相関することがわかりました。すなわち、内受容感覚に敏感であるほど、目を合わせることが他者との関係性に大きな意味を持つことが示唆されました。

内受容感覚の正確性と表情模倣の起こりやすさ(表情模倣の生起頻度)の関連の結果
※正方形は男性のデータ、円形は女性のデータを示す

これら一連の結果は、ヒトにおいて、内受容感覚の個人差が表情模倣の起こりやすさに関連し、その関連性はアイコンタクトという社会的に重要なシグナルによる影響によって説明できる可能性を示しています。表情模倣は、円滑なコミュニケーションや感情の理解に役立つとされています。本研究は「ヒトの社会性が身体に根差す」という仮説を支持する重要な知見を示しました。

今後の展望 – 内受容感覚と社会性の発達的関係を探る

本研究の結果は、身体の中の感覚に気づきやすい人ほど表情模倣が起こりやすいことや、「視線」などの社会的シグナルに敏感である可能性を、世界で初めて明らかにしました。つまり、内受容感覚の個人差が、他人からの影響の受けやすさの程度に関連していました。これらは、「ヒトの社会性が身体に根差す」という仮説を支持する新しい発見です。

今後は、本研究で明らかとなった内受容感覚と表情模倣が、いつ、どのように発達するのかを検討したり、 それらの関連が、実生活における適切な対人関係とどのように関わっているかを検討することが課題となります。ヒトの社会性の発達において身体感覚が基盤となる可能性を科学的根拠(エビデンス)に基づき解明することで、心の発達の新たな理解と、子育てや保育教育への応用が期待されます。

本研究を通して、複雑な社会環境で育つヒトは、他人から影響を受けると同時に、自分の身体からの影響を受けていることがわかりました。「ヒトの社会性が身体に根差す」という仮説を支持する本研究成果は、ヒトの社会性の発達を解き明かす鍵になるかもしれません。

参考文献
Masahiro Imafuku, Hirokata Fukushima, Yuko Nakamura, Masako Myowa, and Shinsuke Koike “Interoception is associated with the impact of eye contact on spontaneous facial mimicry” Scientific Reports., 16 November (2020) https://www.nature.com/articles/s41598-020-76393-8

この記事を書いた人

今福 理博
今福 理博
武蔵野大学教育学部幼児教育学科・准教授。
京都大学博士(教育学)。京都大学大学院教育学研究科・特定助教、日本学術振興会特別研究員(PD、東京大学大学院総合文化研究科)を経て現職。専門は、発達科学・発達心理学。実験心理学、視線計測や心拍計測、脳機能計測の手法を用いて、乳幼児の社会性や言語の発達について研究している。著書に『赤ちゃんの心はどのように育つのか:社会性とことばの発達を科学する』(ミネルヴァ書房)、共著書に『ベーシック発達心理学』(東京大学出版会)、絵本に『どこかなどこかな?』(エンブックス)などがある。

研究室ホームページ:https://sites.google.com/site/masahiroimafuku/