クラウドファンディングに挑戦している研究は、「宇宙における星形成史を辿ってみたい!」だ。歯の浮くようなタイトルだが、プロ向けに言い換えるならば「網羅的なサブミリ波偏波観測による星形成過程における磁場の役割の解明」となろう。

要するに、観測天文学者と理論天文学者が19名のタッグを組む。世界の仲間と一緒に、太陽系を中心とする半径、約2千光年以内で星が生まれている天域に対して、「網羅的な観測」だけでなく、「個別観測」も同時にやってしまう。それだけでなく観測研究と理論研究がチーム内でガチンコ勝負する、というよくばりプロジェクトである。

天の川を見上げ、じっと眺めてほしい。星の集団の分布は一様でないことに肉眼でも気がつく。星が見えず、黒く抜けている部分がある。それが暗黒星雲だ。そこで星が生まれている。私たちの故郷でもある。そんな領域を片っ端から見てやろう、という野心満々な観測家の試みだ。しかもサブミリ波偏波カメラという新しい武器を持ち込んで観測するのである。

心がはやる観測家を横目に、今、理論家は静かに計算を進めている。観測結果によっては、私たち観測家は理論家へ挑戦状をたたきつけるかもしれない。あるいは、理論研究の先見性を証明するだけになるかも知れない。どっちに転んでも「面白い」ことになる。そうならなかったら、私たちはとんでもない間抜け揃いということになる。

宇宙における天体形成の主役は重力である。宇宙の大規模構造そのものとも言える銀河団の分布から、月や惑星の形成に至るまで、重力が支配する世界である。電気力や磁気力に関するクーロンの法則は重力に関する法則とよく似ている。どちらも距離の2乗に逆比例する。しかし、働く力の大きさは同じ自然界の力かと思うほど異なる。例えば、電子と陽子のあいだに働く重力は、クーロン力の10の40乗倍も弱い。

宇宙における構造形成の主役が重力であるならば、その10の40乗倍も強い電気や磁気の力の役割はどうなっているのだろうか? それほど強い力ならば、宇宙の進化に電磁気学な力も一役買っているはずと考えるのは自然である。ところがその検証を行う観測は、技術的に容易でない。

私たちの天の川銀河に分布するガスに関して言えば、電磁気学的なエネルギーを含む、さまざまなエネルギーが等分配され、おおよそ平衡状態が達成されている。この平衡状態の詳細すら天文学者は理解していない。星を生むガスを加熱しているのは、宇宙線と呼ばれる高エネルギー粒子である。一方、星を生むガスを冷却しているのは、サブミリ波などで観測される原子分子やダストからの放射だ。この絶妙なバランスを保つ担い手のひとつ、高エネルギー粒子は、銀河内にうまく閉じ込めておかないと逃げてしまう。誰が閉じ込めるのか?それは磁場である。

宇宙磁場。とりわけ星を生むガスにおける磁場観測についても、革新的なアイデアで観測的研究を進めた先駆者がいた。私たちの仕事は、先駆者が切り拓いた道筋を大きく広げる工程だ。それが「網羅的観測」の意味である。荒野を辿る消えそうな細い踏み跡も、広げていけば、やがて数多の方角へつながる無数の街道となる。それらがやがて知の地平線を新たに創る。「網羅的な個別観測」の狙いは、まさにそこにある。

物理学の究極の夢は何だろうか? 自然のなかに法則性を見いだし、それらを紬合わせ、過去のすべてを「物の理」に沿って説明する。現代の物理学は、それに挑み続けている。過去を知り尽くし、現在を徹底的に見つめることができた暁には、未来を予測する遊び心も許されてもよいはずだ。「宇宙における星形成史を辿ってみたい!」には、その夢も込めた。

私たちの観測によって全容が明らかになりつつあるオリオン座分子雲の中心方向の磁場の様子(左). 私のオフィスで磁石と砂鉄が織りなす磁力線の模様(右)

この記事を書いた人

古屋 玲
国立大学法人徳島大学教養教育院准教授.学術博士.1971年生まれ.鹿児島大学理学部物理学科卒,総合研究大学院大学理学研究科博士課程修了. イタリア国立アルチェトリ天文台研究員 カリフォルニア工科大学物理数学天文学科研究員 国立天文台ハワイ観測所研究員などを経て,現職 専門は電波天文学および赤外線天文学で, 最近の主な研究テーマは星形成の初期条件の解明. BISTRO-Jチームのまとめ役だけでなく, 延べ100名を超える6ヶ国全体の研究チームの観測スケジュール調整責任者を務めている.