よくばり天文学者たちのよくばりプロジェクト【前編】
研究にはいろいろなスタイルがある。その違いは、その研究者の物の見方と人生が凝縮されている。これは逃れようのない事実である。私の職業は観測天文学者である。今は大学人としての顔も見せるが、私という人格は天文学者という側面を抜きにして語ることはできない。
観測天文学者の仕事はわかりやすい。ある研究主題にもとづいて宇宙を観測し、得られたデータを解析して、法則性を見いだす。あるいは、法則性の存在を検証する。法則性の断片を信号のなかから切り出し、宇宙が発するメッセージを読み取る職業である。最後に学術論文としてまとめる。ある研究主題が動機となって観測に取り組んでも、書き上げる論文の主題は初期のテーマ設定と異なることもしばしばである。そんなとき、自らの変わり身のはやさにあきれることもあるが、それは観測天文学者に要求される資質でもある。
ある人々は、それを節操がないと冗談まじりにからかう。でも、それが必要なのだ。所詮、人間が考えることである。ましてや私のような凡庸な科学者が予見することなど、たかが知れている。自然は私たちの予想すらしない姿を見せてくれる。特に新しい観測装置や新しい望遠鏡で、宇宙を覗き込んだときがそうだ。ガリレオの発見を持ち出す必要もなかろう。
だから変わり身のはやさとは、科学者としての謙虚さの裏返しである。自然が見せてくれた姿を、先入観なしに受け入れることが科学研究に身を捧げる者の正しい姿だ。観測天文学者とて然り、この点で私は誰に妥協するつもりはないから、この結論となる。
観測天文学と双璧をなすのは理論天文学である。こちらは物理学や化学、そして数学を駆使して理論的に宇宙の姿を予言する。今日では、大型計算機の能力が著しく上がったため、非線形の方程式群を数値的に解き、その時間発展を追うなど、観測結果と直接比較できるほどの現実的な理論予測すらなされるようになった。それでもつぶさに見ていくと、まだまだ足りないところがある。いや、足りないところだらけだ。理論天文学者には天才肌の人が多い。そして彼らの理論予測にいつも私はため息をつく。そんな私の発言だから、不謹慎なこと、きわまりないのだが、理論家諸氏は否定はされないと思う。理論家がうなるような観測結果を観測家が示すとき、凡庸な私はほっとする。彼らとて私と同じ人間だ。自然がそんな簡単に理論家のまえに跪くわけがない。根拠なく、そう信じている。
さて、実際のところ、観測天文学者はどのようにして研究の主題を見つけるのだろうか? 現実的な話で恐縮だが、観測対象天体までの距離を考えないと机上の空論になる。わかりやすい話が太陽系から近い天体は良く見えるのだ。逆に遠い天体はよく見えない。宇宙論的距離ともなれば、そもそもどこにどんな天体がいくつあるのかと言った基本的な疑問すら研究の主題になる。地に足のついた学問を研究されている諸氏はあきれるかもしれないが、それが観測天文学の醍醐味でもある。
近い天体は詳細が見える。だから、そこで進行中の物理過程および化学過程を直接見ることができる。誤解無きように言っておくと、太陽表面での爆発現象など一部の例外を除けば、宇宙でおきている現象の多くは、人類にとっては気の遠くなるような時間尺度で進行する。そのため天文学者が生涯観測を続けても、その劇を見届けられない。そこで、進化段階の異なる類似の「個別」天体を複数観測するのだ。ある程度の人数の赤ちゃんと若者、大人、そして老人をまとめて観察して、人間全般を論じることに似ている。この手の研究の最大の弱点は、観測対象の個性が見えてしまうことだ。個性は一般的な性質を隠す。人間一般に通じる性格を研究しているつもりが、実は彼や彼女のちょっと風変わりな性格を研究していた、などという危険性がつきまとう。
近い天体を対象にして研究を進める最大の動機は、そこで進行している天体現象の逐一を見ることが出来る点にある。天体の五臓六腑をひっくりかえし、素過程を調べることができる。これに対して、銀河に代表されるきわめて遠くの天体や近くにあってもあまりにも小さな天体を対象にして行われる研究は趣を異にする。後者の良い例は星の研究である。例外はあるのだが、この手の研究の特徴は多数の天体を同時に観測し、理論研究との対比を行うことで進められる。天体を多数観測する「網羅的な観測」の最大のメリットは、個々の銀河や星の個性がデータに強く現れないこと。それ故、一般的な性質をえぐりだしやすい(後編へ続く)。
この記事を書いた人
- 国立大学法人徳島大学教養教育院准教授.学術博士.1971年生まれ.鹿児島大学理学部物理学科卒,総合研究大学院大学理学研究科博士課程修了. イタリア国立アルチェトリ天文台研究員 カリフォルニア工科大学物理数学天文学科研究員 国立天文台ハワイ観測所研究員などを経て,現職 専門は電波天文学および赤外線天文学で, 最近の主な研究テーマは星形成の初期条件の解明. BISTRO-Jチームのまとめ役だけでなく, 延べ100名を超える6ヶ国全体の研究チームの観測スケジュール調整責任者を務めている.
この投稿者の最近の記事
- 研究成果2016.06.02よくばり天文学者たちのよくばりプロジェクト【後編】
- 研究成果2016.06.01よくばり天文学者たちのよくばりプロジェクト【前編】