地震と粘土鉱物

地球表面の岩板はプレートと呼ばれ、長い時間をかけて移動しています。プレート同士がぶつかり、すれ違う場所では、破壊や摩擦が起こるため地震が発生します。どのくらいの規模の地震が発生するかは、場所によって異なります。

たとえば、アメリカのサンアンドレアス断層では、規模の大きな地震が発生する場所と、大きな地震がほとんど発生せずにすべっている場所があります。最近の研究では、このように大きな地震が発生しない断層の原因のひとつが、「粘土鉱物」の存在によると考えられています。

粘土鉱物は摩擦が小さい

なぜ粘土鉱物が存在すると大きな地震が発生しないことがあるのでしょうか? これは、粘土鉱物が存在する場所では、摩擦力が小さいためと考えられます。

摩擦力は荷重(摩擦面と垂直方向にはたらく力)に比例することが知られています。つまり、重いものほど摩擦力が大きくなります。また、直感的には、摩擦面の粗さが大きいと摩擦力が大きくなると思われます。このことは日常的な私たちの環境では正しいといえます。

しかし、地下深くなど、荷重が数十気圧を超えた環境では、表面の粗さと摩擦力のあいだには関係性がなくなることが知られています。これは地下深くのような圧力の高い条件で物質を動かすときには、摩擦面の粗い山を乗り越えるよりも、山を壊しながら動く方が力を必要としないためと考えられます。このような条件では、摩擦の弱い物質である粘土が存在すると、そこにすべりが集中してしまうことになります。

なぜ粘土鉱物は摩擦が小さい?

荷重が高く、摩擦面の粗さを考えなくて良い条件では、粘土鉱物は他の一般的な鉱物である石英などよりも摩擦力が小さいことが知られています。それでは、粘土鉱物の摩擦力はなぜ小さいのでしょうか?

摩擦力の大きさは、摩擦面での「凝着力」の大きさに比例すると考えられています。この「凝着力」は”曖昧”な言葉です。曖昧ということはその本質がわかっていないということです。一般的には、摩擦面同士に何らかの結合ができて、強く接着している部分を「凝着力」が大きいと解釈します。

摩擦の起源はせん断面での「凝着力」が原因と考えられてきた(摩擦の凝着説)

ここでいう接着とは、原子同士の結合があるかないかということなので、「凝着力」について調べるには原子間の結合力が粘土と他の鉱物で異なるかどうかを知る必要があります。

粘土鉱物は、原子が三次元的に規則的な配列をした、まるで本のような層状結晶からなります。粘土鉱物中のせん断に対する弱面は層と層のあいだにあるため、私たちはこの層間の「凝着力」について調べることにしました。

実験的に「凝着力」を決定するのは難しいことから、私たちは量子力学に基づく理論計算手法と処理速度の速いスーパーコンピュータを用いて、理論計算を行いました。原子間の結合は原子核の周りの電子の相互作用によって発生するためです。

粘土の層と層を引き離すのに必要な力をいろいろな粘土鉱物で計算してみた結果、このような「凝着力」は実験で測定された摩擦力とは関係がないことがわかりました。

摩擦力の正体は凝着力じゃない?

ということは我々の「凝着力」の解釈が誤っていたのでしょうか? 摩擦面で実際に発生する摩擦力って何なのでしょうか?

この疑問に答えるためには、摩擦力を電子状態計算から直接求めてみるのが良さそうです。そこで、摩擦面に荷重を与えた状態で、粘土鉱物中の層を動かすのに必要な力をさまざまな方向で求めてみました。粘土鉱物としては、白雲母という板状の鉱物を計算対象としました。

粘土鉱物のひとつである白雲母の単結晶写真(左)と結晶構造(右)

計算結果をみると、摩擦力は動かす方向によって変化していました。その大小関係を詳細に調べると、層と層がすれ違う際に、原子同士の引力と斥力の差が大きく、その構造的な周期が短い場合に、摩擦力が大きくなることがわかりました。つまり、物質の存在による凹凸ではなく、原子同士が作る場の凹凸が摩擦の原因となっているようです。

この摩擦力はあくまで理論計算による結果です。本当に正しいかどうかを検証するため、私たちは同じ条件で摩擦試験を実施しました。

理論計算の結果が実験と合わない

白雲母は板状の結晶で、非常に大きな単結晶(1辺20cm以上)が天然に存在します。摩擦試験では、そのなかでもきれいな単結晶を選別して使用しました。

また、理論計算と直接比較できるように単結晶のせん断方向を揃えました。このとき、水が少しでもあると雲母の性質が変わってしまうので、実験は窒素雰囲気の中で行います。そして地下環境を想定して50~600気圧の荷重を加え、単結晶のせん断に必要な摩擦力を測定したところ、理論計算の値と比較して、1.3倍ほど大きな摩擦力が得られました。

理論計算の結果と合わないということは、理論計算の結果がおかしいのでしょうか? 経験上、理論計算による予測値が実測値と簡単に一致することはありませんので、ここからどう考えるかが研究の醍醐味です。

粘土鉱物の摩擦の起源は原子の凹凸

実験で使用した白雲母の摩擦面を顕微鏡で観察すると、細かい摩耗粒子がたくさんできていることがわかりました。この摩耗粒子は、どんなに平滑な白雲母を使っても生成されます。摩耗粒子が生成されると、摩耗粒子と白雲母のあいだに摩擦力が発生します。この場合、せん断方向は実験で設定した単結晶間の方向とは異なっていて、結晶の向きはランダムとなります。

そこで、一方向ではなくランダムな方向にせん断がかかると仮定して再び理論計算を行いました。すると、理論計算と実験による摩擦力がほぼ一致したのです。

実験では、理論計算で想定した摩擦面だけがあるわけではないのでやや大きい値を示しますが、摩擦力の大部分が原子同士の作る場の凹凸による摩擦力であることが示されました。地下の断層強度を下げる原因のひとつである粘土鉱物の低摩擦は、原子同士の作る場に起因するといえそうです。

粘土鉱物の摩擦の起源のひとつは、原子の作る「引力と斥力の場」の凹凸である

この研究から、摩擦の起源の解明に少し迫ることができました。次は、なぜ粘土鉱物の摩擦が他の鉱物と比べて小さいのか? というそもそもの疑問を解明することを目指しています。

参考文献

  • Sakuma, H. et al. “What is the origin of macroscopic friction?” Sci. Adv. 4 (12), eaav2268, doi:10.1126/sciadv.aav2268 (2018).
  • Sakuma, H., Suehara, S. “Interlayer bonding energy of layered minerals: Implication for the relationship with friction coefficient.” J. Geophys. Res. Solid Earth 120 2212-2219, doi: 10.1002/2015JB011900 (2015).
  • Katayama, I. et al. “Can clay minerals account for the behavior of non-asperity on the subducting plate interface?” Prog. Earth Planet. Sci 2 30, doi: 10.1186/s40645-015-0063-4 (2015).

この記事を書いた人

佐久間 博
佐久間 博
物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 機能性粘土材料グループ 主任研究員。福島県出身、2004年に東北大学大学院理学研究科で博士を取得。東北大学、東京工業大学、コペンハーゲン大学での研究員を経て、2014年より現職。粘土鉱物が関係する自然現象の理解・材料開発を行っている。特に原子スケールのミクロな視点からメートルを超えるようなマクロな現象を如何にして理解するかを考えている。