セラミックスの新たな原子構造「一次元規則結晶」の発見! – 最先端STEMと第一原理計算で迫る
固体の原子構造とは?
物質は、固体、液体、気体の3つの状態をとることが知られています。固体物質を構成する原子構造は、原子が規則正しく配列した「結晶」と、無秩序な「アモルファス」(または非晶質)の2種類が知られていました。しかし、1980年代初頭にシェヒトマンにより「準結晶」が発見され、以来固体の原子構造は、秩序の高い順に「結晶1」、「準結晶」、「アモルファス」の3種類とされてきました。
また、高い秩序を持つ結晶材料であっても、ほとんどの材料は多数の結晶粒によって構成されているため(多結晶体)、隣接する結晶粒同士は境目で界面を形成します。それを「結晶界面」あるいは「粒界」と呼び、隣接する結晶同士の方位関係によって多種多様な構造が形成されます。
セラミックスの結晶界面と「束縛領域」
金属と酸素で構成される酸化物は、結晶材料のひとつであり、一般にセラミックスと呼ばれます。有史以来、セラミックスは陶器から電子部品まで広く用いられてきました。
セラミックスは一般的に電気を流さない絶縁体です。しかし、セラミックスの「結晶界面」の周辺では、特有の原子構造のために電気的な性質が変化し、電気伝導性を発現するなど、興味深い性質が報告されています。この特性をさまざまな電子デバイスへ応用するため、結晶界面の原子構造を利用した機能制御や新規機能の探索を行う研究が展開されてきました。
結晶界面にバルク結晶とは異なる原子構造が形成されるのは、そこがバルク結晶に挟まれた「閉じ込められた領域」だからです。閉じ込められた領域にある原子は、本来あるべき最安定状態を保てず、その環境のなかで最も安定な状態(準安定状態)に落ち着きます。そのような、バルク結晶に囲まれた領域を、ここでは「束縛領域」と呼ぶことにします。
結晶界面は二次元の束縛領域ですが、その周辺や3つの粒界が出合う粒界三重点の周辺は、三次元の束縛領域です。結晶界面の原子構造と特性はこれまで盛んに研究されてきましたが、三次元の束縛領域にはどのような原子構造が形成されるのか、また、バルク結晶とは異なる新しい機能を発現することはできるかといったことについては、謎が多く残されています。
三次元の束縛領域に新構造「一次元規則結晶」を発見
この謎に迫るため、本研究ではまず、酸化マグネシウム(MgO)を高温に加熱して基板に蒸着し(気相法)、厚さ20nm程度の薄膜層を作製しました。
次に、MgO薄膜層を透過型電子顕微鏡により観察したところ、MgO薄膜は一方向に揃って成長し、数nmの粒径を持つ多結晶体をなしていることが確認されました。さらに、この試料中には多数の粒界が観察され、結晶界面や粒界三重点の周辺をよく観察すると、特異な原子配列が見つかりました。
これをより詳しく調べるため、最新の走査透過型電子顕微鏡法(STEM)を用いて、MgO薄膜をその成長方向から観察しました。
すると、特異な原子配列はアモルファスのような配置をしていました。
また、その領域のSTEM像輝度は、バルク結晶の像輝度と大差ないことがわかりました。ここでSTEM像輝度は、電子線の入射方向に対して、原子が規則的に配列していれば強いコントラストを示します。したがって、薄膜の成長方向にはバルクと同じ一次元の原子柱(原子カラム)が存在し、それらが二次元的に無秩序に分布していると考えられます。
つまり、平面的には無秩序に分布していながら、奥行き方向にはバルクと同じ一次元の周期性を持つ新たな原子構造を発見したことになります。
さらに、このように秩序と無秩序が共存する特異な原子構造は、酸化マグネシウムだけでなく、酸化ネオジウムのような他のセラミックス材料の結晶界面周辺にも確認されました。
双方の原子構造に共通する特筆すべき点は、結晶界面に現れる原子多角柱によく似たモチーフが、無秩序に配列して構成されている点です。この構造は、結晶界面や粒界三重点の周辺など、三次元の束縛領域に特有な準安定状態であると考えられます。我々はこれを、「一次元規則結晶」と名付けました。
複数の金属元素から構成される準結晶物質のなかには、平面的には準結晶でありながら、残りの方向には一次元の結晶であるような物質が報告されていますが、セラミックスではこれまで例がありませんでした。
一次元規則結晶では、一方向に規則的に並んだ原子カラムが束になって多角柱を形成し、それらが無秩序に空間を埋めることで、バルク結晶とは異なる構造を実現していることがわかります。
一次元規則結晶の特性
さらに、一次元規則結晶がもつ機能特性を調べるため、理論計算による解析も行いました。
STEM像を元に原子構造モデルを作成し、第一原理計算2により安定構造を探索したところ、今回発見した一次元規則結晶の構造も安定して存在しうることが示されました。
また理論計算では、MgOのバルク結晶のバンドギャップが6.5eVであるのに対して、MgOの一次元規則結晶では3.0eVとバンドギャップが狭まり、新しいタイプの半導体(ワイドバンドギャップ半導体3)として利用できる可能性がわかりました。
これを実材料で実証するため、MgO薄膜を用いてさらに精密な計測を行ったところ、バルク結晶のバンドギャップが7.4eVであるのに対し、一次元規則結晶領域では3.2eVであり、理論計算と整合する結果が得られました。
おわりに
本研究では、最先端のSTEMと第一原理計算を駆使し、一次元の周期性と二次元の無秩序性が共存する新しい原子構造を発見しました。この構造は、従来知られている酸化物とはまったく異なる構造を有していました。
今回の一次元規則結晶の発見で重要な点は、三次元の束縛領域に特異な原子構造を発見したことに加えて、原子多角柱を無秩序に配列することで、多様な原子配列が可能である点を見出したことです。これによって、二次元の結晶界面で可能となってきた機能特性の制御を、三次元領域にも拡張できる可能性が開かれました。また、無秩序な原子配列を持つ性質を生かして、割れにくいセラミックスを作製できるかもしれません。
現在のところ、より大きな一次元規則結晶体の作製は研究段階にあります。今後、特異な機能を有する一次元規則結晶性新物質や一次元規則結晶デバイスの開発へと期待が広がります。
参考文献
Deqiang Yin, Chunlin Chen, Mitsuhiro Saito, Kazutoshi Inoue, Yuichi Ikuhara, “Ceramic phases with one-dimensional long-range order”, Nature Materials 18, 19-23, (2019), DOI:10.1038/s41563-018-0240-0
脚注
1. 準結晶の発見(1982年に発見、1984年に論文掲載)により、現在では周期性を持たない準結晶も結晶に分類されている。しかしながら本稿では、古典的な分類に則して周期性のあるものを結晶と呼ぶことにする。
2. 第一原理計算とは、実験値などの経験的なパラメータを用いずに、量子力学の原理に基づいて原子や電子の相互作用を計算する数値計算手法。量子力学では、原子や電子などの微小粒子を波と捉え、それについてのシュレディンガー方程式を解いて波動関数を求めることで物理情報が得られるとされている。しかしながら、多体系では膨大な計算時間を要することから、効率の良い近似法が用いられることが多い。十分良い近似法としてよく用いられているのが、ポテンシャル等の物理量を電子密度の関数として記述する密度汎関数法である。密度汎関数法を用いた第一原理計算では、波動関数の代わりに電子密度を求めることで、エネルギーや電荷分布、バンド構造等、種々の物理量を得ることができる。
3. ワイドバンドギャップ半導体とは、バンドギャップの大きい半導体を指す。電気伝導性は電子が価電子帯と伝導帯の間を遷移することにより説明される。バンドギャップとは、結晶のバンド構造のうち電子が存在できない領域を指し、金属ではそれが閉じているため電気伝導性があり、絶縁体では開いているため電気伝導性がない。半導体のバンドギャップは開いているが、絶縁体ほど大きくはないため、一定以上のエネルギーを与えることで電子はバンドギャップを越えて遷移する。近年、バンドギャップ近傍での電子の遷移を制御することで種々の機能が実現されてきている。半導体としてよく用いられるシリコンのバンドギャップは約1.12eVであるため、2eV程度以上のバンドギャップを持つ場合にワイドギャップと呼ぶことが多い。ワイドバンドギャップ半導体は発光ダイオードの他、パワーデバイス等に用いられる。
この記事を書いた人
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井上和俊
東北大学・材料科学高等研究所/科学技術振興機構;さきがけ専任研究員
東北大学理学部卒業。2014年、論文博士(理学)。同年より東北大学・原子分子材料科学高等研究所(現・材料科学高等研究所)勤務。現象の背後に潜む数理を発掘するべく、幾何学を主体とした純粋数学的手法、電子顕微鏡法・理論計算手法を融合し、材料開発のブレークスルーを目指している。
斎藤光浩
東京大学・日本電子産学連携室;副室長
独シュツットガルト大学・材料科学研究科修了。Ph.D.取得。マックス・プランク金属研究所、物質・材料研究機構を経て、2008年より東北大学・原子分子材料科学高等研究所、2014年より東京大学・日本電子産学連携室副室長。原子分解能走査透過型電子顕微鏡を用いた研究を行っている。
幾原雄一
東京大学・大学院工学系研究科・総合研究機構;教授/東北大学・材料科学高等研究所;客員教授/財団法人ファインセラミックセンター・ナノ構造研究所;主管研究員
九州大学卒業。工学博士。財団法人ファインセラミックスセンター、米ケースウエスタンリザーブ大学を経て、1996年東京大学助教授。2003年より現職。2011年、「材料界面の超微細構造と物性に関する研究」で独フンボルト賞を受賞。2013年、「材料界面および転位の原子構造解析と物性に関する研究」で文部科学大臣表彰 科学技術賞受賞、2016年、紫綬褒章受章。大学院時代より、「材料がなぜその機能を持つのか」の解明に一貫して取り組み、原子分解能走査透過型電子顕微鏡による直接観察を重視した研究をリードしている。編著に『セラミックス材料の物理』(日刊工業新聞社、1999年)、『ナノ材料解析の実際』(講談社、2016年)。