病気を引き起こさないウイルスは見過ごされてきた

皆さんは「ウイルス」についてどのくらいご存じでしょうか。ウイルスは、出血熱、下痢、腫瘍、風疹などさまざまな感染症の病原体としてよく知られています。冬に猛威をふるうインフルエンザもウイルスの仲間です。ウイルスが発見されたのは比較的新しく1900年頃のことです。それまで、病気を引き起こす原因として「微生物」が知られていましたが、原因がわからない病気の病原体を探していくなかで、微生物よりもはるかに小さく、自ら増殖せずに宿主に感染して増える、「非生物」であるウイルスが発見されました。

ウイルスは極めて小さく、共通した遺伝情報も持たないため、人間がその存在を検知するのはそう簡単なことではありません。これまで発見された多数のウイルスのほとんどは、病気になった動物や植物からその病原体として見つかったものです。つまり、ウイルスが感染した個体に外観的変化(病気)が起こらなければ、研究者の興味を引くこともなく、そこに感染しているウイルスの存在が気付かれることはなかったのです。

その一方、数少ない例ではありますが、宿主の外観にほとんど変化を起こさないウイルスも知られています。下の写真の左右のイネに一目見てわかる違いはありませんが、実は左の株にはエンドルナウイルスというウイルスが感染しています。

共存型RNAウイルスに感染しているイネとしていないイネの比較
このイネは浦山の修士課程の研究対象であり、「明らかな病気を引き起こさないウイルスは見過ごされてきたのかも?」という実感の源泉となった。

研究者がこれまでの発想を転換し、特段の変化がないイネからウイルスを探してみようと思わなければ、このウイルスは発見されていなかったでしょう。つまり、病原体のみを追い続ける限り、このように外観に影響しないウイルスを我々は見つけることができないのです。このように“見過ごされてきたウイルス”は、一体どれだけ自然界に存在するのでしょうか?

海洋微生物の中に隠れたウイルスワールドを発見

近年、病原体探索とはまったく異なる方向からウイルスを探索する、新しいウイルス研究が進められています。それは、海水や湖、土壌から“細胞の外にいる”ウイルス粒子を集め、電子顕微鏡で形を観察したり数を数えたり、遺伝子配列を網羅的に解読することで、生態系におけるウイルスの役割解明に取り組む「ウイルス生態学」です。その結果、「地球上には、とてつもなく多様なウイルスが無数に存在している」ことが明らかにされています。

しかし、このウイルス生態学でも、多くの場合見過ごされてきたウイルスがあります。それは、“細胞の外に出てこない”ウイルスで、植物や真菌を宿主とするものが多数知られています。そこで、私たちは “細胞の中にいる”RNAウイルスを網羅的に検出する手法を開発し、“細胞の外にいる”ウイルス粒子の研究が進んでいる海洋を対象として、“細胞の中にいる”ウイルスも含めた、RNAウイルス多様性を調査しました。

北太平洋の5地点から各2Lずつ採取した海水中の微生物細胞に含まれるRNAウイルス、粒子として浮遊するRNAウイルスを対象に解析したところ、842種のRNAウイルスゲノムを検出し、それらはほぼすべて新種と考えられました。これは、人間がこれまで見出してきたRNAウイルスの種数が数千であることを考えると、驚くべき数字です。

北太平洋の5地点で細胞内と細胞外から検出されたdsRNAウイルスの種類数の比較

また、既知のRNAウイルス53グループのうち、約半数の23グループに属すると思われるウイルス群を検出しました。その他にも、これまで知られていなかった新規のウイルス系統群も含まれることが明らかになりました。

既知RNAウイルス科に占める、海水10Lから検出されたRNAウイルス科の割合

さらに、微生物内に存在するものと粒子として海水中を浮遊しているものを比較したところ、海水中からは検出されず、微生物細胞内でのみ検出されるものが多くいることがわかりました。このことは、細胞内からのみ検出されるウイルスは、宿主細胞を破壊して細胞外に飛び出すことなく、宿主微生物と共存していることも示唆しています。

本研究により、特定のRNAウイルス群についてはそのほとんどが微生物細胞内で共存状態にあることが示唆された

おわりに

今回の研究では、新規のRNAウイルスおよびその系統群が、海洋微生物の細胞内で宿主と共存していることを見出し、宿主細胞を破壊して細胞の外に飛び出すという従来のイメージとは異なるウイルス像を“再発見”しました。今回の発見により、海洋微生物だけでなく他の生物においても、宿主と共存状態にある“見過ごされてきたウイルス”に注目が集まることで、病気に限らずさまざまな生命現象にウイルスが関与していることが明らかになってくるのではないかと期待しています。

ウイルス理解の変遷と今後の方向性

すでに、ウイルスと宿主の共存に興味を抱く先端的な研究者たちは、ウイルスの宿主と共存する生存戦略とその仕組みを明らかにするための研究を進めており、ウイルスが宿主生物にとって有益な作用をもたらす事例をいくつか明らかにしています。ウイルスがどのように宿主と共存しているのか、これまで知られていなかったウイルスの生存戦略が次々と報告されるのではないかと考えています。

参考文献

  • Urayama, S., Takaki, Y., Nishi, S., Yoshida-Takashima, Y., Deguchi, S., Takai, K., & Nunoura, T. Unveiling the RNA virosphere associated with marine microorganisms. Molecular ecology resources, 18: 1444-1455. (2018)
  • Urayama, S., Takaki, Y., & Nunoura, T. FLDS: A comprehensive dsRNA sequencing method for intracellular RNA virus surveillance. Microbes and Environments, 31(1): 33–40. (2016)
  • この記事を書いた人

    浦山俊一, 布浦拓郎
    浦山俊一, 布浦拓郎
    浦山俊一(写真左)
    筑波大学生命環境系の糸状菌相互応答講座助教。東京農工大学で学位取得後、海洋研究開発機構のポストドクトラル研究員を経て2017年10月より現職。宿主生物と共存するRNAウイルスに関する研究に従事。

    布浦拓郎(写真右)
    国立研究開発法人海洋研究開発機構・海洋生命理工学研究開発センター・研究開発センター長代理/主任研究員。京都大学大学院農学研究科博士課程修了後、海洋科学技術センター(現・国立研究開発法人海洋研究開発機構)研究員、2016年4月より現職。さまざまな海洋環境における微生物生態に関する多様な研究に従事。