カエルの集団も磁石も協力して成り立っている

日常で聞くことは珍しくなりましたが、カエルは春になると他の仲間と鳴き交わす行動をとることが知られています。ホタルの集団も一斉に明滅を繰り返すことが知られています。このようなカエルの合唱やホタルの集団発光のように、集団全体で同じ行動をとる現象は協力現象と呼ばれ、世界中に多く存在しています。カエルは声で、ホタルは光で、他の仲間と協力していると考えられます。

左はカエルの集団、右は磁石の協力現象のイメージ
カエルは声によって遠くの仲間と鳴き交わしを行う。対して、磁石中の元素集団は隣同士など近距離で影響を及し合って、そのスピン(小さな磁石、図中の矢印)の向きを揃え、全体として大きな磁石となる。

実は磁石も同様に協力現象の産物です。磁石を構成する元素の一部は、それぞれがスピンと呼ばれる小さな磁石を持っています。磁石で遊んだ経験はあるでしょうか? 2つの磁石を近づけると、それらは同じ方向や逆方向に揃おうとします。それと同じように、磁石中の元素も、隣同士など近距離にいる元素同士で影響を及し合い、それぞれのスピンの向きを揃えようとします。たとえ隣同士でしか向きを揃えないとしても、隣の隣、またその隣も、結局同じようにスピンの向きを揃えようとします。結果として、すべての元素のスピンの向きがひとつの方向に揃い、大きな磁石となります。このようにして磁石中の元素集団がすべて同じ状態をとることも、協力現象と呼ばれます。

カエルの集団は磁石のように固まる?

もちろん、磁石の協力現象とカエルやホタルのものとでは、いくつか違いがあります。ひとつの違いは、磁石が示すのは静的な協力現象で、カエルやホタルが示すのは動的な協力現象(同期現象)という点です。つまり、磁石の状態は時と共に変化せず固まったままなのに対し、カエルやホタルはタイミングを合わせて繰り返し同じ行動をとります。

このように書くと、まったく違うようにも思えるこれらの現象ですが、実は、どちらも協力現象と呼ばれること以上に強い関係性があります。もし、同じ行動を取る繰り返しの速さを非常に速くできるならば、それがある速さを超えた途端に、動的な協力現象が静的なものに変化してしまうことが予言されているのです。

これが私の探し求める、超放射相転移という現象です。もしこれが起こると、カエルが鳴き袋を膨らませたまま固まってしまいます(ホタルは光りっぱなしになるのではなく、光を発するルシフェラーゼという酵素の電荷が偏ったまま固まってしまうと思われます)。とはいえ、超放射相転移のために必要とされる繰り返しの速さはあまりにも速く、その実現は容易ではありません。必要となる速さは、カエルの鳴き声自体の周波数である数kHzと同程度、つまり1秒間に数千回鳴き交わしを繰り返すことができる必要があります(ホタルならばそのさらに千億倍が必要となります)。そのような速さをカエルに求めるのは、少々酷かと思います。

世界中で多くの動的また静的な協力現象が知られていますが、超放射相転移は1973年に予言されて以降、未だ実現された例がありません。その実現のためには、非常に速い繰り返し以外にも実は条件があり、そのひとつが、カエルやホタルが磁石と違うもうひとつの点です。それは、カエルやホタルが声や光という媒体を介して遠距離でお互いに影響を及すのに対し、磁石中の元素は基本的に隣同士など近距離でしか影響を及さないという違いです。超放射相転移はその名のとおり、声や光などを放射する現象によって、動的な協力現象が静的なものに変化する現象です。その実現のために、私は共同研究者と協力し、まずは静的な協力現象だけでなく、元素同士が遠距離で影響を及し合あうことで動的な協力現象も示す磁石の探索を進めてきました。

磁石中の”カエルの合唱”

2018年に幸いにもそのような磁石を発見することができました。ErFeO3(エルビウムオルソフェライト)という磁石です。磁石の役割は主にFe(鉄)元素が担っており、Fe元素集団が隣同士など近距離で協力することでFe元素のスピンが揃い、磁石として振る舞います。これだけではただの磁石ですが、4.5K(-269℃)よりも低い温度になるとEr(エルビウム)元素もまた磁石として振る舞うことが知られています。今回、このEr元素に注目しました。

ErFeO3中のEr元素は、数十~数百GHzの電磁波を物質の外に放射します。今回、それだけでなく、4.5Kよりも高い温度において、Er元素がスピン波という波をFe元素集団の中に放射することを確認しました。Fe元素のスピンがすべて揃っているところに、そのうちのひとつだけ向きをずらしてあげると、そのずれは他のFe元素のスピンをずらしながら、波として伝搬していきます。これがスピン波という波です。

ErFeO3中のEr元素(緑色)とFe元素(青色)のイメージ
自分達でスピンを揃えたFe元素集団は、スピンのずれを波(スピン波)として伝搬させる。そのスピン波を媒体として、遠距離にいるEr元素同士が影響を及し合い、動的な協力現象(”合唱”)を示す(Er元素のスピンは外からかけた磁場によって縦に向いており、スピン波を介して全体が一緒になってゆらぐ)。

あるEr元素から放射されたスピン波が遠くにいる別のEr元素にまで到達し、その元素が波のエネルギーを吸収します。そして、それがまた改めてスピン波を放射し、また別のEr元素が波のエネルギーの吸収と放射を行う。これが繰り返されることで、Er元素集団全体がタイミングを合わせてスピン波の吸収と放射を繰り返すようになる、つまり”合唱”するようになります。この”合唱”の証拠として、繰り返しの速さが、Er元素密度の平方根に比例することを確認しました(隣同士など近距離で影響を及し合う場合は平方根になりません)。このように、Er元素の集団が”合唱”すること、つまりスピン波を媒体として遠距離で影響を及ぼし合うことによって動的な協力現象を示すことを発見しました。

熱を光のエネルギーに変換できるかもしれない

磁石はある温度以下でのみ元素集団のスピンが揃い、磁石として振る舞います。もし元素同士が光を媒体として影響を及し合い、それによって超放射相転移する(磁石のようになる)物質を発見できたとすれば、熱によって温度が上がり磁石のような状態ではなくなるときに、レーザー光のような光を放射する可能性があります。

このように温度によって状態を変化させることで熱を別のエネルギーに変換する技術は社会で広く利用されており、たとえば火力発電では、熱によって水を水蒸気に変化させることでタービンを回し、熱を電気エネルギーに変換しています。光を介して磁石になる物質を発見できれば、熱を光エネルギーに直接変換できる可能性があります。これによって、送電線の代わりに光によって低損失でエネルギーを伝送するシステムや、廃熱を光に変えるデバイスを開発できる可能性があります。

現状と今後の展開

今回発見できたのは、あくまでもErFeO3中のEr元素集団が”合唱”する、つまりスピン波を介して動的な協力現象を示すことだけです。4.5K以下でEr元素集団が磁石として振る舞うという静的な協力現象が、この”合唱”によって引き起こされているとまでは証明できていません(Er元素が近距離で影響を及し合うことが原因の可能性もあります)。実験で確認された”合唱”の繰り返しの速さは、実は超放射相転移のために必要な速さの半分程度となっており(それでも驚くほどの速さなのですが)、それらを単純に関連づけることはできません。現在、詳細な解析を進めている最中です。

今後さらに、スピン波ではなく光を媒体として超放射相転移を示す物質を探していこうとしています。光を介して動的な協力現象を示す物質はたくさん知られていますが、残念ながら超放射相転移(静的な協力現象への変化)を示すものは見つかっていません。その実現には、動的な協力現象にスピンが関与してくる物質が有望であることがわかっているため、いまはまず磁石に着目して探索を進めています。今後、光を媒体として超放射相転移を示す物質を発見できれば、上記のような、光によるエネルギー伝送システムや廃熱を光に変えるデバイスを開発できるかもしれません。

参考文献
X. Li, M. Bamba, N. Yuan, Q. Zhang, Y. Zhao, M. Xiang, K. Xu, Z. Jin, W. Ren, G. Ma, S. Cao, D. Turchinovich, and J. Kono, Observation of Dicke Cooperativity in Magnetic Interactions, Science 361(6404), 794-797 (2018)
馬場 基彰,『超放射相転移を示す物理系の探索』,光科学技術研究振興財団 平成29年度研究表彰受賞講演抄録,pp. 4-7,2018年2月
馬場基彰,『光と物質の超強結合は電磁場と電荷を相転移させるか?』,固体物理, Vo. 52, No. 9, pp. 459-476(2017年9月号, アグネ技術センター)

この記事を書いた人

馬場基彰
馬場基彰
科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者、大阪大学大学院基礎工学研究科 招へい教員。2009年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。パリ第7大学 博士研究員、日本学術振興会 特別研究員(PD)などを経て、2017年より現職。専門は光と物質の相互作用、特に最近は超強結合、磁性体のテラヘルツ分光、超伝導回路、電磁場の熱力学の研究を進めている。その他の研究紹介は、Webサイトを参照のこと。