ハダカデバネズミの子育て – 働きネズミは女王の糞を食べて母性を獲得する
性的に未成熟な働きネズミの母性
ハダカデバネズミはその名のとおり、全身を覆う体毛がなく、発達した前歯を持つげっ歯類です。その前歯を使って、彼らは厳しい半乾燥地帯の地下にトンネルを掘り数十匹の群れで暮らしています。この群れでは数匹の「王」と呼ばれるオスと「女王」と呼ばれる1匹のメスだけが繁殖を行います。そのほかの多くの個体は「働きネズミ」と呼ばれ、彼らの生殖腺は発達することはなく、配偶子を作ることができません。このような社会構造は真社会性と呼ばれ、哺乳類では非常に稀な構造です。
ハダカデバネズミの群れに仔ネズミが生まれると、生物学的母親である女王よりも働きネズミによって仔の世話のほとんどが行われます。本来、哺乳類のメスは、交尾、妊娠、出産、授乳など繁殖に関わるイベントに伴って劇的な内分泌変化を経験します。とくに、出産に近づくにつれて性腺からの分泌量が増える雌性ホルモン「エストロゲン」は養育行動の獲得に重要な役割を担っています。しかしながら、養育行動を示す働きネズミの性腺は発達しておらず、自ら雌性ホルモンを合成することはできません。そのため、そのような働きネズミがどのように母性を高めて養育行動を示しているのかは不明なままでした。
乳腺肥大と糞食の関係
前述のように、働きネズミの性腺は未発達であり、自身で雌性ホルモンを合成することはできません。ところが彼らの群れを観察していると、女王が妊娠している群れの働きネズミたちの乳頭が肥大していたのです。乳頭の肥大は雌性ホルモンの影響を大きく受けます。その光景に我が目を疑いましたが、働きネズミの乳頭の肥大については20年以上前から報告のある事実でした。このことをきっかけに、私たちは何らかの方法で女王の妊娠期に働きネズミたちが雌性ホルモンを外部から得ている可能性について考えるようになりました。
ハダカデバネズミの群れのなかで妊娠期に雌性ホルモンを合成できるのは、十分に発達した生殖腺を持つ女王のみです。つまり、働きネズミたちが雌性ホルモンを得ているとすれば、彼らはそのホルモンを含む何かを女王から摂取しているということになります。
そこで私たちは、ハダカデバネズミの習性である糞食に着目しました。彼らは日常的に糞を食べます。それは地面に落ちている糞のときもあれば、他個体に催促して出してもらったものであったり、自身で排泄したものを食べることもあります。これまで彼らの糞食は栄養補給のために行われていると考えられてきましたが、それだけでなく糞中に排出された雌性ホルモンの共有に寄与しているのではないかと考えました。
エストラジオールを含む糞が母性をもたらす
私たちは働きネズミの母性を評価するために、仔ネズミの音声を再生し、そのときの働きネズミの反応を観察しました。養育中の働きネズミは母性が高く、仔ネズミの音声が聴こえると音声が再生されている筒により長い時間滞在します。
妊娠した女王の糞を食べている期間とその前後でこの音声テストを行い、メスの働きネズミの母性の変化を調べると、妊娠期の糞の給餌期間を終えた後に働きネズミの仔ネズミの鳴き声に対する反応性が高まっていました。
次に妊娠期と非妊娠期における女王の糞中エストロゲンを測定したところ、女王の糞中エストロゲン濃度は妊娠による分泌増加を反映して妊娠期に高まっていることがわかりました。そこで、エストロゲンだけを添加した非妊娠期の女王の糞を給餌して同様の音声テストを行うと、働きネズミは仔ネズミの鳴き声に対する反応性の高まりを示したのです。
働きネズミにエストロゲンを含んだ糞を摂取させることで女王の産後期に見られる仔ネズミの鳴き声への反応性の高まりを再現できたことから、働きネズミは自身では合成できないエストロゲンを女王の糞から受け取って母性を高めていると考えられます。
子育てなどを分業する真社会性昆虫でのコミュニケーションにはフェロモンがよく使われていますが、ハダカデバネズミではフェロモンを受け取るための器官が発達していません。そのため彼らは、あたかもフェロモンのように、ホルモンが糞を介して他個体に作用し行動を変化させるコミュニケーションを確立させたのかもしれません。
参考文献
この記事を書いた人
- 麻布大学 獣医学研究科 伴侶動物学研究室 博士3年。日本学術振興会 特別研究員(DC1)。1991年、目黒区に生まれる。2016年、麻布大学 獣医学部獣医学科を卒業。2020年、麻布大学院 獣医学部獣医学研究科を卒業予定。マウスとハダカデバネズミを通して、社会的絆が結ばれるとき、解けるときのメカニズムについて研究しています。
この投稿者の最近の記事
- 研究成果2018.11.01ハダカデバネズミの子育て – 働きネズミは女王の糞を食べて母性を獲得する