地震に関連した異常現象

近年、全国の医科・薬科大学放射線管理施設で観測されている放射線モニタリングデータを解析することで、大気中ラドン濃度が地震に関連して異常変動していることがわかってきました。そこで我々は、大気中ラドン濃度の変動から地震発生リスクを評価することを目的として研究を進めています。

巨大地震の地震発生前に確認される異常現象には、さまざまな現象があります。地震とは、地殻の破壊と同時に、地殻内に溜まっていた歪エネルギーが地震波として放出される現象を指します。地殻の破壊は、小さな割れ目が発達し最終的に大きな破壊へとつながると考えられており、この過程で微小な地震が観測されることがあります。

微小な割れ目の発達は、地下での物理的な環境の変化を引き起こすので、岩石の電磁気的特性の変化が起こり、電磁気的異常現象を引き起こすと考えられています。また地下に割れ目ができることで、地殻中の圧力が変化して物質の移流が起こり、地下水中の化学物質の濃度変化が引き起こされることもあります。地殻の破壊に直接関係した微小地震や歪の変化は一次現象、地下の環境が変わることによって引き起こされる現象を二次現象などと呼ばれることがあります。

地震発生に関連したラドン濃度異常変動

「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」のもとで行っている東北大学と神戸薬科大学の我々の共同研究グループでは、化学物質の濃度変化、特に大気中ラドン濃度の変化に着目した研究を行なっています。ラドンは、無色・無臭の気体で半減期が約3.8日の放射性同位元素です。地殻中の岩石にはウラン系列のラジウムが含まれていて、それが放射壊変することでラドンが生成されます。ラドンは不活性な気体であり、地殻中で生成されて割れ目などを通って地表面、そして大気中へ散逸します。

ラドンと地震発生の関係を扱った研究例は、古くからあります。たとえば、1966年のタシケント地震(M5.5)前の地下水中ラドン濃度の変化などが有名です。地震発生に関連した大気中ラドン濃度変動を観測した研究例としては、1995年1月17日兵庫県南部地震(M7.2)直前の神戸薬科大学による観測例があります。震源から約20km離れた場所で観測された大気中ラドン濃度が、本震発生の約1か月前から従来の観測レベルを大きく上回る値を継続的に示し、地震発生後に通常レベルの濃度へ戻ったことが報告されています。

従来の地震に関連したラドン濃度変動の異常を観測する研究では、地下水や地下ガス中の濃度を測定するのが主流でした。地下でのラドン濃度は測定感度が非常に良く、地下の小さな環境の変化にも敏感に濃度が変化します。一方で、地下のラドン濃度は、地質の不均一性などの影響を受けるため、その影響を取り除くのが大変でした。我々が研究対象としている大気中のラドン濃度は地表面から散逸した結果なので、放射線モニタリングポストから約50kmの範囲内で平均化した値を表しており、地下の地質の不均一性を受けにくいことが考えられます。

地震発生に関連して大気中のラドン濃度が異常変動することは経験的にわかっていました。大気中ラドン濃度の変動から、地下で起こっている環境変化に関する情報を抽出し、将来的に発生する地震のリスクを評価することが我々の研究目的です。そのためには、地震とラドン濃度変動の関係を定量的に示す必要があります。

異常を検出するには

これまでの研究例では、濃度の“異常変動“の定義が曖昧で研究ごとに違った基準で異常の度合いが測られていました。地震とラドンの関連性を定量的に示すためには、観測データから客観的に異常を定義し、観測データの全期間を通して地震とラドン濃度の異常との関連性を検証する必要があります。

我々の研究グループでは、大気中ラドン濃度データの異常を検出するために特異スペクトル変換法という方法を適用しました。この解析方法は時系列データの特徴パターンの変化から異常変化の度合い(異常度)を算出する手法で、時系列モデルを明示的に与えなくても解析が可能な方法です。

今回、北海道(領域1)と福島(領域2)で観測された大気中ラドン濃度のデータから異常変動を抽出することができました。それぞれの領域でラドン濃度の異常度が高い時期と積算地震モーメントの異常度の高い時期が一致している傾向が認められます。

(左)大気中ラドン濃度観測点(観測点 1、2)と地震データ解析領域(領域1、2)
(右)大気中ラドン濃度と積算地震モーメント時系列からの異常抽出の結果

次に、ラドン濃度の異常の時期と地震活動の時期がどのくらい一致しているのか比較することにしました。しかし、両者の時系列データの一致を測っただけでは、基準となるものがないので、両者がどの程度似ているのかどうかはわかりません。

そこで、デタラメな地震系列のデータを人工的に作り出し、その地震系列とラドン濃度異常との一致度合いを算出しました。これを基準にすれば、実際の地震活動とラドン濃度異常の一致度が、デタラメに作り出した地震系列との一致度に比べてどのくらい一致しているかを評価することができます。比較の結果、デタラメに作り出した地震系列よりも実際の地震系列のほうが、ラドン濃度の異常度と類似していることが明らかになりました。

(上)大気中ラドン濃度と積算地震モーメント時系列の異常度の比較
デタラメに並び替えられた地震系列よりも実際の地震系列のほうがラドン濃度の異常度と類似している
(下)大気中ラドン濃度と累積地震モーメントの異常の比較

さらに、今回の研究成果を通して、これまでに他の研究で報告されていた地震前の地下水位の変化や地殻変動が観測された時期と、本研究で検出された大気中ラドン濃度の異常な時期が一致していることを示すことができました。

今後の展望

今回の研究を通して、経験的に知られていた地震活動に関連した大気中ラドン濃度の異常を抽出し、地殻変動との関連性を定量的に主張することができました。一方で、どういった条件のときに、地震前にラドン濃度異常変動が観測されるのかはまだ明らかになっていません。ラドンの観測点と震源距離・地震規模などの多くの条件が絡み合っていて、それを紐解くことがこれからの課題です。

現時点では、地震の発生リスクを明確に評価することは難しいですが、ラドン濃度異常の検出により将来的に貢献できることを目標に研究を進めていきたいと思います。また、多点で観測されたラドン濃度データを解析することが重要で、今後医科・薬科大学での観測のほかに、原子力施設における大気中ラドン濃度のモニタリングが進められることを期待しています。

参考文献
Iwata, D., Nagahama, H., Muto, J. and Yasuoka, Y., 2018, “Non-parametric detection of atmospheric radon concentration anomalies related to earthquakes”, Scientific Reports, 8(1), 13028, DOI:10.1038/s41598-018-31341-5.

この記事を書いた人

岩田大地
静岡県出身。東北大学理学部地圏環境科学科卒業。東北大学大学院理学研究科地学専攻博士後期2年の課程在籍。東北大学学際高等研究教育員博士研究教育院生。専門は、地震関連現象および地球科学におけるデータ解析。